第一話「南の森」
俺は森の中で目を覚ました。
火の番をしているのは傭兵の先輩であるハウル。
赤髪で顔に傷がある寡黙?な男の人なんだ。
森の中は昼でさえ薄暗いのに、夜になると一層不気味さを増す。
俺はさっきみた夢についてハウルに打ち明ける事にした。
「お前がココナツ村に居たのは……半年くらい前か?」
俺がハウルの下で傭兵になったのは先月だった。
見事な白馬を乗りこなしている……それだけで注目された。
白馬ギルガメッシュと出会ったのはそこから更に二週間前。
人語を操る白馬で、町役場でこき使われていたところを助け出した。
男っぽい性格で滅多に自分から人を乗せたがらないんだけど恩義には報いるタイプみたい。
それでもまだ俺の事漢だとは認めてないんだろうな……。
俺にも薄々馬の気持ちが分かる。
増してや人語が操れるなら尚更だ。
この世界には稀に人の言葉を話す生物が存在する。
全てが全てそうというわけじゃないんだ。
俺はパチパチと燃え盛る薪を見つめながらヒュドラの少女について打ち明けた。
今まで見たことのない容姿。
だが何故か懐かしいような感覚。
俺の言葉にハウルは「フム……」と手を顎にあてた。
神妙な趣って言うのかな、よく分からない表情だったけどハウルはとうとう被りを振った。
「行こう。ギルガメッシュ達を起こし南へ向かうぞ。お前が傭兵として生きられるかテストする場所だ」
気づけば日が昇り始めていた。
傭兵としてテスト?
なんかの任務だって言ってたなぁ。
俺はギルガメッシュの頬をコンコンと叩いた。
旅に出た時最初は独りだった。
それが町でギルガメッシュに出会い、その流れでハウルに見込まれた。
ゴブリンレベルの小さな魔物ならなんとか倒せる、といったレベルだ。
大剣「スネーク」の斬れ味は中々のもので、恐らく魔術が関係していた。
ギルガメッシュは綺麗な白馬だった。
だが気性が荒く、町役場の人も手を焼いていたみたいだ。
ハウルも一頭馬を持っていたが比較的小柄な茶色い馬だった。
馬に跨り南を目指す。
「この世界ってやっぱり帝国が支配してるの?」
「そうだ。正確にはこの大陸は、だな」
「海の向こうにも世界は広がってるの?」
「まあ、そうだな。俺も行った事はないが」
俺は未だにハウルがどれほど良い人なのか分からずにいた。
でもこうした質問にはちゃんと返してくれる。
任務を依頼したのも帝国と関わりのある人物からだったようだ。
帝国……首都アクゼの話なら少しは耳にした事があった。
空飛ぶ機械がそこら中飛び回っているという。
ギルガメッシュ達のスピードは徐々に増していき、やがて土の歩道に出た。
ハウルが方向音痴じゃなくて助かった!
でもアクゼは此処からかなり遠いみたい。
それも逆方向の北にある。
「町役場の奴らが俺等に追いつく事もねえだろう」
ギルガメッシュが唸るように言った。
だけどハウルとの出会いが無かったらやはり危なかっただろう。
地図も頭にあるハウルと共にいれば、大袈裟に言えば百人力だ。
俺も早く強くならねーと……。
歩道を進むにつれ、馬たちが何かを警戒し始めているのが分かった。
馬に乗るのはまだあまり慣れない。
暴れ馬ギルガメッシュなら尚更の事だ。
暫くして目に止まったのはゴブリンの死体だった。
「妙だな……まるで毒にでもやられたようだ」
ハウルは黒魔術が使える。
昨晩火を起こしたのも魔術によるものだ。
その彼がこれほどたじろぐのは、余程の事のはずだ。
「ヒュドラの毒……」
「まさか」
此処から海までは距離がある。
いよいよ夢の中で出逢った少女とのご対面が現実味を帯びてきた。
会いたい。
どうしても会いたい。
だが猛毒の主は東へ行っただろうとの事だ。
任務の南とは違う……。
その時だった。
ハウルの馬が倒れた。
毒が移ったのだろう。
ヒュドラの毒というのはこれほどまでに強烈なのか。
「これじゃあ任務の行き先であるオークの住処までは辿り着けないな……」
「俺は乗せるのはごめんだぜ?」
「それを分かっての台詞だよ」
とハウル。
そう、ギルガメッシュは基本俺以外の人を乗せたがらない。
「だがなマーク。これだけは言っておく。お前の器が俺の乗り手に相応しくないと知ったら俺は遠慮なく去るぜ?憶えとけ」
頷く。
そして直ぐにでも東へ向かおう。
ハウルの扱える黒魔術は下級魔法だけだったが、それでも充分過ぎる威力。
一緒に行けばあの娘に逢えるかもしれない。
「此処から少し行けば村が見えてくるはずだ」
ハウルは如何せん乗り気じゃ無かったが、しょうがなくといった具合で言った。
「離れるぞ毒が移る」
とギルガメッシュ。
因みにギルガメッシュと名乗ったのは彼本人だった。
名前の由来は謎だが、まあ聞くまい。
それにしてもオークと闘う予定だったのか。
傭兵へのテストとは上手く言ったものだ。
オークはゴブリンよりも大柄で防具を装備している者も多い。
最悪死を覚悟しなければならないかもな。
それに比べれば村はきっと安全だろう。
俺はこの時呑気にそう考えていた。
ーー
村の酒場についた。
情報はきっとこういうところに集まる。
ヒュドラの娘の事で頭がいっぱいになっていた俺だけど店内に彼女の面影は見当たらなかった。
店主が言った。
「ヒュドラの娘、知ってるぜ〜。でもタダで教えるわけにはねぇ。村の牛を襲うコカトリスを退治してくれたら情報を渡そう」
コカトリス!?
俺達の顔色が変わった。
オークよりもかなり危険で相手の体長は恐らく四メートルに達する。
鳥と蛇の融合体であるそれは、今の俺が相手するには早すぎる。
せめて仲間がもう一人いないと……。
その時店内でフードを被っていた男が立ち上がった。
フードをとった彼の顔は美青年。
背中には弓矢のようなものが携えてあった。
今どき弓矢?と思う人もいそうだけど、侮れない。
彼は青髪の長髪だった。
「私の名前はレダス。コカトリスに妹を殺されて敵討ちがしたかったところです。一緒に戦いませんか?」
喋り口調は穏やかだが、声には不思議な力があった。
だがまだ戦うと決定したわけじゃない。
自分たちで少女を探すという手もあるのだ。
特にハウルは俺と違って少女にさほど関心を寄せていない。
だがもし戦えばレダスがこの先ずっと仲間として行動する事も考えられる。
只者じゃないようだし、先ずはハウルの反応を待ってみよう。
ハウルが三十歳くらいの容姿なのに対し、レダスは二十歳くらいに見える。
酒場の中は古風で首都アクゼの機械とは無縁だった。
「コカトリスだと?俺達三人で倒せる確率は良くて四十パーセントだろう。情報に対するリスクが大き過ぎる」
「まあ、あの娘の居場所は馬でなきゃたどり着けねー場所だが」
この店主を脅してみようか?
いやなるべく正義に寄り添った旅がしたい。
ハウルが諦めよう、と言わんばかりの目線を俺に投げかけた、その時だった。
「お願いします!私は貴方がたのような旅人が来るのを待ちわびていました。もし共にコカトリスと戦ってくださればこの先の道を共にすると誓います!」
レダス……この覚悟は妹を殺された事から来るのか。
弓矢の腕は確かだろう。
それだけを鍛えて後戻りができないとも考えられなくもないかな。
俺が世界がどうなってるか見たいと思った以上に、彼にも何らかの事情があるのだろう。
覚悟。
この世界を旅して詩を書く覚悟か?
いやもっと大きなものに、既に俺は巻き込まれているのかもしれない。
傭兵の後輩、ヒュドラの娘、コカトリス討伐の依頼……。
この後ハウルの持っているモドリ玉で大陸第二の首都ガゼに行く事になっている。
ギルガメッシュもいるし、もしコカトリスを倒せたら……ヒュドラの娘と共にガゼに向かう事が出来る。
何かとんでもない運命のようなものが、例えばレダスのような男と巡り合わせたと考える事も出来なくはない。
ハウルが黙っているので、俺が「(倒しに)行きたい」と言った。
レダスとの関係をそう容易く終わらせるべきではない。
そんな感情が脳裏によぎったんだ。
それに良い経験になる。
怖くないと言えば嘘になるけど、ヒュドラに変身出来るほどの娘を仲間に加えようとしているんだ。
ヒュドラの危険度が十とすればコカトリスは三から四くらいでここで引くなら男が廃る。
それに…………酒場の外で待つギルガメッシュもいる。
なんだか頼もしいんだよな……アイツ。
俺の意見にハウルはかぶりを振っていたがレダスの目は本気だった。
「頼むよハウル。オークの代わりにコカトリスを狩ってきたって言えば上の人にも示しがつくでしょ?」
「ま、多少はな……」
ハウルには我儘を聞いてもらっている。
だが彼の黒魔法は言わずもがな強力だった。
ついにハウルは「とんでもない後輩を持ったもんだ」と承諾した。
コカトリス戦。
半年前までは考えもつかなかった闘いに身を投じる事になった。
この世界には攻撃系の黒魔法とは対照的に、回復系の白魔法、補助系の緑魔法、状態異常を促す青魔法が存在する。
それぞれ下級、中級、上級に分かれ、魔法使いはこの世界である程度幅を利かしている。
剣にも「特技」と呼ばれる技が存在し、やはり三段階に習得難易度が分類される。
俺が酒場を見渡すとカードゲームをしている二人組が目に止まった。
場に出ているカードは……もしやコカトリスか!?
近くに行って覗いてみると間違いなかった。
「コカトリスは火が弱点だ。覚えときな!」
と新たにカードを場に出す男性。
「おーい、行くぞ」とハウルの掛け声に反応した俺だったが離れ際男性から一枚カードを手渡された。
『アスカ』……!
レアリティの高いカードとはまた一つ違うようなのだが男性は「あばよ坊主」とだけ言った。
アスカ……無事にしているだろうか……。
ヒュドラの娘の事が気がかりでそればかり気にしていたのだがアスカの存在もやはり大きい。
それにしても男性は俺とアスカが幼馴染って知ってたのか?
妙なカードゲーム男二人を背に、俺は日が高い外へと躍り出た。
ーー
俺は今、コカトリスと対峙している。
俺達三人と一頭は寂れた村に現れた白?或いは灰色?の巨体を目の当たりにしている。
夢に現れたヒュドラはもっとデカかったけど、正直俺達だけでコカトリスを倒せるかも怪しい。
寂れた村がフィールドか、臨むところだぜ。
俺は帝国についての知識は疎いものの、クリーチャーについては多少レイさんから話を聞いたことがあった。
戦闘については独学でかじっている。
つまりこういう事だ。
弓矢が主流のレダスは一人じゃコカトリスを倒せない。
誰か接近戦を得意とする者が必要だったんだ。
じゃないと第二の矢を放つ前に接近されて終わりだ。
妹さんを殺されて辛かっただろう。
敵討ち、そしてあの娘に会う。
臨むところだー!
俺は怖気づくことなく相手に向かって接近していった。
背中の大剣「スネーク」に手をかけ、コカトリスの注意を引き付ける。
幾ら下級魔法と言えどハウルの呪文詠唱にはある程度の間が必要となる。
つまりこの戦いで鍵を握るのは俺だ。
ギイャァア!!!
コカトリスの咆哮。
一瞬たじろいだが逃げるわけにはいかねぇ。
俺はこの戦いに向かうにあたって、白の上着を腰に巻いていた。
つまり黒の半袖ティーシャツが露わになったわけだ。
自身のファッションセンスからしても今の状態の方がモテるだろう。
あの娘に会いたい……ってうわぁぁ!
俺はコカトリスのクチバシの攻撃を、右に前転してかわした。
レダスは二本の矢をほぼ同時に放っていたようで、期待以上の強さだった。
「何ボーッとしてる。呪文詠唱が終わる前に死ぬんじゃねーぞ」
ハウルが放とうとしているのは炎属性魔法の「ファイアボール」。
昨夜薪に火を起こした時とはケタ違いの集中具合だろう。
俺も黒魔術を習ってみたい気持ちも無いわけではないが、このパーティーには前衛担当が必須だった。
更に、三本目の矢。
流石にうろたえるコカトリス。
だが、こんなところで死ぬ相手じゃない。
寧ろ敵の本気を引き出す事になってしまったかもしれない。
俺よりもレダスに方向を定め、飛びかかるコカトリス。
その時だった。
「ファイアボール」の詠唱が完了したのだ。
レダスやハウルの方向に急接近する相手に対し、直径一メートルの火の玉が襲いかかる。
炎は弱点だ。
今のところ、俺達は上手く戦えている。
熱気が、自分のところまで届いてきそうな気さえした。
敵にぶつかった火の玉が破裂するかの如く燃え盛る。
流石に大ダメージは免れないだろう。
ハウルに出会って良かった。
世話の焼ける後輩かもしれねぇ。
だけどこの戦いで勝つには俺が必要なんだよ。
走り寄っていき、「スネーク」を斜めに振り下ろす。
繰り返すようだがこの世界の剣や矢は特殊な魔力を帯びているものが多い。
俺の一撃は、確実に敵の体力を蝕んでいった。
正直この戦いで負けるようではヒュドラの娘を迎え入れるほどのバランスが取れるとは到底思えない。
それでもまだ気が抜けないのが大型クリーチャーとの戦いだった。
一旦翼をはためかせ、それだけで俺達をよろめかせた後、コカトリスはレダスに飛びかかった。
しまった、彼は近接タイプじゃない。
身のこなしもある程度素早そうなレダスだったが、直前の風起こしが効いていた。
鉤爪の餌食になるレダス。
早くしないと死んでしまう!
妹に引き続き彼まで殺られるなんてシナリオ御免だ。
俺が剣で斬りかかろうとした、その時だった。
前脚を高々と上げて嘶きを上げるギルガメッシュ。
放たれたのは青緑色の雷だった。
お前……こんな事も出来たのか……!
ギルガメッシュがこう続ける。
「マーク……今日俺はお前に漢の片鱗を見た。理由が何にせよ怖気づかずに突進したのは大したもんだぜ?」
思わず口元が緩む。
だがこんな能力を隠し持ってるなら、最初から言えばいいのに……。
「俺の雷の発生成功率はまだ完璧じゃねぇ。だから言わなかった」
それでも成功すれば恐るべき威力だ。
その証拠に火花を上げるコカトリスの身体は麻痺している。
俺は連続斬りを見舞い、ハウルが二度目の「ファイアボール」で止めを刺した。
戦闘は終わった。
「大丈夫か?」
とレダスに駆け寄る。
やはりギルガメッシュは只者じゃなかった。
彼のおかげで我々は勝利したと言っても過言ではない。
俺がゆっくりレダスを立たせ、彼は敵討ちのお礼を言った。
さあこれでヒュドラの娘の居場所が分かるわけだ。
ハウルは何故そこまで彼女に拘る?と首を傾げていたが、「もしかしたらそれ、運命の相手かもな?」と言った。
まだ相手の意思も確認していないし、名前も知らない。
惹きつけられる何かがあるものの、顔だってハッキリとは覚えていない。
それでも嬉しかった。
運命の相手……。
俺はポケットに入れてあったアスカのカードが僅かに折れてしまっているのに気付いた。
アスカ……レイさん……!
俺、漢になりつつあるよ。
これはまだ俺の冒険の始まりの一ページに過ぎないのだが、見果てぬ夢がほんの僅かにチラリと覗いているのを感じさせていた。