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 国王陛下にはシルヴァンとテオドールの方から報告することとなり、少しでも時間が惜しかったアレクサンドラはすぐにファニーと共に屋敷へ戻った。


 部屋へ入ると、ファニーが突然一心不乱にドレスのデザインを始めたので、アレクサンドラは横から一言付け加える。


「エメラルドグリーンのドレスはやめてちょうだいね」


 誕生会でアリスが着ていたドレスの色だ。正直アリスと同じなどまっぴらごめんである。


「え〜! なんで? あっ、もしかして貿易が禁止されているから? なんだ、だったら問題ないかも。だってあの色は僕が独自に開発した、僕の工房だけで作ってる色だもん!」  


「そういうことじゃなくて、他の令嬢と被るのよ……」


 そこまで答えてハッとする。


 今から五年前の話。エメラルドグリーンの美しい発色の布を作るためシェーレグリーンという染料が使われるようになった。


 それまでエメラルドグリーンに染める方法は開発されておらず、瞬く間に社交界でもエメラルドグリーンの布や帽子、装飾品などがもてはやされるようになった。


 そんな中、シェーレグリーンを使った染め物や染料を扱う者たちが相次いで亡くなり多くの死者を出す事態となった。


 シェーレグリーンには毒性があり、死者がでたのはシェーレグリーンによる被害なのは明らかだった。


 この報告を受けた国王陛下は、アヴニール国内でのシェーレグリーンを使った染め物を禁止した。


 だが既存(きそん)するシェーレグリーンで染められた布に関しては、その使用の禁止はされなかった。


 シェーレグリーンの布は貴族を中心にとても人気が高かったため、貴族たちは国内に残ったシェーレグリーンの布がなくなると、今度は隣国を頼るようになった。


 その状況を見た国王陛下は『これでは、リスクを近隣諸国に押し付けていることになる』と、今度はシェーレグリーンを使って染められた布の輸入を禁じた。


 そうして、シェーレグリーンに代わるものの開発競争が始まったが、今だにそこまで発色のよい緑色の染料は見つかっていない。


 アレクサンドラはそこでファニーに確認した。


「ファニーは本当にシェーレグリーンを使っていないのね?」 


「もちろん! 僕の工房は媒染液(ばいせんえき)を使ってるもん」


「そう。それってもちろんファニーの工房でしか作れないものよね?」


 すると、ファニーは自信たっぷりに答える。


「もっちろん! 布を染めるのって、レシピがあってさ。それがないとね〜」


「だったら、今現在アヴニールに存在しているエメラルドグリーンの布は、ファニーの工房にしかないということかしら」  


「う〜ん、はっきりとは言い切れないけどそういうことになるのかな〜。あ、もちろんシェーレグリーンの布を密輸してれば別だよ〜」


 やっぱり、とアレクサンドラは思う。とはいえ、アリスがシェーレグリーンのドレスを着ていたのは夢の中の話であり、実際に誕生会であのドレスを着てくるとは限らない。


 だが、調べてみる価値はあるだろう。


「ねぇファニー、シェーレグリーンの布を密輸しようとするなら、どこから仕入れるのがいいのかしら」


「え〜! なにそれ。もしかして面白いこと考えてる?! 僕はそんなこと考えたこともないからわかんないけど〜」


「なら調べてみてほしいの。特にシャトリエ男爵家を」


「ふ〜ん、ピンポイントで名前を出すなんて、ノビーレドンナはなにか確証があるってことだよね〜。う〜ん、なんだかとっても楽しそうだから調べてみよっか?」


「できる?」


「もっちろん! 僕に任せてよ〜。あ〜なんだかわくわくしてきた!」


 ファニーはそう言うと、嬉しそうにその場でくるくると回ると部屋を出ていった。


 アレクサンドラは報告を待つぐらいしか今の自分にはできないと、焦る気持を抑えてこの日はゆっくりと休むことにした。





 翌朝、自室の机の上にセバスチャンからの報告書が置かれているのに気づくと、アレクサンドラはあまりの仕事の速さに驚きながらありがたくその報告書に目を通した。


 シャトリエ男爵家は以前はそんなに目立たない、社交界でも口の端にも上らないような存在だったそうだ。


 転換期が訪れたのは娘のアリスが社交界へデビューした直後のこと。デュバル公爵家のお茶会に招かれたことが発端だった。


 デュバル公爵夫人は占いにとても傾倒しており、催しとして社交界でとても人気のあった占い師ルイーズ・デュドネを呼んでいた。


 そのお茶会で突然ルイーズ・デュドネがアリスを指差しこう言った。  


『あの娘はこの国の運命を変える宿命を背負っている。あの娘は国母となるだろう』


 そうしてアリスは一躍時の人となった。


 アレクサンドラはここまで読んで、大きく息をついた。


「こんな話、初めて聞きましたわ」


 アレクサンドラは今まで社交界の噂話にはまったく興味がなかった。


 他の貴族たちが色々と噂話をしているときは適当に話を合わせているだけで内容は受け流して聞いていたのだ。


 だが、今回のことで社交界での話にはしっかり耳を傾けなければと痛感した。


 アヴニール国は一夫多妻制ではない。もちろん側室を持つことは禁じられている。


 ということはアリスが国母になるには、『アリスがシルヴァンの婚約者になる』か、もしくは『アリスが婚姻した相手が国王陛下』ということになる。


 これはアレクサンドラにも関わりのあることで、もっと関心を持たなければならなかった。


「それで夢の中のアリスは、『殿下の婚約者という地位も、すべて(わたくし)のものになるから』と言っていたのね……」


 やっと合点がいった。そう思いながら、報告書の続きを読んだ。


 それからシャトリエ男爵とアリスは生活が派手になり、周囲の貴族たちから頻回にお茶会に誘われるようになった。


 そして、行く先々で『デュカス公爵令嬢によく思われていないようなので、あまり占いの話はしたくない』と話しその話題は避けつづけていたそうだ。


 だがある日、クールナン伯爵家のお茶会にてクールナン伯爵夫人がアリスに占いの質問をすると、アリスはいつものように困った顔で『この件についてはあまり話せない』と言った。


 だが、そのあと突然(せき)を切ったように泣き始め、我慢できなくなったとばかりに『実はデュカス公爵令嬢に嫌がらせを受けている』と暴露した。


 その話は瞬く間に広まり、社交界ではそれが事実として囁かれているそうだ。


 社交界にこの話が広まっていても、当事者であるアレクサンドラの前でこの件について言うものはいないだろう。


 だから噂になってもアレクサンドラの耳には入らなかったのかもしれない。 


 そこまで考えながらとにかく頭にきて、もう少しでこの報告書を破いて捨ててしまうところだった。


 だが、なんとか理性を保ち大きく深呼吸すると自分を落ち着かせ続きを読む。


 アリスはそのあと『殿下からは興味を持たれ、占いのことも好意的に受け入れられている』


 そんなふうに言って回っているとのことだった。


「あの殿下が好意的に?」


 アレクサンドラはそう呟くと、無反応で無干渉のシルヴァンがそんな反応をするだろうか? と疑問におもいながらもこれが本当のことなら大変な事態に陥っていると感じた。


「とにかく、なんとかしないといけないわね……」


 そう呟くと、セバスチャンを呼んだ。


「お嬢様。なにをお手伝いいたしましょう?」


「ルイーズ・デュドネという占い師のことを調べてほしいの」

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