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「お父様、もう一つお願いがありますの」
「今度はなんだ? ん? もう一着ファニーにドレスをデザインしてもらいたいのか?」
そう言うとテオドールはアレクサンドラの後ろに立つファニーを見て微笑んだ。
「違いますわ。それに、彼は今忙しいみたいですわ。誕生会のドレスをデザインから作り直すそうですの」
「今からか?!」
そう答えると、呆れたような顔をした。
「そのようですわ。そんなことより、とても大切なお願いがありますの」
「なんだ、もしかして先ほどの件にからんだことか? 真珠のネックレスの」
「そうですわ。金庫室に行ってみたいんですの。もちろん、グラニエも一緒でかまいませんわ。もしかしたら犯人がわかるかもしれません」
それを聞いてテオドールは怪訝な顔をした。
「なんだって? だが、お前に渡した書類の内容はたいしたことは書いてなかったはずだ。あんなもので犯人がわかるわけがない」
アレクサンドラは大きく頷いて見せる。
「もちろん、そうですわ。ですから実際に金庫室へ行って現場を見る必要がありますの。それもグラニエ以外の誰にも知られずに」
「金庫番にもか?」
「そうですわ」
「本当にそれで犯人がわかるのか?」
「おそらくは。でも最終的には行って現場を見なければなんとも言えませんけれど」
テオドールは目を閉じ、しばらく思案したのち口を開いた。
「こればかりは私の一存では決められない。国王に掛け合ってみるが、許可が下りなければ諦めろ」
そう答えると、突然ファニーが後ろから叫ぶ。
「なんだか面白そうだから、僕も行くね! もちろん愛妻家には僕からちゃんと話すよ」
テオドールは呆気に取られながら言った。
「なんだ? 愛妻家?」
「お父様、国王陛下のことみたいですわ」
するとテオドールは呆れた顔をした。
「国王陛下のことをそんなふうに言えるのは、世界広しといえどファニーだけだろうな」
「そうなの! 僕ってばとっても魅力的でしょう? だから許される特権ってやつ。あはははは!」
テオドールとアレクサンドラは無言で見つめ合い、ため息をついた。
こうして、テオドールが国王陛下に掛け合ってくれているのを待つあいだ、アレクサンドラはアリスがドレスを破かれただの嫌がらせを受けただの言っていたことを思い出していた。
「ロザリー、セバスを呼んできてくれるかしら?」
「承知しました」
ロザリーは部屋から出ていくと、すぐにセバスチャンをつれて部屋へ戻ってきた。
「お嬢様、お呼びでしょうか?」
「セバス、お願いがあるの。シャトリエ男爵令嬢とその周辺のことを徹底的に調べてほしいの。なるべく早めに、最低でも誕生会までには結果の報告がほしいわ」
「シャトリエ男爵令嬢ですか? 承知いたしました。早急に取り掛からせていただきます」
「ありがとう」
「お嬢様、私にお礼をする必要はございません」
「それでも、ありがとう」
すると、いつも感情を一切表に出さないセバスチャンが少し微笑み、お辞儀をして部屋から去っていった。
セバスチャンは完璧主義である。文字通り素早く徹底的に調査するだろう。
「セバスチャンが微笑むところを、私は初めてみました」
ロザリーは驚いた顔でアレクサンドラを見つめた。
「私もよ。感謝の気持をすぐに伝えるって本当に大切なことだわ。ロザリーも、いつもありがとう」
そう言って、ロザリーに微笑み返した。ロザリーは恥ずかしそうに微笑むと俯いた。
他にできることがないか考えていたところへ、金庫室へ入る許可が下りたと報告があった。
お父様ったら、どうやってこんなに短時間で国王陛下を説得したのかしら。
そう思いながら、すぐさま宮殿へ向かった。
もちろん、ファニーもその後をついてきたのだがアレクサンドラは馬車に乗る前に釘を刺した。
「ファニー、国王陛下からの許可がなければ、城の中までの同行は許しませんわよ?」
「もちろん! ノビーレドンナに迷惑はかけないよ。僕が自分で掛け合うに決まってるじゃん」
「そう、ならいいけれど」
ファニーのことだ、簡単に許可を取ってしまうだろう。そう思いながらアレクサンドラは馬車に乗り込んだ。
宮殿のエントランスに入ったところでグラニエがアレクサンドラを出迎えた。
「お待ちしておりました。ここからは私がエスコートいたします」
そう言って手を差し伸べる。もう片手にはランプを二つほど持っており、金庫室はかなり暗い場所にあるのだろうと思った。
アレクサンドラが差し出された手を取って歩き始めたところで、ファニーは勝手にどこかへ向かって走り出した。
それを見てアレクサンドラは慌ててグラニエに尋ねる。
「いいんですの? ファニーは部外者ですわ」
すると、グラニエは苦笑した。
「彼は特別です。さぁ、行きましょう」
そう言って、いつもなら絶対に入れない城内の奥へと進んでいった。
その途中、シルヴァンの姿を見かけたが会えば挨拶をしなければならないのが面倒だったため、気づかないふりをした。
どうせシルヴァンもアレクサンドラには会いたくもないだろう。
そうして数歩歩いたところで、背後から声をかけられた。
「アレクサンドラ、もう来ていたのか」
見つかってしまった。そう思いながらアレクサンドラは慌てて振り返ると恭しくカーテシーをした。
「ごきげんよう、殿下。はい、殿下にご挨拶に参じました」
「そうか」
「はい。では、父にも挨拶をして帰ります」
アレクサンドラが顔も上げずに無表情でそう答えると、シルヴァンは怪訝な顔をした。
それもそうだろう。以前はシルヴァンを訪ねて来てはお茶に誘っていたからだ。いつも断られてしまい、結局一緒に過ごすことはなかったが。
これ以上話しかけられたくなかったアレクサンドラは、さっさとその場をあとにした。
「よろしかったのですか? 殿下とご一緒したかったのでは?」
グラニエは心配そうにそう言った。
「大丈夫ですわ。そんなつもりさらさらありませんもの。さぁ、行きましょう」
そう言って、グラニエの手を強く握りしめた。
迷路のように入り組んだ廊下を進んで行くと、グラニエは大きな扉の前で立ち止まった。
「こちらです」
そうして、鍵の束を取り出し扉の鍵を開けた。
中へ入ると、カビ臭く窓もなにもない長い廊下が続いておりその先は漆黒の闇が続いていた。
「誰にも知られずに訪問したいということで、人払いをしてあります」
「ありがとう。でも、そうすると警備が手薄になるのではないかしら? それは大丈夫でしたの?」
「はい。テオドール様が金庫室前で見張っていますから」
「お父様が?」
「そうです」
そのとき、背後から咳払いが聞こえた。きっとファニーが追いついたのだと思ったアレクサンドラは、笑顔で振り返った。
「ファニー、国王陛下から許可をもらったのね」
だが、そこには無表情で手を後ろに組んだシルヴァンが立っていた。
「ファニーでなくて悪いな」
アレクサンドラは驚き、すぐに頭を深く下げる。
「殿下、大変申し訳ございません。ファニーが来ると思っていたので勘違いをしてしまいました」
「わかった、別に怒っているわけではない。頭を上げてくれ」
アレクサンドラはどんな顔でシルヴァンを見ればいいかわからず、俯きシルヴァンの顔を見ようとしなかった。