プロローグ
俺の名前はマーク。
両親はいない。
ココナツ村という辺境の地で漁の手伝いをして暮らしている。
近年帝国の圧力が強くなってきていて、よく分からないけど村長の顔色が曇る日も増えてきた。
十七歳。
この世界がどうなっているのか知りたいという気持ちが、ここ数年強まってきている。
そんな俺にとって幼馴染アスカの存在は大きかった。
なんかミステリアス?ていうか、こう……クールな感じなんだけど根は良いヤツなんだ。
俺はハンモックに寝そべりながら欠伸をしていた。
今日は漁の日じゃない。
寝るのが好きな俺は度々村長を困らせたが、今日はそういうのとも無縁だ。
ゆっくりしていい。
ココナツ村は大陸の西の方にあって、藁で出来た家々に住む五十人くらいの小さな村だ。
村長の名前はレイって言って五十歳くらいのマッチョなんだけどよくイジられるんだよなー。
まだまだガキだな、みたいな感じで。
まあでも悪い人じゃないのは確かだ。
俺はハンモックから起き上がり自身の詩を書いたノートを見た。
旅をすれば詩の完成度も上がるかな?
でも今一歩勇気が出ないや。
ノートを手に取りパラパラとページを捲る。
俺の家は半径三メートル程の円錐?ていうのかな小さな家だ。
家を出ると潮風が俺の黒髪を撫でた。
俺は物心ついた時からやや癖っ毛で、それは年を増すごとに凄みを増した。
今ではクルクルカールヘアーである。
それはそうと俺は母さんの顔を覚えていない。
村長レイさんもあまりそのことについては知らないらしかった。
本当かなあ?
何にせよ両親とは旅の中で逢える可能性も無くはない。
レイさんに旅の事を打ち明けようか?
ガキが何バカな事言ってる、って言われるだけか。
アスカに会った。
茶髪ショートカットのアスカだが、いつも急ぎすぎる俺をたしなめてくれる面では良い関係なのかもしれない。
同じ十七歳で目には不思議な力があった。
カモメの鳴き声が聞こえる。
俺はアスカと共に海岸線を散歩することにした。
彼女なら。
詩を書いている事も知っている彼女なら。
旅について賛成してくれるかもしれない。
去年チラッと言いかけた事はあったんだけど、一瞬で嫌な顔されたので茶を濁しちゃったんだよなー。
今度こそ。
自分も十七になったし今年の誕生日には剣も貰った。
大剣。
蛇の絵柄が描かれてあるので「スネーク」と呼んでいる。
身長百七十五センチの自分の背丈ほどあり、流石に両手じゃないと使いこなせないが大事にしている。
「あ、あのさ!」
俺は愛の告白でもするかのような切り出し方をした。
服装は黒ティーシャツに、白に青の模様の上着。
ネックレスもしていてズボンは紺のハーフジーンズにチェーン。
「スネーク」は背中に装備してある。
俺は「旅に出たいんだ」と率直に言った。
アスカは暫く考えるような素振りを見せた後、「食料はどうする気だ?」と言った。
うっ……いきなり痛いとこ突くなぁ。
「このスネークで獣を狩って見せらぁ!」
と背中の大剣に手を添えた。
ブンブンと振り回し去年の二の舞いを阻止しようとする。
「そっか……」
急に下を向くアスカ。
え、もしかして泣いてる?
そんなに心配してくれるのか。
ただのクールな奴じゃないとは分かってはいたものの、ここまでとは意外だった。
涙を拭い、「ハハッ、私バカみたい」とアスカ。
俺はどう返したらいいか分からなかった。
「気をつけてね。レイさんにはもう話した?」
「これから話すとこ……ん?」
波が強まっている。
まるで海の沖の方から怪物でも現れるかのように。
「アスカ、レイさんに知らせてくれ。ここは俺が食い止める!」
「でも!」
「いいから、行け!」
相手は見上げるような海蛇の集合体ヒュドラだった。
話だけは聞いたことがあったが、本物を目にするとは……。
首の数は一、二……七本。
グレーの皮膚をしており、正直今の俺が相手できるレベルじゃない。
シャーー!
威嚇するヒュドラと対峙する中、レイさんが駆けつけてきた。
持っているのはガトリングガン。
この世界では剣と銃が混在している。
今も尚剣が重宝されているのはその殆どが魔力を帯びているから。
魔法。
それを扱える人間を人は魔法使いと呼ぶ。
「待ってくれ!向こうからは攻撃しようとしてない!ここは俺に話させてくれよ!」
ガトリングガンの威力はお墨付き。
幾ら怪物と言えど蜂の巣にするのは幾らかはばかられる。
「マーク、正気か?」
レイさんは日に焼けた白髪の爺さんだった。
今日はサングラスをしている。
俺の大剣「スネーク」の絵柄が緑色に光りだす。
ヒュドラと顔を近づけ対話を試みる。
向こうも俺に殺意が無いのを察したのか大人しくしている。
その時だった。
ヒュドラがパァッと白く輝き出し女の子に姿を変えた。
レイさんも目を丸くしている。
海に浮かぶその娘は長い綺麗な金髪をしていた。
抱きかかえ、陸へと運ぶ。
ゲホッ、ゲホッと女の子。
意識はあるようで、俺がその娘の名前を聞き出そうとした時、視界が歪んだ。
「アタシの名は……」
俺はその後を聞き取れなかった。