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 グラニエはなにが起こったのかわからないといった様子で、困惑気味に金庫を開けた。アレクサンドラはすかさず中を覗き込む。


「ない、入ってませんわ。やっぱりあれはエメラルドの首飾りのケースだったんですわ! グラニエ、早く!! 門番に声をかけて下さい!」


「えっ?! あ、はい」


 グラニエは慌てて外へ出ていく。それを見届けるとアレクサンドラは金庫からエメラルドの首飾りの入ったケースを抜き出し、他の金庫の下の隙間に外から見えないように突っ込んだ。


 そこへグラニエがファニーと一緒に戻って来ると、アレクサンドラは金庫を指差しながら言った。


「グラニエ、とりあえず金庫の鍵は閉めたほうがいいと思いますの!」


「そうですね、当日もこのタイミングで鍵を閉めたと記憶しています」


 そう答えてグラニエは金庫の鍵を閉じた。


 その後ろでアレクサンドラはファニーに目配せし、どこにネックレスを隠したか示して知らせた。


 鍵を閉めると、グラニエは当日カジムに指示したようにファニーに指示する。


「テランスが応援を呼んでいる間、我々も金庫室内を探してみよう」


「は〜い! わっかりました〜。じゃあ僕は〜こっちを探すね! グラニエたんは、向こうを探してみてね」


「グラニエたん……」


 グラニエは何とも言えない表情をしたあと、ファニーとは反対側を探し始めた。


「こっちにはないよ〜。グラニエたんの方はどうですか〜」


「いや、こちらにもないようだ」


「じゃあさ〜、誰かが持ち出したんじゃないの〜? 持ち物検査とか、しないとじゃない?」


「そうだったな、あの日もそのように指示を出している」


 グラニエはそう言って、金庫室を出た。


 その直後、アレクサンドラは隙間からネックレスケースを取り出すとファニーと一緒に中身を確認し、急いで先ほどグラニエが探した場所へネックレスケースを移した。


 そこで金庫室の外にいるグラニエに中へ戻るよう声をかけると、アレクサンドラは言った。


「こういうことだと思いますわ」


 するとグラニエは面食らったような顔でアレクサンドラとテオドールの顔を交互に見たあと、困惑気味に言った。


「こういう事、とは? すみませんが私にはさっぱりわかりません。あの日の再現をしただけにしか見えませんでした」


 アレクサンドラはグラニエに微笑むと言った。


「ネックレスは盗まれていなかったということですわ」  


「それは一体どういうことでしょう?」


「トゥーサンとカジムが共謀して、ネックレスが盗まれたように振る舞ったんですわ」


「そんな、トゥーサンとカジムが……?」


 そこで、ファニーが隠してあったネックレスケースを持ってきて中身をグラニエに見せた。


「待ってください、先ほど私が探したときネックレスケースはそこにありませんでした。それにどうやって金庫からこれを……」 


「グラニエがファニーを呼びに行っているあいだですわ」


「ではあの時点で、まだネックレスは盗まれていなかったと?」


「そのとおりですわ」


 そこでシルヴァンがグラニエに質問する。


「グラニエ、お前はここの金庫のどの箱になにが入っているかわかるか?」


 するとグラニエは申し訳なさそうに答える。


「いいえ、そういったことはトゥーサンに任せていましたので。申し訳ありません」


「では、トゥーサンがパール・オブ・プリンセスがなくなっていると言ったとき、完全に信じたのだな?」


「はい。事実、あのあともう一度確認したときには確かにパール・オブ・プリンセスはなくなっていたので」


 そう答えてがっかりとうなだれるグラニエに向かってテオドールが声をかける。


「いや、まさか彼らが裏切っているとは思わないだろう。彼らはシャトリエ男爵家の推薦状を持っていた。もちろん、シャトリエ男爵にもそれが本物であるか確認済みだ」  


 そしてアレクサンドラに向き直ると言った。


「だが、あれだけ探してもネックレスは見つかっていないんだぞ? お前の言う通りなら誰かが見つけていてもおかしくないと思うが……」


「ですがお父様、徹底的に探した場所にまさか隠してあるなんて誰も思わないと思いますの。それに、裏切り者は他にもいると思いますし」


「他にも?!」  


「はい、でなければこんなに大胆なことは計画できませんもの」  


 グラニエは渋い顔で唸ったあと、不思議そうに呟く。


「しかし、なぜこんなことを……」


 そのとき、シルヴァンがハッとした様子でテオドールを見た。


「そうか、本当の目的はネックレスそのものではなく、お前の失墜ではないのか?」


「私のですか?」


「そうだ。これを仕掛けたものはここからネックレスを盗み出せるのはお前しかいないと、罪を着せるためにネックレスを隠しただけなんだろう」


 それを受けてアレクサンドラも大きく頷く。


(わたくし)もそう考えていますわ。それにわざわざグラニエを巻き込んだのは、カジムやトゥーサンから疑いを逸らすためでもあったと思いますわ」


 それに対してグラニエが残念そうに答える。


「確かに、あのときに盗まれたなんてこうして指摘されるまで、思いもしませんでした」


「それはそうだと思いますわ。(わたくし)は部外者だからこそ、二人を疑うことができたんですもの。彼らが仲間だったら疑うことはなかったと思いますわ」


 そう言うと、しばらく躊躇してから付け加えて言った。


「それと、この計画を立てた犯人はシャトリエ男爵とその娘のアリスだと思いますの」  


 そこでテオドールが不思議そうに言った。


「なぜそう断言できる」


「実はシャトリエ男爵について少し変な噂を聞いたことがあって調べていましたの。でも、トゥーサンやカジムの推薦状を書いたのがシャトリエ男爵なら、より疑わしいと思いますわ」


「わかった。とにかく、まだパール・オブ・プリンセスがみつかった訳では無い。まずはそれを見つけないとな。今から徹底的に金庫室を捜索してみよう」


 そう言うとシルヴァンに向き直って言った。


「よろしいですか? 殿下」


「僕はかまわない。それでパール・オブ・プリンセスがみつかるなら容易いことだ」


 そうして、早速全員で金庫室の捜索に取り掛かった。テオドールは当然金庫室をよく知っている。心当たりがあったのか、まっすぐに金庫室の奥へ進んで行った。


 気になったアレクサンドラはテオドールの後を追った。すると、何の変哲もない場所で立ち止まり、しゃがみ込むと床の板を器用にずらして外した。


 アレクサンドラは背後からそれを覗き込み、ハッと息を呑む。床板の下の空間にネックレスケースがあったからだ。


「見つけた!」


 テオドールはそう叫ぶと、そのネックレスケースを取り出して中身を確認する。


 それは間違いなくパール・オブ・プリンセスだった。


「どうやらお前の言う通りだったようだ」


 テオドールは顔をほころばせて、駆け寄って来たグラニエとシルヴァンにネックレスケースの中身を見せた。


「母が、王妃殿下がさぞ喜ぶだろう」


 シルヴァンはそう言ってそのネックレスケースを受け取ると、アレクサンドラに向き直った。


「アレクサンドラ、お手柄だったな」


「はい。お褒めいただき至極光栄に存じます。ところで殿下、一つだけお願いがありますの」


「なんだ? 君は今回素晴らしい働きをした。なんでも言ってみろ」


「パール・オブ・プリンセスが見つかったことはまだ(おおやけ)にしないでほしいのです」


 すると、シルヴァンは真剣な眼差しでアレクサンドラを見つめた。


「なにか策があるのか?」


「はい、この件を秘密にすることがアリスを捕らえるには必要不可欠なのです」


「わかった。そういうことなら」


 シルヴァンがあまりにもあっさりそれを受け入れたことを意外に思いながら、アレクサンドラは微笑んだ。


「よろしくお願いしますわ」


「それにしても」


 と、シルヴァンは続ける。


「私はカジムをとても信頼していた。だからこそ本当に大切な物を預けられると思っていたのに、裏切っていたとは……」


 大切なものを預ける? 厄介者を押し付けるの間違いでは? それに信頼していたですって? あんな人物を信頼するなんて、とんでもないことだわ。


 アレクサンドラは内心そう思っていた。それにカジムはアレクサンドラが監禁されているとき、一番態度が悪かったのを覚えている。


 これで彼も終わりだろう。


 だが、まだアリスが残っている。言い逃れできないようさらに証拠を集めなければ、とアレクサンドラは次の一手を目まぐるしく考えていた。


 その顔をファニーが興味津々と言った顔で覗き込みじっと見つめた。それに気づくと、アレクサンドラはため息をついた。


「ファニー、(わたくし)のことを好奇心の対象としてまじまじ観察するのはやめてちょうだい」


「だって! キャンディに一体なにがあったのさ! こんなに素敵なノビーレドンナになるなんてさ〜。僕とっても興味あるなぁ」


 アレクサンドラはこうなったら、誰が止めようとどうしようもなくなることがわかっていたので、諦めて放って置くことにした。


 だが、予想もしていなかった人物がファニーをアレクサンドラから引き離した。


「ファニー、言っておこう。彼女は僕の婚約者だ。あまり馴れ馴れしくすることは許されない」


「へぇ~、拗らせ王子もたまにはそんなこと言うんだ〜」


 そこでテオドールが吹き出した。シルヴァンがムッとして黙り込むと、グラニエが慌てて言った。


「殿下、グラニエたんよりは全然マシだと私は思います」


 グラニエはフォローのつもりでそう言ったようだが、テオドールはそれを聞いて余計に笑いが止まらなくなったようだった。


 アレクサンドラはその横で拗らせ王子だなんてそんなに可愛いものではなく、シルヴァンはどちらかというと、無関心王子という呼び名の方が合っていると内心思っていた。

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