第五話「部族の誇り」
ドラゴンに追っかけられてこんな所にまで逃げていたレイさん達らしいのだが、ハウルとレダスはもっと南にいる可能性が高かった。
どうしたものかと悩んていると、大きな影が太陽の光を遮った。
他ならぬドラゴンである。
「ハウルとレダス無しでやれってのか!?」
とガトリングガンを連射するレイさん。
すかさず笛を取り出し、戦いをイメージして音色に変える。
『ピーヒョロロロロ……!!』
戦闘は瞬く間に開始の合図を遂げた。
補助効果は恐らく狙い通り「攻撃力アップ」。
その証拠にアーケオスが「…………力が…………漲ってくる」と言っている。
俺がスピードアップの音色を吹こうとした時、ドラゴンの吐く炎が視界を覆った。
「避けるんじゃ!」
とレイさんが覆いかぶさるような形で助けてくれた。
暖かいリーダーである。
そしてアーケオスは持っていた槍で空飛ぶ竜と対峙していた。
因縁の対決であると言える。
「アーケオスさん、俺も戦うっすよ!」
と駆け出し大剣スネークに手をかける。
そう、今の俺は「クロス斬り」が使えるんだ。
下級剣技と言えど、幾らかのダメージにはなるはずだ。
「…………お前は笛吹いてろ」
そんなぁ。
つーかもしかして俺嫌われてる?
女たらしと思われたのかなぁ。
全然そんな事ないのに……。
アイシャさんは相変わらず手ぶらである。
闘技場ではあまり見れなかった彼女の力、存分に目に焼き付けられる!
超人的ジャンプ力でドラゴンに届いたかと思えば、頭に強烈な蹴りを喰らわせた。
職業「モンク」に分類される技なのだろうか。
モンクにしても強過ぎる。
怯むドラゴン。
だが最上級クラスの怪物には挨拶代わりにしかならないだろう。
「戦いの詩」の効果が無かったら怯みすらしなかったに違いない。
またしてもレイさんが銃を乱射する。
「ギルガメッシュ……アスカを護っててくれ」
と呟きアーケオスの横に並ぶ。
聞こえなかったかもしれない。
それでも通じ合う何かがあればいいな、なんて。
ナミは敵の能力を下げる「青魔法」を放っていた。
動きをノロくする「スロウ」ーー。
効果は一瞬かもしれないが、翼の動きが遅れたドラゴンは地面に降り立った。
今しかない!
アーケオスさんの槍攻撃に続いてクロス斬りをお見舞いする。
流石アーケオスさん通常攻撃で俺のクロス斬りと遜色ない威力か……。
斜めにザンッ、ザンッと敵の足に斬ってかかった俺は、多少強面の黒人に認められたような気がした。
そしてアーケオスさんは敵の腹に、槍に込めた一撃を喰らわせていく。
スロウの効果が収まった。
赤竜は再び翼をはためかせて飛び上がり、火の玉を連射した。
若干、いやかなり苛ついていると見た。
ハウルとレダスがいれば確実に勝てる相手だった。
だが雑に発射された燃え盛る火の玉は、アスカの方にも飛んでいく。
念が通じたのか、それともギルガメッシュが漢だったのか、勇ましい白馬はアスカの盾になってみせた。
流石歴戦の猛者、やる事が違うね。
ギルガメッシュが過去にどれ程の栄光を飾ったかは存じあげないが、火の玉一発受けたぐらいで彼は死なないのは間違いなかった。
アスカがヒーリングで白馬の手当てに臨む。
こういうクリーチャーよりも厄介なのが神の子と揶揄される四天王だった。
悪知恵も働くし、部下も多い。
あの闘技場で会った一見細身のジンですら、アーケオスと力で並ぶだろう。
だが諦めない。
故郷ココナツ村を焼かれたツケは倍にして返してやるつもりだ。
俺は今度は「始まりの詩」を吹いた。
だが音色は安定しない。
スピードアップは失敗に終わった。
音はアドリブなのでこういう事が起こるとも安易に予想されたが、素直にレイさんの期待に応えたかった。
「スパークスピア!」
アーケオスが雷を帯びた槍を飛んでいる敵に投げつけた。
バチバチと火花を散らす雷は、コカトリス戦のギルガメッシュを連想させるが、槍による攻撃が加わる分、威力は底上げされていた。
槍は胸の辺りに命中。
ドラゴンは思わず地面に倒れ込んだ。
ここぞとばかりにアイシャが頭を殴りつける。
戦いは終わった。
どこまで強いんだよアイシャ姉さん……。
お嫁さんにしたら怒った時、物凄く恐ろしそうだ。
アーケオスの敵討ちは成功に終わった。
是非是非ディオラ砂漠へと言うので、俺達は彼の集落に向かう事になった。
「ハウルたちともきっと再会できる。希望を持て」
とレイさん。
で、アイシャさんって結局何者なの?
まあいいや、まだ聞かない事にしよう。
それにしても仲間の連携によるものだとは言え、ドラゴン退治まで出来るようになったんだなー。
今回のMVPはスパークスピアを放ったアーケオスさんかな。
俺は手を頭の後ろで組んで、ヘヘッと笑った。
此処から北東に真っ直ぐ行けばディオラ砂漠が見えてくると言う。
地図が鮮明に頭にあるハウルがいれば頼もしかったが、まあアーケオスに着いていって問題ないだろう。
「………………みんな……感謝する」
「良いってことよ!」
俺が皆を代表して言った。
ーー
〜大陸第二の首都ガゼの酒場にて〜
夜だった。
マイアは昼間の間に伝言を寄越した、鎧の男ジンを待っていた。
酒をチビチビ飲みつつ、マイアは既にある決断をしているのだった。
ジンが来た。
オーラは独特のモノだが、自分も負けていないとマイアは思っていた。
木造の個室は四人部屋だったが、まあ外に声が漏れる事も無さそうだし此処でいいだろう。
「酒でも頼む?」
と先ずは飲み物を勧めた。
さっき知ったのだがマーク達はレジスタンスと呼ばれているらしい。
マークという名は幼少期から知っていた。
「率直に言え。大事な要件とは何だ?」
「まあ、落ち着きなさいって」
すっぽり鎧を着ているので、みんな何歳かは想像できないだろうが少なくとも二十歳の自分よりは三つ四つ歳上だった。
酒は流石はガゼと言わんばかりに種類が多く、マイアはジントニックを飲んでいた。
「レジスタンスの事はもう耳にしたの?」
「当然だ。拙者はアイシャと闘ったんだぞ」
「へぇ~」
マイアはグラスの氷をカラカラと混ぜ、本題に入った。
「実は帝国に反逆を企てようかと考えてる」
「何!?反逆は死罪だぞ」
「君は闘技場なんかの後始末をさせられるべき人じゃない」
「まさかレジスタンスに力添えするのか?」
「マークは……僕の従兄弟だ」
本当の事を言った。
あの大剣スネークを所持していたのが動かぬ証拠だ。
黒髪だったしな。
「帝国に勝つには君のような強者が必要なんだ」
「し、しかし……」
やはりジンも帝国に不満がないわけでは無さそうだった。
彼は正義感が強い部分がある。
マイアはグビッと酒を口にした。
「ココナツ村は焼かれたの?」
「当然だろう。レイの故郷だ」
「正しいと思った?」
マイアはジンとの会話に手応えを感じ始めていた。
聞けばさっき四天王ガクはガゼを発ったという。
つまり広いこのガゼの町で真の強者は恐らく自分と彼しかいない。
ジンを落とせればかなり有利に事を進められる。
マイアは再び彼に酒を勧めた。
普段からあまり飲まないのだろう。
二十歳になったばかりで飲酒を続けている自分よりも、遥かに硬い人物だと見受けられた。
そうお酒は二十歳から。
帝国の決まりで唯一マトモな法案だった。
「…………退屈なんだよなぁ」
「退屈凌ぎで始めるような事柄じゃない」
「分かってるよ。でも今朝から大剣『コブラ』が唸ってる。君の力の使い方も正しいモノを選ぶべきだ」
沈黙が流れた。
剣と盾を有するジンを味方に加えれば自分も攻撃チャンスが増える。
中級剣技はそれほど強力で、彼の盾は敵を引きつける役割を担うと言えた。
また上級剣技や上級魔法は一部のごく限られた者しか習得できず、自分も技の会得に悩んでいた。
「それにしてもお前がレジスタンスの小僧と血が繋がっていたとは」
「まあね。思い入れも無いわけじゃない。今朝始めて会ったわけだけど」
「ガク様は当然闘技場の毒の件をお怒りの様子だ。これ以上あの方を怒らせるのは危険だ」
苦しみながらの死刑を連想させられるか。
当然だ。
誰だって怖い。
いや、自分だって恐怖がないと言えば嘘になる。
それでも今朝のマークとの出会いを偶然にしたくなかった。
「俺は酒は飲まん。この件は特別黙っていてやる。俺とお前の仲だしな。後は勝手にしろ」
「待ってくれ」
マイアはジンの背中を呼び止めた。
「僕の父上はある秘密に気づきかけ国外に追放された。傍にいたギルガメッシュも馬に変えられたんだ」
国外とは当然海を越えた大陸の外だった。
「その秘密とは?」
「四天王の父は本当の神じゃない」
事実だとしたらとんでもない事だ、とジンは再び席に着いた。
今も尚四天王の父は宗教の如く奉られている。
その存在が嘘っぱちだと言うのだ。
自分の導き出した憶測だった。
覚悟を持って言った。
ジンとは古い仲だ。
信頼するしかなかった。
「この世界を正したいんだ。力を貸してくれ、ジン」
この日、マイアはジンと手を組んだ。
頭の中を曝け出した覚悟が、相手に伝わったのだろう。
手をガッシリ握り合った後、久しぶりに飲もうとジンはビールを頼んだ。
「マークとやらは笛のガキで間違いないな?」
「え、笛使うんだー。どういう効果なの?」
ほぼほぼどんな効果か予想がつくが、一応聞いてみる。
どうやらスピード等を上げる緑魔法に分類される効果のようだった。
それにしてもジンを味方に加えられたのは大きかった。
ある程度帝国に忠誠があると踏んでいたのだ。
(父上……この国は自分とマークにお任せください)
ギルガメッシュや女子たちと旅する彼を思い浮かべ、マイアは酒のおかわりを頼むのだった。
ーー
ドラゴンとの戦いから一夜明けた頃、ノクブ草原とディオラ砂漠のちょうど中間地点を俺達は越えた。
ここから先は気温も上がってくるわけで、アーケオスさんが言うには集落までもう間もなくみたい。
砂漠は草原並みに広がっているのだが、黒人たちが暮らすのはそのうちの南西部ってわけだ。
集落では食事にありつけるとして、ギルガメッシュが運んでいた食料はあと一回分くらいだろう。
砂漠で特に困るのは飲水で、集落へ赴くのは重要と言えた。
とは言えとんでもない暑さだなー。
まだ砂漠に入って間もないんだが、早くも汗が垂れてきている。
サボテンが所々生えており、風は僅かに砂を含んでいた。
アーケオスが言った。
「…………ドラゴンに勝てたのは…………みんなの力。みんなで……祝う」
相変わらずの喋り口調だが、どこかアーケオスは純粋だった。
もしかしたら村に着いたら本当に旅の仲間に加わってくれるかもしれない。
体長五十センチのサソリが出た事は心底ビックリしたが、取り敢えずは特に問題なく集落に辿り着くのだった。
「…………何だコレは」
アーケオスが膝から崩れ落ちる。
集落だった場所が、何者かに消し飛ばされていた。
長老と思わしき人物も既に死骸となっている。
「ウォォォオ!誰の仕業だ」
アーケオスが立ち上がり威嚇するように言う。
廃墟の中央にいたのは赤紫色の髪をした白衣の男だった。
眼鏡をかけたその男は「ファッ、ファッ、ファッ」と嗤い声を上げていった。
「レイ、アイシャお前たちが此処に来るのは分かっていた。挨拶代わりに集落に居た者たちを皆殺しにさせてもらったがなぁ」
見れば彼の背後には左右二つの影があった。
「ハウル!レダス!」
「操らせてもらった。四天王随一のブレイン、三男スギの力にかかれば造作も無いこと」
戦闘が始まった。
だが相手はスギ。
真っ先に突っ込んだアーケオスがスギの手の平から放たれた衝撃波によって逆に吹き飛ばされた。
そしてレダスの矢。
前より威力が上がっていたようで、アーケオスの肉体に傷を負わすには充分だった。
ハウルが呪文を唱え始めた。
此処に来ることも計算済みだったのか。
いや或いは噂に聞く監視カメラってやつか?
どっちにせよここで四天王の一角を叩く!
俺達が参戦しようとした時、アーケオスが振り向いた。
「…………短い間だったが…………世話になった…………絶対忘れない」
ハウルの呪文詠唱が完了する前に、アーケオスは動いていた。
詠唱の長さから推測するにハウルの放とうとしているのは中級魔法だった。
喰らえば幾らアーケオスと言えど瀕死は免れない。
雷が、彼の槍から溢れ出す。
死を覚悟した一撃。
俺の目にはそう映った。
そう、村の者たちを失った今、彼にとって失うものは何も無いのかもしれないーー。
バチバチと叫び出す槍は、一直線にスギの胸部に飛んでいくのだった。
ボルテックススピア。
上級剣技と並ぶ威力の技で、今のアーケオスが使うには死を覚悟しなければならない。
命を削り賭けた大技は、物凄い風を撒き散らしながら、スギの体を貫いた。
ボルテックススピアなら或いは四天王を倒せるか。
後で知る事になるんだけど、雷属性は偶然にもスギの弱点。
ギャアァァァ!と言った叫び声が廃墟に木霊した。
だが次の瞬間、スギの背中から鳥の翼のようなものが生え、俺達の頭上へと飛び出した。
翼をはためかせるスギは西の方角へと逃げていく。
胸を貫いた決死の一撃でも死なないなんて……!
本当に奴らは神の血を引いていると言うのか。
ハウルとレダスは我に返ったようで、俺達はアーケオスの下へと駆けつけた。
「し、四天王は……お前達が倒せ。……あばよ小僧」
最後は手を握っていた俺に言っていた。
何だよ……最期の言葉がそれかよ。
ガラにもなくクールぶってんじゃねーよ。
俺知ってんだぞアンタが誰より優しいこと。
小僧に期待するくらいなら命を大事にしろよ!
気づけば涙が流れていた。
最初に言葉を交わした黒人である「アーケオス」の名を持つ彼は、紛れもなく善人だった。
「俺……許さない。好き勝手する四天王を絶対に許さない」
翼の生えた彼はいよいよ人間である事が怪しかった。
やはり……神の子なのか。
仮にそうだとしても俺はこの旅を辞めない。
「西へ行くぞ」
ハウルが言うには此処から西にデルヒノ樹海という場所があり、そこを越えるとスギの研究所だそうだ。
スギの操るのは機械か魔術か。
奴に傷を負わす事でハウルとレダスとは再会できたわけだが、アーケオスさんを失った。
「部族の仇……必ず討つ」
気づけば敵討ちばかりの冷たい旅になっていた。
頷いてみせたレイさんだったが、流石に俺達は精神的にまいっていた。
それに俺達は歩きっぱなしで、このままだと女子たちが可哀想だ。
まあアイシャさんは常人離れした体力の持ち主なんだろうけど……。
「最後の昼食を取ろうか悩むな。デルヒノ樹海には果実も生い茂っている。だが砂漠はもう少し続くだろう」
地図に詳しいハウルや、誠実で若いレダスと一緒だ……。
アーケオスさんアンタの事は詩に書く。
俺は自身の食料をナミ達二人に食べさせ、西の方角を見つめていた。