第三話「闘技場」
俺とハウルが武器屋に行くと、中には既にレダスがいた。
どうやらダガー(小型の剣)を買ったようで、これで接近戦もややマシになるか。
レイさんと同じ後衛型の彼なんだけど、なんか見た感じ身体能力高そうなんだよなー。
ジャンプ力とか高そうだし、オマケにイケメンだもんなー。
イケメンと言えば一時間後に到着する四天王ガクだが、どうやら飛空艇に乗って北から現れるらしかった。
そう、つまりーーアクゼから。
神秘的な程までに文明の進んだその場所は、一部の者からは存在がおとぎ話だ、とまで言われている。
何故ガゼにも高度な文明が伝播されないのかは謎だが、歩いてでも行ってみる価値はある、と思った。
(修羅の旅になるぞ)
脳内でアイシャの声が再生された。
運命とは時に素晴らしく時に残酷ってやつか。
少なくとも俺には仲間がいる。
ハウルやギルガメッシュとは既に分かりあえつつあるし、レイさんやアスカとは古い仲だ。
ナミだって昨日初めて会ったとは思えない感覚だった。
レダスーー。
コカトリスとの戦いでお互いを認めつつある。
何故戦いに身を置くかは謎だが、取り敢えずレジスタンスの一員として居ることに抵抗は無いらしい。
だが裏切る可能性が一番高いのも彼かもしれない。
当然だろう。
本来は赤の他人なんだ。
俺はダガーの代金を払うレダスと入れ替わる形で店主と向かい合った。
「アンタ、詩でも書くのかい?」
占い師みたいだな。
見透かすような眼光に、俺はコクリと頷いた。
確かに詩は書く。
そして元はと言えばその為の旅だった。
「フム……」
店主が眼鏡に手を掛け、一旦奥へと消えた。
そこまで巨大な店、というわけでもない。
ただ、品揃えは豊富だった。
「アンタにはこれが一番じゃろう」
差し出されたのは笛だった。
横笛って言うのかな、神秘的な木で出来てある。
俺はそれを手に取った。
「補助魔法が使えるぞ〜」
と店主。
補助魔法と言えば緑魔法と揶揄されるわけだが、笛の音色が皆を力付けるのか。
俺は笛の代金を払い、大事そうにポケットにしまった。
確かに詩の芸術性とマッチしている。
だが十七年生きてきて、笛など一回も触った事が無かった。
もしチーム全員の能力を上げられるようになったら、それこそ四天王との差をギュッと縮められる。
だがオーク討伐の報酬が貰えなくなったせいか、俺はとうとう一文無しになってしまっていた。
傭兵としての報酬をある程度見越してやりくりしていたのだった。
アイシャ様〜武器屋を勧めるなら恵んでくれ。
嘘嘘。
自分の武器は自分で買わなくちゃな。
ハウルが杖を選んでいると、外が騒がしくなってきた。
どうやらガクを乗せた飛空艇が到着したようだ。
四天王って町では人気があるんだなー。
今戦うことは避けたいが取り敢えず見てみるかー。
俺とハウルとレダスは店の外で待っていたギルガメッシュと共に人集りのいる方向へ歩き出した。
広場の方向だな?
アイシャさんやレイさんは既に観衆の中に溶け込んでいる可能性がある。
俺は紫髪のオーラのある男が、飛空艇から出てくるのを目の当たりにした。
四天王ガク……!
末っ子ながら中々のオーラだ。
流行を百年先取りしたかの服装に、見上げるであろう高身長。
高い魔力を感じさせる彼は、女性人気が高いようだ。
「ガク様だ!」
「ガク様ばんざーい!」
観衆は口々に告げる。
その時ガクが観衆に居た二人組に声をかけ、あろう事か自分の近くへと引きずり出した。
ナミ……!アスカ……!
俺は顔色を変えずには居られなかった。
何か二人に話しかけているが、遠くにいた俺は「すみません!すみません!」と群衆を掻き分け、ガクの前に躍り出た。
「キミ、この二人の連れか?世界一の美貌を持つボクが側室にすると決めたんだ。雑魚は引っ込んでいてくれないかい?」
「うるせー!二人を返せ!」
「中々の威勢だね。オモシロイ。その勇気に免じてどちらか一方だけは返してあげよう。さあ、選べ!」
究極の選択だった。
昨日会ったばかりの運命の人と、幼馴染。
付き合いはアスカの方が長いが、かと言ってナミとは強烈に引き合う何かが存在する。
ナミ……!アスカ……!
ここで一人で四天王に挑むのは死に直結する。
見れば背後にレダスとハウルが立っていた。
二人共……!
ギルガメッシュは観衆に邪魔されたのか、ここまで辿り着けていない。
俺がナミかアスカかの選択に悩むのを愉しむかのようにガクはニヤリと笑ってみせた。
「さぁ!早くしないと一人も救えないぞ?」
俺は……!
二人共助ける……!!
背中のスネークに手を掛け、俺は四天王ガクに突進していった。
直後に眩い光。
ハウル達が戦うのが聞こえる。
意識が……遠のいていく……。
レダスが傍で倒れ込むのが分かった。
ナミ……!アスカ……!
「ちくしょう……」
ナミ達が、「マーク!死なないで!」と泣き叫んでいるのが聞こえた。
いきなり四天王に勝てるはずもなかった。
それにガクの傍には護衛もいた。
俺はロープでグルグル巻きにされ、何処か地下へと運び込まれたようだった。
ーー
目を開いた時、俺は牢屋の中にいた。
近くには縛られたレダスとハウル。
やはり自分も縛られてるかー。
武器は傍に乱雑に積み重なっており、何か様子がおかしかった。
ジンと名乗る帝国の男が縄を解いてはこう言った。
「拙者はここを管理している者だ。即ちーー闘技場」
俺達三人に一瞬ピリつく何かが走った。
ジンもあのガクに負けず劣らずのオーラの持ち主で、俺達は戦意を失っていた。
そもそもガクとの戦いで半ばボロボロになっている。
例えこれから闘技場に繰り出されようが、ここでジンに殺されようがさほど変わらない。
ジンはすっぽり鎧に身を包んだ男で、その顔立ちは分からなかった。
「ここで十連勝すれば自由になると聞いたことがあるぞ」
十連勝。
敵はコカトリス級か何かだろう。
確率は限りなくゼロに近い。
そもそも回復の薬なんて貰えないだろうし、傷は増える一方だろう。
ガゼの町に来たらとんでもない状況に陥ってしまった。
「拙者を殺そうとしなかった事、高く評価するぞ。ま、敗れはしないがな」
笑い声を上げるジンを、俺達は横目で睨んでいた。
檻は再び閉じられ沈黙が辺りを覆った。
暫くしてハウルが口を開いた。
「好きな女取られたら誰でも怒る。アレはお前の判断が正しいよ」
そうかぁハウルもそう考えるか。
良い仲間を持ったもんだ。
闘技場に駆り出されるのに俺を責めようとしない。
「わりぃなレダス。お前まで巻き込んじまって」
「いえ、私は本来コカトリスに敗れた身ですから」
檻の中はろくに掃除もされていないようで、俺達は奴隷として戦いに身を投じることになりそうだった。
一か八かジンに攻め入るべきだったか。
いやさっきは目覚めたばっかりでそんな気力が無かった。
角笛の音が聞こえる。
ジンが出た方向と逆の扉が開き、光射す階段へと繋がっていた。
ここから十連勝?
武器は笛含め全てあるが此処に居たって仕方がない。
俺達は闘技場内に躍り出た。
コカトリスと対峙した時もこの三人だった。
あの時はギルガメッシュの援護があったが、今回は誰の援護も期待できないか。
観客はほぼ満員で、中央に紫髪のガクが腰掛けていた。
金網。
ここからではレダスの矢が遮られてしまう。
そもそも四天王が矢だけで倒れる保証は無いが。
それにしても広い会場だ。
アイシャやレイもいるかもしれない。
観客の野次は一層強くなり、神の子に楯突いた事を酷く罵ってきた。
やはり、俺が一番の嫌われ者か。
『レディースアンドジェントルマン。今回の宴にお集まりいただき真にありがとうございます。神の子こそ偉大!神の子こそ正義!それを知らしめようではありませんか!』
偽物の神だ、と俺は心の中で思った。
見ればガクの両サイドにナミとアスカが無理矢理座らされている。
ナミ……何してる。
一か八かヒュドラになってみねーと。
いやアイツは俺と違って地頭がいい。
きっとタイミングを見計らっているんだろう。
「ジン」クラスの部下がいるとなると、例えヒュドラでも倒されてしまう。
そもそも俺達はまだガクの本気を知ってはいない。
『これから登場するのは体長五メートル!地獄の番犬ケルベロスです!』
五メートルとなると金網に頭が届きそうだ。
奥のゲートが開き、ヨダレを垂らした黒い皮膚の三頭犬がぬうっと姿を現した。
勝てるのか?
たった三人でしかも傷だらけの俺達が。
万事休すかに思われたその時だった。
金網が音を立てて破けた。
何者かが蹴り壊したのだ。
あれはーーアイシャ?
「妾の合図を待たずして四天王に攻め入るな!」
ごめんなさ〜い。
それにしてもとんでもない蹴りの威力。
ありゃ人間業じゃないね。
そして俺達の傍に着地したのはレイさんも一緒だった。
手渡された回復の薬。
これで力が漲ってくるぜ。
ガラにもなく落ち込んでたけどもう大丈夫。
ケルベロスも怖くねーよ。
傷がみるみるうちに癒えていくのを感じながら、俺はナミとアスカの方角を見ていた。
絶対助けてやるからな。
嘗て無い緊急事態にジンが闘技場内に放り込まれた。
「侵入者を許したのは拙者の責任だ。斬る」
場内は俺達レジスタンスとケルベロスとジンの三つ巴となった。
これはこれで会場はかなりの盛り上がりを見せている。
割れんばかりの熱気。
その中で一際異彩を放つのが四天王ガクだった。
「アイシャさんがこんなに強いって知らなかった!」
「褒めるのは勝ってからじゃ!」
レイさんは相変わらずガトリングガンを装備している。
「妾とハウルは鎧の男を。レイ、レダスマークと共にケルベロスを」
「ガッテンだ。今日に限ってはお前がリーダーだな」
レイさんの銃弾が、鎧のジンには通用し辛いのを見越しての判断か。
なんだアイシャさんメチャメチャ頼もしいじゃん。
ようしレイさんに良いとこ見せちゃうもんね〜。
俺はここぞとばかりに笛を吹き始めた。
「始まりの音色」ーー。
昨晩アイシャの屋敷で会議の後に書いた詩を連想して吹いてみた。
メロディーこそ完璧じゃ無かったが、俺達五人のオーラが若干変わった。
恐らく付加されたのはスピード。
満を持した俺達はそれぞれの敵と向かい合うのだった。
ーー
ケルベロスは三つの頭を持つ犬型のバケモノで、どうやら危険度はコカトリスを超えているらしかった。
知ったことか。
今の俺たちには笛やダガーがあるんだ。
特に笛の補助効果は強力で、恐らく素早さが上がった俺達は戦いを有利に進められそうだった。
レダスが回り込むように駆け出す。
元々速かった彼が陸上選手のようなスピードで移動する。
レイさんが注意を引きつけておこうとガトリングガンをぶっ放すのだった。
この世界では魔物も魔力を帯びていることが多い。
喩え文明の進んだ武器を持ってしても、レイさん一人ではケルベロスは倒せない。
それでも当然ダメージは与えられるようで、敵は僅かに怯んでみせた。
そうしている間にもアイシャとハウル対ジンの闘いも始まっているようで、武器無しで立ち向かうアイシャは明らか人間の域を超えていた。
俺もーー活躍するんだ。
野次が飛んでくるとは言え、闘技場の盛り上がりが自分を奮い立たせないわけではなかった。
ナミやアスカも見ているわけだしな。
笛をポケットにしまい、背中のスネークに手を掛ける。
思えばこの剣の名もヒュドラとの関連性を示唆しないわけじゃなかった。
そしてアスカともーー運命を乗り越えていく。
ケルベロスに向かって駆け出した。
俺は前衛。
女性であり丸腰のアイシャがジンと戦うんだ、俺だって逃げるわけにはいかない!
首が三つあるとは言え、敵の注意はほぼほぼ俺達に向いていた。
ガトリングガンの威力は中々のものだったし、俺は今までに無いほどの殺気を放っていたんだ。
今のうちだ、レダス!
金網を駆け上がり、ジャンプした彼が向かった先はケルベロスの背中だった。
レダス、一度は赤の他人かなんて思ってごめん。
アンタ最高だよ!
敵の脳天に放たれた矢。
レダスは一つ目の首をあの世に葬った。
三頭犬は泣き叫ぶような声を上げる。
悪いな、勝負は非情なんだ。
それにしてもさすがレダス、素晴らしい働きだった。
だが暴れるケルベロスによって背中から振り落とされた。
まだ油断は出来ない。
その時、レーザーポインターが相手の目を捉えた。
半年間で変わったのは自分だけじゃないようだ。
レイの眼球への集中攻撃に、敵は更にたじろいだ。
そうこうしている間にも、アイシャはハウルのサポートを受けつつジンと互角に闘っていた。
ジンが四天王と並ぶ強さを秘めているかは疑問が浮かぶ所だが、改めて貴族アイシャがレジスタンスの発足者だと思い知らされた。
彼女の体は鋼のように硬く、寧ろ彼女が神の子なんじゃと言わんばかりだ。
だが問題は四天王ガク。
いつジンの助っ人に来てもおかしくない。
俺がふとナミ達の方を見た次の瞬間、ガクの叫び声が木霊した。
「早くボクに解毒剤を!」
ナミがガクの腕にでも噛み付いたのか……?
さすがナミ、敵の油断する隙を伺っていたか。
幾ら四天王と言えどヒュドラの毒を解毒剤無しには回避できない。
闘技場全体は一種の混乱に陥っていた。
退散するガク。
そしてついに姿を現した体長十メートルのヒュドラは頭にアスカを乗せていた。
七本の首のうちの一つをアイシャがぶち開けた金網の穴から通す。
そして文字通りの蛇睨みで傷だらけの地獄の番犬を恐れさせた。
「行こう。これ以上ここに留まる事もない!」
と俺はアイシャの方向を見た。
「二対一とは言え拙者と互角に渡り合うとは……また会おうアイシャ」
ジンは剣をしまい、暗い檻の中へと姿を消した。
さすがの剣士もヒュドラの威勢にやや恐怖を憶えた可能性もあった。
さあ、ヒュドラに乗ってこの町から退散しよう。
気がかりなのはギルガメッシュだが、とにかく今は逃げないと。
ガクの部下たちが矢を放ってくるのだ。
流石にジンほど強力な者たちでは無いと思うが、アスカの白魔法で回復しきれるほどの傷に留めておきたい。
頼む、ナミ耐えてくれー!
俺達はヒュドラの姿になったナミに乗り、闘技場から退散した。
「くっ、これ以上は…… !」
矢の的になってしまっていたナミが光り出す。
彼女は元の人間の姿に戻り、俺達は大陸第二の首都「ガゼ」のスラム街に放り出された。
すかさずアスカがナミの手当てに臨む。
下級白魔法ヒーリング。
アスカの手から放たれた青白い輝きは傷だらけのナミを癒していった。
とんでもない一日だった。
既に昼過ぎだったわけだが、この日、レジスタンスは帝国に宣戦布告した。
見ればスラム街では人が死んでいる。
闘技場を開催して人々の不満を抑制って事なのか……?
確かにとんでもない政治かも……。
レイさんが死にかけの人に駆け寄り「おい、大丈夫か?しっかりしろ」と言っていた。
「これがこの国の現実です」
珍しくレダスが口を開いた。
ケルベロス戦では大活躍したが、彼にも帝国に対し思うところはあるようだ。
ハウルさんが言うには俺達七人は既に賞金首候補になり得るそうだ。
俺達がため息をついているとギルガメッシュが此処スラム街まで走り寄ってきた。
「ギルガメッシュ!」
と白馬の首に手を掛ける。
此処から俺達八人の長い旅が始まるのだった。