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「お嬢様、おかえりなさいませ。誕生会では大変でしたね」
そう笑顔で出迎えるロザリーに、アレクサンドラは冷たく言った。
「よく言うわ。アリスが仕掛けてくるってあなた知っていたんでしょう?」
すると、ロザリーは驚いたようにアレクサンドラを見つめた。
「お嬢様? 一体なんのお話ですか?」
「とぼけないでいいわ。アリスに色々吹き込んでいたのはあなたでしょう?」
「な、なんのことでしょう?」
「じゃあ質問するわ。あなた、カフスボタンはどうしたの?」
するとロザリーは不思議そうに答える。
「カフスボタンですか? 今もつけていますよ。見ますか?」
そう言うと、カフスボタンを外しアレクサンドラに渡した。アレクサンドラはそのカフスボタンを分解すると、中に書かれている番号を確認する。
「四番、これはあなたに渡したカフスボタンじゃないわ」
するとロザリーは顔色を変えた。
「カフスボタンに番号が?」
「そうよ。ちなみに四番のカフスボタンはファニーに渡したものよ。彼がなくしてもそんなに大事にはならない。あなたはそう思ったのね。だから隙を見て彼からカフスボタンを奪った。違う?」
そう問いかけたが、ロザリーは口を噤んでしまった。
「それで、あなたのカフスボタンがどこからみつかったか知りたい?」
ロザリーはなにも言わずにアレクサンドラを見つめた。アレクサンドラはそれを見てクールナン伯爵夫人のお茶会で証拠として提出されたカフスボタンを取り出した。
「二番の番号が入ったカフスボタン。あなたのものよ。これがどこから出てきたか、あなたならわかるわね?」
「し、知りません。なんのことでしょう?」
「今さらとぼけないで。わかっているくせに。考えてみたらおかしいのよ、モイズ村でのファイザルたちの動きは早すぎたわ」
するとロザリーは、少し馬鹿にしたように笑って言った。
「お嬢様、早とちりです。だってモイズ村に行くことはセバスチャンが知らせていたはずですよ?」
「ロザリー、セバスには秘密裏に動くよういつも伝えているわ。私がモイズに行くことはお父様とグラニエとその部下、それと殿下しか知らないことだったの。では誰が先立って教えたのか……」
そう言ってロザリーを見つめると、ロザリーは目を逸らした。
そこへアレクサンドラは畳み掛けるように言った。
「あなたが裏切っていた。そう考えると辻褄が合うの。ファイザルがあのとき絶対に口を割らなかったのも、主犯がその場にいたから」
「ち、違います。私だってあのときは殺されるかもしれなかったんですよ」
「いいえ、もしグラニエがいなかったら賊にやられたと証言するつもりだったのでしょう?」
するとロザリーはまた口を噤んだ。
「それと誕生会の前日、散歩に出るように言ったのもあなただったわ。あれはアリスと私を会わせようとしていたのでしょう? アリスが飛び出てくるタイミングがよすぎたわ」
それでもロザリーは首を縦に振らずそっぽを向いて言った。
「し、知りません」
「誕生会の日アリスが自信満々でいたのも、あなたが証言してくれると思っていたからなのよ」
そこで、ロザリーは笑顔で答える。
「お嬢様、カフスボタンは外したときに間違えたんだと思います。申し訳ありませんでした。それに今言ったことは全部お嬢様の勘違いだと思います。だって、証拠がありませんよね?」
そのときセバスチャンが静かに部屋へ入ってくると言った。
「黙りなさいロザリー。どんな言い訳も私には通じない」
そう言って、茶葉の入った缶をロザリーに突き出した。
「ロザリー、お前はこの茶葉に毒を入れたな?」
「知りませんそんなこと」
「しらを切るつもりか? こんなことができるのはお前しかいないんだぞ? それに、シャトリエ男爵令嬢と会っていたことも突き止めた。これ以上見苦しい言い訳をするな! 正直になぜこんなことをしたのか話せば少しは罪が軽くなるかも知れない。すぐに話しなさい」
アレクサンドラはそれを聞いてクールナン伯爵夫人のお茶会の日や誕生会の前日、どうしてあれだけ寝てしまったのか理解した。
毒が効いていたのだ。
すると、ロザリーは叫んだ。
「うるさいわね、そもそも悪役令嬢のくせに出しゃばるから悪いのよ。この話はアリスが王妃に選ばれないと話になんないんだから」
アレクサンドラはロザリーの豹変ぶりにも驚きなから質問する。
「どういうことなの? だからってなぜ薬を?」
ロザリーは呆れたように答える。
「だから、この話はあんたがシルヴァンに捨てられてアリスが選ばれたところで始まるの。それなのにあんたは私の目論見を次々につぶした。だから、あんたを消すことにしただけよ」
「私を消す?! それにアリスが選ばれたところで始まるなんて、一体どういうことなの?」
すると、ロザリーは大きくため息をつくと言った。
「私はアリスに拾われて王宮にあがるわけ。そこで散々傷ついていたシルヴァンが初めて本気の恋をするの。私によ? そこからこの話は始まるんじゃない」
「な、なんのこと?」
アレクサンドラは意味が分からずにそう答えると、ロザリーは忌々しげに答える。
「まだわからないの? ようするにあんたはここで消えなくちゃいけなかったの」
「でもそれなら私が捨てられなくても、あなたは私と一緒に王宮に行けたはずよ?」
「わかってないわね、殿下はなんだかんだあんたにほれてるんだから、あんたに酷く裏切られて傷つけられる必要があったのよ」
そう言われ、アレクサンドラは驚いてロザリーを見つめた。
「なんでそんな」
「そんなことを知っているかって? 私は転生してるから知ってるのよ。この世界のすべてをね。あー! もう。でも、これですべて終わりね。殿下もよ。それはすべてあんたのせい」
「終わりなのはお前だけだロザリー」
そう言ってシルヴァンが部屋に入ってきた。
すると、ロザリーはシルヴァンを潤んだ瞳で見つめた。
「殿下、誤解しています。今なら運命を変えられるんですよ? 考え直してください」
「誤解などしていない。なにをどうしたとしても僕がお前を愛することがないのは確かなんだからな」
「本当にそれでよろしいのですか?」
「もちろんだ」
即答するシルヴァンに驚いたロザリーは、慌てて言った。
「ほ、本当に? そんなに早く答えを出してしまってよろしいのですか? 私たち違う未来があったかもしれないんですよ?」
「お前の望む未来はない。僕はアレクサンドラ以外いらないんだ。アレクサンドラは僕のすべてだからな」
すると、ロザリーは低い声で言った。
「後悔されますよ?」
シルヴァンは笑顔で返す。
「心配には及ばない。後悔などしないからな」
ロザリーはそれでも平然とした顔で言った。
「殿下、殿下は私を選んでこそやっと本当の愛に目覚めるんです。今はアレクサンドラを愛してると思っているかも知れませんがその愛は偽りです。目を覚ます必要があります。殿下に本当の愛を教えてあげられるのは私だけなんですよ?!」
「お前がなんと言おうが構わない。僕たちは誰かに認めてもらう必要はない。これは僕とアレクサンドラの問題だ。僕たちのあいだにはたくさん誤解があった。だが、今はそれさえ超えて僕たちは愛し合っている。それをお互いに信じている。それにアレクサンドラがこうして僕の横にいる。それが何より大切なことなんだ」
そう答えると、シルヴァンはアレクサンドラを抱きしめ口づけた。
そうしてされるがままになり、やっと解放されたあとアレクサンドラはあまりの恥ずかしさからシルヴァンの胸に顔を埋めた。
それを見てロザリーは言葉にならない奇声を上げ、アレクサンドラに飛びかかろうとした。
そこでセバスチャンが素早くロザリーを取り押さえると言った。
「お嬢様をお守りするのが我々の役目、それなのにずっとお嬢様を裏切っていたとは。許されることではない」
それを見ていたシルヴァンは、満足そうにセバスチャンに言った。
「その目障りな女を片付けてくれ」
「はい、承知いたしました」
ロザリーは今度はセバスチャンに訴える。
「セバスチャン?! 私たちは同僚で仲間でしょう? それに殿下はこれから私に惚れるのよ。目を覚まさせてあげなければいけないの!」
「黙れロザリー! 貴様はもう仲間でもなんでもない。この期に及んで見苦しいまねはするな!」
そうして金切り声を上げながら連れて行かれるロザリーを見つめ、アレクサンドラは今までのことを思い出し複雑な心境でそれを見送った。
「彼女はなに食わぬ顔でこれからも君に仕えるつもりでいたのだろうか?」
そうシルヴァンに問われ、アレクサンドラは答える。
「そうだと思いますわ。そうしていつかは殿下の心をも手に入れるつもりだったのでしょう」
「無理な話なのにな」
そう言うと、シルヴァンはもう一度アレクサンドラに口づけた。
シルヴァンはそのあと、以前に輪をかけて自分の気持ちを隠さずアレクサンドラに言うようになった。
それについて、アレクサンドラはどうしても慣れることができず恥ずかしいから止めてほしいと何度か言ったが、シルヴァンは素直になれなかったことでアレクサンドラとの時間を失ったからと、それだけは絶対に聞いてくれなかった。
アリスとロザリーの事件は王宮内でも大きな事件として扱われた。
シャトリエ男爵家の影響をすべて排除するため、テオドールとアルナウトはそれから連日この件に関わることとなった。
そうして事件があらかた片付くと、アリスは貴族令嬢ではあるものの悪質であるとの判断から、地下牢に幽閉されることとなった。
かつてのアレクサンドラのように、窓一つないその部屋で朽ちていくまで放っておかれるだけの存在となったのだ。
もちろん、その他のアリスに加担した者たちはことごとく処刑された。
主犯だったロザリーは断頭台の露と消えた。
それから、アレクサンドラの幽閉されていた尖塔の牢屋は使われることなく、取り壊されることになった。
シルヴァン曰く『いつか僕が悪用してしまわないように』とのことだった。
あの夢を誰が見せたのかそれに本当に夢だったのか。
今となってはそれはわからないことだったが、あの貴重な七日間のおかげでアレクサンドラは自分の人生を変えることができた。
考え方も、シルヴァンとの関係も、王宮での自分の立ち位置もすべてが変わった。
いつも膝枕を要求し気持ちよさそうに眠っているシルヴァンの頭を撫でながら、アレクサンドラは今のこの状況をただただ神に感謝するのだった。




