シルヴァンが見た夢
ふと気づくとシルヴァンは誕生会の会場に佇んでいた。
確か、アレクサンドラはあとから会場に入ると言っていたのを思い出す。
まったく興味がないからとはいえ、アレクサンドラはシルヴァンの婚約者である。本来ならば一緒に会場入りしなければならないはずだ。
誘いもしないとは、僕も嫌われたものだ。
そう思いながらアレクサンドラを探した。
そのとき、会場内の一角で騒ぎになっているのに気づき、そこへ近づいていった。
どうやらアレクサンドラが下級貴族に問い詰められているところのようだった。
シルヴァンが慌ててその仲裁に入ると、その下級貴族の令嬢は、アレクサンドラが様々な悪事を働いたという動かしがたい証拠を次から次へ提出した。
その証拠の数々はどう考えても覆りそうになかった。
シルヴァンは悩んだ。
このままその証拠を認め、裁判に掛ければアレクサンドラを失うことになるからだ。
それだけは絶対に阻止しなければならなかった。
だが自分の立場上、アレクサンドラを許しそのまま婚約者として扱うことはできない。
ではどうするか?
シルヴァンは考え、アレクサンドラを匿い世間から隠してしまうことにした。
行方不明として扱えば、きっと世間も彼女の罪をいずれ忘れることだろう。
そうして落ち着いたころに姿を現せばいい、そう思った。
そのときには、アレクサンドラに素直に罪を認めさせ、謝らせれば社交界でも受け入れられるだろう。
だが、その前にアレクサンドラが本当にこんなことをしたのか調べる必要があった。
そうして、シルヴァンは以前戯れに作った尖塔にある部屋にアレクサンドラを幽閉することにした。
ここなら安全なはず。そう思っていたからだ。
シルヴァンはその日から寝る間も惜しんでアレクサンドラの罪を晴らすために動いた。
そうしてやっと手がかりをつかむ。
アレクサンドラが、真珠のネックレスを売買したという契約書を偽造したという人物を特定したのだ。
これでアレクサンドラの無実を証明できるかも知れない。
そう思い急いで尖塔へ向かうと、アレクサンドラは忽然と姿を消していた。
見張りの兵士たちに問いただすも、どうやって警備の目をくぐり抜けてここから抜け出したのか、まったくわからなかった。
それからシルヴァンは血眼になってアレクサンドラを探した。
そうして城内に裏切り者がいた事を知り、彼らがどこへアレクサンドラを連れて行ったのかを突き止めた。
だが、それは遅すぎた。
シルヴァンがアレクサンドラが閉じ込められていた地下牢を見つけ出し、その扉を開けたときそこには信じられない光景が広がっていた。
その光景を目にしたとき、シルヴァンは絶望することとなった。
「あ、そ、そんな……」
そう呟くとシルヴァンは膝から崩れ落ちる。
「アレクサンドラ? 違う、これはアレクサンドラじゃない、君は、君はどこに行ったんだ!!」
その後ろからグラニエが声をかける。
「殿下。お気を確かに」
シルヴァンは振り向きグラニエに怒鳴りつける。
「これが冷静でいられるものか!! 僕は、僕は彼女に何もしてやれなかった! こんなことになるなら、こんなことなら! クソ! クソ!!」
そうしてしばらくその場から動くことができず、アレクサンドラの体に取りすがった。
「僕は君にこんなことをした奴を絶対に許さない。草の根分けてでも探し出しひとり残らず処刑してやる……」
そう呟くとシルヴァンの復讐が始まった。
一番最初に血祭りにあげたのはシャトリエ男爵家だった。
特にシャトリエ男爵の娘、アリスにはアレクサンドラと同等の苦痛を与えたうえに処刑し、しばらく晒し者にした。
そして、アリスをそそのかしたデュカス家のロザリーという女を捕らえると、より一層残酷な方法を用いて彼女を拷問し最終的に処刑、晒し者にした。
だがそれらを行ったところで、アレクサンドラが帰ってくるわけでもない。
シルヴァンは急に虚しさを感じた。
そのとき父親であるヴィクトルがシルヴァンに不思議な力を持つという腕輪を渡した。
こんなもの、なんの役にたつのか。
シルヴァンは、そう思いながらもその腕輪を身につけると願った。
どうか、本当に力があるのならアレクサンドラを助けてほしい。
そのとき、シルヴァンは目を覚ました。
ふと横を見ると、アレクサンドラが幸せそうに寝息を立てている。
そこで昨日あったことを思い出す。
誕生会の翌日、シルヴァンは父親のヴィクトルに呼び出された。
寝室で疲れ果てて休んでいるアレクサンドラを置いていくことに後ろ髪を引かれながら、ヴィクトルの書斎に向かった。
「陛下、なにか御用でしたか?」
「うん、お前も昨日誕生会を迎えて成人した。だからこれを渡しておこうと思ってな」
そう言うとヴィクトルは彫刻の施された綺麗な箱を取り出した。
「それは一体なんですか?」
「これはアヴニールに伝わるもので、代々受け継がれるものだ。この宝石は我々を守るために必要なときに夢を見せるという」
「はぁ、夢ですか?」
「そうだ夢だ」
そう答えるとヴィクトルはその箱を開けてシルヴァンに見せた。
箱の中には半透明の薄いピンクがかったなんとも言えない色の五、六センチはあろうかというカボションの宝石がはめられている腕輪が入っていた。
「この石は?」
「ラブラドライトだ。この大きさでピンクのシラーが出るものは滅多に見られるものではない。柔らかい石だが、それだけでも価値がある」
「ラブラドライト、こんなに大きなものがあるのですね。ですが柔らかいならあまり身につけるには適していませんね」
「うん。これはそう頻繁に着けるものではない。ここぞというときに使うのだ」
「ここぞというときに、ですか?」
「そうだ。まぁ、とにかく試しにこれを着けて少し休んでみるがいい。私の言っていることがわかるだろう」
ヴィクトルはそう言うと、箱の蓋を閉じシルヴァンに手渡した。
シルヴァンは半信半疑でそれを受け取り、自室に戻ると早速装着したのだった。
「では、今のはこの腕輪が見せた夢? いやもしかすると、あぁなっていたかも知れなかったということか?」
シルヴァンがそう呟くと、アレクサンドラが胸の中で目を覚ます。
「殿下、おはようございます。どうされたのですか?」
「いや、途方もない夢を見たんだ……」
シルヴァンがそう言うと、アレクサンドラは少し驚いたように言った。
「私も少し前に途方もない夢を見ました。でも、それによって私の人生は大きく変わったんです」
そう言うと微笑んだ。
そこでシルヴァンは理解する。ここ数日のアレクサンドラの行動、あれはこの腕輪が見せた夢のおかげだったのだろうと。
そうしてシルヴァンは今のこの幸せをあらためて噛み締めると、アレクサンドラを抱きしめ口づけた。
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