第四話「ノクブ草原」
夕方頃、俺達はガゼの町を越えノクブ草原の入口へと足を踏み入れた。
辺り一面草が生えている見晴らしの良い場所だ。
「この話はまだしてなかったな……」
とハウルが言葉を発し始めた。
ガゼの町の北部に位置するこの場所は、首都アクゼに行くには避けては通れぬ道だ。
ギルガメッシュが幾らか食料を掻っ攫てきたので、草原を越えるまでは持ちそうだ。
「俺の顔に傷をつけたのは四天王スギだ。恐るべき力を持つヤツはまだ若き傭兵だった俺を赤子のように扱った」
四天王スギーー先輩ハウルと因縁が。
それにしてもアスカとナミが取り敢えずは仲良くやっていけそうで良かった。
もっと女同士のドロドロしたものを妄想しつつあったのだが、特にナミの方に独特な考え方があるようだった。
ナミは昨夜アイシャさんの屋敷に泊まって以来、突如にして垢抜けた。
アスカの存在がそれを促したかは定かではないが、一先ず旅の仲間に亀裂が生まれなくて一安心だ。
そしてギルガメッシュ。
四天王長男であるヨシによって馬に姿を変えられたようだが、もし人間の姿で彼が戦えたら一味違った強さを発揮しただろう。
だがグチグチ言ってても仕方がない。
一緒に旅して呪いを解いてやるからな。
俺はハウルさんに三男スギの想像を絶する強さを耳にしながら草原を闊歩していった。
風が強い。
夜はある程度寒くなるだろう。
貴族であるアイシャが徒歩での移動に文句を言わないのは意外だった。
第一印象はあまり良くなかったが、ナミと並んでこのチームの主力と言えた。
アスカは白魔道士だし、なんだよ女性に頼ってばっかかよ〜。
俺ももっと強くならないと。
だが笛による味方強化は自分の性格?ていうか特性に合っている気がした。
アイシャとハウルがあのジンと互角に渡り合ったのも、笛のスピードアップ効果があったのが少なからず影響していたと言えた。
「おっ、川があるのぅ。今日はここで水を汲み、やや移動して野宿じゃ」
レイさんが告げた直後、上空を西へ向かう飛空艇が過ぎ去っていった。
西……?まさかココナツ村に!
レイさんやアイシャさんが帝国に宣戦布告したのはもはや周知の事実だ。
その腹いせに村を焼こうとしてるんじゃ!?
レイさんの想像は俺の予想と一致した。
アスカが無事なのがせめてもの救いだが、レイさんは怒るあまり地面を殴りつけた。
「許せぬ……この借りは必ず返すぞ」
「だがまだ村を襲ったと決まったわけじゃ」
「いえ、これが帝国のやり方です」
なだめようとしたハウルに、レダスがキッパリと言った。
水を汲み、ハウルが薪に火を付ける。
地図が一番頭に入っているのが彼で、頼もしい存在と言えた。
無事ガゼの町から抜け出す事が出来たのは良かったが、ココナツ村があれでは仲間たちが暗い気分になるのも無理は無かった。
「本日初めての飯は何だ?焼き魚か?」
ハウルがちょっとでも皆の気分を上げようとする。
寡黙な人だなんて最初は思ったけど、それ以上に真面目なんだよな。
後輩の頼みでコカトリス討伐に乗ってくれたし、黒魔法は一部の人間しか習得できないとされている。
俺は火に近づけて徐々に良い匂いを漂わせる焼き魚をじっと見つめていた。
確かに腹が減った。
この空腹状態でケルベロスなんかとよく戦えたもんだ。
あの時は緊張で飯のことなんか忘れてたけど、今は直ぐにでも魚に手を伸ばしたいくらいだ。
「ちゃんと焼けてからだよ?」
とナミ。
彼女とアスカを側室にとかいう、とんでもない四天王の末っ子には大層苛立ちを憶えたわけだが、これまで唯一話題に上がっていない次男「ハイ」はどんな人なのか気になっていた。
人というか神の子だが。
アイシャが言うにはドレッドヘアーだそうで、情報はそれだけだった。
「俺もくせ毛だからドレッドヘアー出来るかな?」
「フッ、似合うんじゃないか?」
「いや今のままでいいよー」
徐々に焼ける魚の匂いが場を少しずつ和ませていった。
皆が食事にありつくと、隣にいたナミが「笛の音色、アタシを想ってたの?」と頭を傾けて言った。
確かにそうだった。
昨晩アイシャの屋敷で書いた詩は、これから見果てぬ夢ナミとの運命を期待した内容だった。
笛はアドリブだったが、どう気持ちを込めるかで補助効果を付属出来るかが決まる気がした。
気づけば日も暮れており、火の番は先ずはレイさんがする事になった。
詩でも書こうか。
普段はギルガメッシュに持ち歩かせているノートと羽根ペンを取り出し、書き出す。
まだ数える程しか詩は無かったが、徐々にその出来栄えは上がっていると言えた。
「始まりの詩」に引き続き「戦いの詩」である。
何故戦うか。
愛の為に他ならなかった。
笛の音色にした場合、恐らく施される効果は攻撃力アップになるだろう。
だが気をつけなければならないのはアドリブなので、毎度毎度全く同じ効果が期待できないという事だ。
星が綺麗だった。
眠ろう。
俺は戦いの詩を書き終わった刹那、深い眠りへと誘われた。
ーー
夜中。
グーグー寝ているとレイさんに叩き起こされた。
この鳴き声は、もしやドラゴン!?
翼をはためかせながら火を吹くそれは、体長八メートルに達した。
数あるクリーチャーの中でも最強クラスと呼び名の高い敵である。
遥か南にはコカトリスがいたが、アレを捕食するような立場のクリーチャーである。
赤い鱗に覆われた巨竜の火を吹く攻撃で、辺りは瞬く間に焼け野原と化した。
一体何だってんだ?
とまだ寝ぼけている俺の手を引くナミ。
一目散に駆け出していく。
アスカ達とは逸れてしまうかもしれないが、四の五の言ってられない。
先ずは生き延びないと。
八人の力を合わせればドラゴンと戦えなくも無かった。
だが先手を突かれた上、リスクが大き過ぎる。
最悪死者が出てもおかしくない。
如何に白魔法と言えど、人を生き返らせる能力は見出されていない。
何故か怒り狂っているドラゴンを背に、俺とナミは小さな洞窟に身を潜めた。
「やぁ」
なんと、先客がいたようだ。
だが見た目は普通の人間で二つ三つ歳上の男の子のようだった。
暗くてよく見えない……と俺が念じたのを察したのか男の子は手から炎を出して見せ、それぞれの顔が露わになった。
「僕はマイア。君も剣を使うんだね」
剣士のくせに「ファイアボール」放てるのかよ、とんでもないヤツだなー。
「これは僕の剣『コブラ』。君の剣も似てるね」
「『スネーク』だ。まだ完全には使いこなせてねーけど」
フゥン……とマイアは満足そうに微笑んだ。
「もうすぐ夜が明ける。良かったら『特技』を一つ教えておこうか?で、そこにいるのは彼女かい?」
当然ナミの事を言ってるようだが、まだ正式には彼女じゃ無かったが、ナミが「お嫁さんでーす」と抱きつくのでマイアは苦笑いした。
だがここで「特技」を学ぶのは願ったり叶ったりだ。
ドラゴンの気配も今はしないし、もう少しで辺りは明るくなるだろう。
しかし何故ドラゴンはあれほどに怒り狂っていたのか。
四天王の悪さが影響していないとも限らない。
とにかくなるべく早く仲間たちと合流しないと。
マイアはトゲトゲした黒髪だった。
「仲間と逸れたの?」
「ああ白馬のギルガメッシュや、貴族のアイシャって人たちだ」
俺はマイアを信頼して言った。
まだ人に裏切られる事をあまり経験していない軽はずみな発言だったが、返ってきた言葉は予想の斜め上を行くモノだった。
「ギルガメッシュは父上の良き仲間だった。あの頃の彼は今のアイシャすら上回る実力の持ち主。四天王ヨシ様の呪いが如何に強力かが伺える」
ヨシ……「様」……?
レジスタンスの存在を知らないのを祈るばかりだ。
たがそれにしてもギルガメッシュがそこまで強かったなんて……確かにある程度人間の姿の方が呪文が放ちやすそうとは思った事がある……。
それでもアイシャ以上とは天才の域に達していた。
ギルガメッシュ……元は人間だったからあまり人を乗せたがらなかったのか?
そうこうしている間にも夜が明けた。
「彼女さん可愛いね。大切にするんだよ」
「え、あ、ああ……」
洞窟から草が生い茂る場所へと出た俺達は、互いに剣を持って向かい合った。
気合いを入れるべく、既に上着は腰に巻き付けてある。
さあ教えてもらえる「特技」は!?
技の名を下級剣技ークロス斬りーだった。
エネルギーの貯め方、斜めに二度斬る感覚、そして呼吸に至るまでマイアは丁寧に教えてくれた。
だがそのマイアでさえも上級剣技は習得出来ずにいるという。
ギルガメッシューー俺はいつかきっと昔のアンタを超える。
俺が遂にクロス斬りを習得した頃、ギルガメッシュとアスカがこちらに駆け寄ってきた。
二人と合流出来て良かった。
アスカがマーク……無事で良かった、と泣き出す。
「き、君たちどういう関係なんだ?」
とマイアは若干引き気味だった。
そりゃそうだろう。
クロス斬りすら覚えていなかった男に彼女候補が二人である。
そう、候補だからな。
いつか告白するかもしれんが、今現在は付き合ってるというわけではない。
「本物のギルガメッシュ。会えて感激です」
とマイアは片膝を折る形でお辞儀した。
ここまで来れば仲間に加わってもいいのでは?と俺は一瞬思ったが、マイアの直後の言葉がそれを遮った。
「大剣『コブラ』の刃こぼれを直しにガゼに向かっているんだ。ごきげんよう」
マイアとの出会いは偶然だった。
ドラゴンに追われて偶々洞窟に入った事が、クロス斬り習得に繋がった。
ようしこの調子でどんどん技を増やしていってやる!
俺はすっかり明るくなった天に拳を突き上げた。
レイさん達も無事かなぁ。
ドラゴンの炎で丸焼きになってなきゃいいけど。
それにしてもギルガメッシュ……お前スゴイ奴だったんだなぁ。
いつかあの頃の彼に追いついて真の漢だと認めてもらうんだ!
俺はマイアに別れを告げ、朝食の携帯食料を食べる事にした。
ーー
さあ、二度寝でもしたい気分だけど出発だ。
先ずはレイさんたちとの合流、それからだった。
暫く歩いていると足を怪我した様子の黒人が呻いていた。
ガゼにもチラホラ黒人は見受けられたが、話すのはこの人が一番最初になりそうだ。
よく見れば筋骨隆々で、コカトリスの死体を鎧として着ているのだった。
只者じゃない……!
今日はマイアと言い、彼と言い、凄い人に遭遇する日だった。
「ヒーリングで治してあげたら?」
とナミ。
白魔法ヒーリングは気力を使うが、人生助け合いってやつだな。
「俺からも頼むよアスカ。この人悪い人じゃなさそうだ」
頷き、治療へとあたるアスカ。
手から青白い輝きを放ち、足の痛みに触れた。
どうやらクリーチャーにやられたようなんだが……。
「…………………………礼を言う」
あ、無口なタイプの人?
強面の割にボソボソ話すなぁ……。
「…………………………ドラゴンにやられた」
こうした具合で話していき、丸五分かけて彼は北東のディオラ砂漠の部族の男で、集落を襲ったドラゴンに一人で挑もうとしていたという情報を得た。
幾らアンタみたいな人でも独りでは無茶だ。
「名前は?」
「…………アーケオス……」
「ドラゴンにはとてもじゃないけど俺達合わせて五人でも敵いっこねえ。俺達はレイやアイシャといった仲間と合流したいんだ」
「………………長老なら…………居場所分かる」
アーケオスの声は低く独特の響きがあった。
でもドラゴンに独りで挑むくらいならコカトリスは一人で倒したって事か?
世界に強者は多いなぁ……。
「行こう、ディオラ砂漠に。此処から近いんだろ?」
「……結構……距離ある…………でも集落は…………君たちを歓迎する」
「どうする?」
「頼もしい味方は増やしとかねーとな!行こうぜ皆!」
レイさんやアイシャがいない時は恐らく自分がリーダー格だった。
ナミほどの力持ってねーけど。
でも世の中力が全てじゃねー!
それに俺は「ギルガメッシュ」に追いつくんだ!
アーケオスの後を追う形で一行は歩みだした。
草原は南の森に比べて進みやすい場所だったが、またいつあのドラゴンが現れるか分かったもんじゃない。
(修羅の旅になるぞ、かぁ……)
俺はアイシャの言葉を再び思い出した。
だがこのノクブ草原も、アーケオスと一緒なら安心感がある。
ただどこまでも果てしなく草原、というわけでもなく岩場が所々見え隠れしていた。
さて……俺にも負けず劣らずの無鉄砲さを誇るアーケオスさんだが、歳は三十代半ばくらいだろう。
若い者にも決して負けない「力」をオーラで見せつける彼は将来旅の仲間になる可能性も僅かだが示唆された。
彼も合わせて九人でなら、ドラゴンに勝てるかもしれない。
それに集落は焼かれたと言われたが、長老をはじめ生き残った者も当然居るようで、今村の者は再興に力を注いでいるのだろう。
ディオラ砂漠ーー。
話だけなら聞いたことがあった。
昼間の気温は四十度を下回らない。
それだけじゃない。
強力なクリーチャーの数々。
ドラゴン程の大型種は数が知れてるが、クリーチャーは時に群れを成す。
本当の意味での修行になりそうだ。
不意に、ナミが泣いていた。
え?何で?といった感じだったが、思い当たらない節が無いわけでもなかった。
ナミはここまで慣れないキャラを演じ続けている。
「お嫁さんでーす」だなんて言わせちゃって、俺の反応も十分じゃなかったかなぁ。
俺はナミの頭をそっと撫でた。
さかさず抱きしめてと言わんばかりに体を擦り寄せるナミ。
だーかーらアスカが目の前で見てんだよ!
と心の中で突っ込みを入れつつも一応ヨシヨシと受け入れてみせる。
彼女候補が二人、というわけだが無理に一人に絞る必要は無いんじゃないかなぁ。
結論を急ぐ必要はない、とこの時は思うことにした。
「……………お前…………何が出来る?」
「笛吹けるんすよ。強力な補助効果……ハハッ」
怖え〜。
目力強過ぎだろ。
だが今剣の腕は誇るほどでは無かった。
寧ろ皆を奮い立たせる笛の音の方がやはり強力と言えた。
それにしてもアーケオスさん俺達三人の関係を察したか。
だが強面の黒人はそれ以上何も言ってこなかった。
ヒュドラの毒はあの四天王ガクを退散させるほどの威力だし、ヒーリングはさっき世話になっただろ?呪いの解けたギルガメッシュは少なくともアンタと互角だ。
俺達舐められちゃ困るぜ!
と心の中で思ったが無論口には出せない。
レイさんよりもムキムキなんじゃねーのこの人。
黒人と上手くやっていきたいと思う気持ちは最初から少なからずあった。
だが一発目がこんなガタイの男になるとはちょっと予想外だったかな。
まあいい、戦うわけじゃないんだ。
俺達がテクテク歩いていると見慣れた顔に遭遇した。
レイさんとアイシャである。
こんなところまでドラゴンから逃げていたとは。
やはりあの場所の近くに留まるんじゃなかった。
レイさんたちとアーケオスは挨拶を済ませ、これからについて話し合った。
ドラゴン退治、悪くない案だ。
だがその為に鍵を握るのは俺の笛の音だ、とレイさんは言うのだった。
近い将来ハウルとレダスとも合流しドラゴンと再度ぶつかる。
(俺の笛の音…………)
俺は今一度昨日書いた詩を思い出すのだった。