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そうしてたっぷり甘い時間を過ごしシルヴァンに屋敷まで送り届けてもらうと、アレクサンドラは明日の誕生会に向けて最終的に入念な準備を進めた。
だがもしも、アリスが表立って誕生会でアレクサンドラを陥れようと行動を起こさなければ、裏で捕らえてテオドールやアルナウトに任せてしまうつもりでいた。
そうして迎えた誕生会当日、シルヴァンは約束の一時間も前から来てエントランスで待っていた。
「殿下、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした」
アレクサンドラがそう言って二階からエントランスホールに降りて行くと、シルヴァンはその姿をうっとりと見つめた。
「いつも美しいと思っていたが、今日は特に美しい。そのドレスは君をとても良く引き立てている。ファニーに頼んでよかった」
それを聞いてアレクサンドラは驚いて答える。
「ファニーに頼んだのは殿下でしたの?」
「もちろんそうだ。今日は君と揃いの衣装を準備してもらっている」
まさか、ファニーが屋敷へやってきたのがシルヴァンの差し金だとは思ってもみなかった。
あらためてシルヴァンを見ると確かに揃いの物を着用しており、確か夢の中でもシルヴァンはアレクサンドラと揃いの衣装を着ていた。
「そんなこと、初めて聞きましたわ」
シルヴァンは冷たくしながらも、見えないところで以前からアレクサンドラを気遣っていたのかもしれない。
「黙っていて悪かった。だが、もちろんドレスの代金は私が出しているから心配しなくていい。それに、ファニーは気に入った相手以外にはドレスをデザインしない。つまり、君はそれほど魅力的だったということだ」
そう言うと、もう一度アレクサンドラの全身を見た。
「本当に君は美しい。このまま二人きりで過ごせたらどんなにいいだろう。君をこのまま寝室に閉じ込めて、そのドレスを……」
「わ、わかりましたわ。もういいから早く行きませんこと?」
「わかった。楽しみはあとにとっておこう」
シルヴァンはそう呟くと、アレクサンドラの手を取り腰に手を回した。
「では行こう」
そう言うと、二人は宮殿へ向かった。
宮殿に着くとシルヴァンはアレクサンドラに耳打ちする。
「絶対に僕から離れたらだめだ。僕も君のこの手を絶対に離すことはないだろうが」
「わかってますわ」
「よかった」
そう言うとエントランスへ向かって歩き始めた。
エントランスに着くと、あっという間に招待されていた貴族たちに囲まれ、アレクサンドラとシルヴァンは貴族たちと挨拶を交わした。
まずはデュバル公爵が一番最初にアレクサンドラたちに挨拶をした。
「殿下、お誕生日おめでとうございます。それにしてもアレクサンドラ様は本当にとてもお美しいかたですね」
するとシルヴァンはアレクサンドラを熱っぽく見つめて言った。
「そうだ。アレクサンドラはとても美しい。彼女が僕の横にいてくれることを光栄に思うよ。それに僕はアレクサンドラを心から愛している。愛する者の横にいられることほど幸運なことはないだろう」
シルヴァンのその反応にアレクサンドラは慌てた。
「殿下?! お、お戯れが過ぎますわ!」
そう言うと、アレクサンドラは取り繕うようにデュバル公爵へ向き直って言った。
「えっと、もちろん殿下は冗談をおっしゃってますのよ! ほほ、ほほほ! 面白いですわね」
その言葉にシルヴァンはムッとした顔をした。
「冗談だって? まさか! 本当のことだ。君が美しいのはこの国では有名なことだろう? それに君を愛しているのは嘘偽りない事実だ」
アレクサンドラは口元を引きつらせながら答える。
「殿下、少し黙ってください! と、とにかくデュバル公爵、今日の殿下はお戯れが過ぎるようですわ。では、ごきげんよう」
そうしてシルヴァンを引っ張り移動した。そこでトゥール侯爵に声をかけられた。
「殿下、お誕生日おめでとうございます。それにアレクサンドラ様。先日は大変お世話になりました。お二人は私の命の恩人です」
「僕はなにもしていない。聡明なアレクサンドラが君を救った」
「はい、そのとおりです。あの日アレクサンドラ様が私の屋敷へいらっしゃらなければ、今日こうして殿下の誕生日を祝うこともできなかったでしょう」
「そうだな、本当にアレクサンドラは素晴らしい。僕の愛しい人……」
シルヴァンはそう言ってアレクサンドラを見つめる。
「殿下、それはもうわかりましたわ」
そう言って、アレクサンドラはシルヴァンに前を向かせた。それを見てトゥール侯爵は楽しそうに笑って言った。
「お二人は本当に仲がよろしいのですね」
するとシルヴァンは嬉しそうに答える。
「お前には僕たちがそう見えるか? その、仲が良さそうだと。ならいいのだが。実際は僕の一方通行なんだ。僕以上にアレクサンドラを愛しているものはいないだろうが、アレクサンドラには嫌われていてね」
アレクサンドラは慌ててシルヴァンの口を塞いだ。
「殿下?! あ、あのこれは殿下の冗談ですわおほほ。ではトゥール侯爵ごきげんよう。殿下、さぁ向こうへ行きましょう」
そうしてシルヴァンの腕を引っ張ると、柱の陰に移動して言った。
「殿下、これ以上冗談を言うのはよしていただけますか? みんな本気にしてしまいます」
「だから、先ほどから本気だと言っている」
「そ、それでもだめです。これでは他の貴族たちに殿下が私に腑抜けにされてしまったと思われてしまいますもの」
すると、シルヴァンは真剣な眼差しで言った。
「だから、そのとおりだと言っているじゃないか」
それを聞いてアレクサンドラはこれ以上シルヴァンを説得することを諦めて言った。
「わかりました。では何も言わないようにしてください」
すると嬉しそうにシルヴァンは頷いた。
「わかった。では君だけを見つめているよ」
その返事を聞いて、アレクサンドラは大きくため息をついた。
こうして、シルヴァンにずっと見つめられている中、アレクサンドラはなんとか無難に貴族たちとの挨拶を交わした。
そのとき、アリスが二人の前に立ちはだかった。
「来ましたわね悪役令嬢!」
その台詞を聞いて、夢の中でもアリスが同じようなことを叫んでいたのを思い出した。
「あら、ごきげんよう。えっと、どなただったかしら……?」
「酷いですわ! 私のことをそんなふうに言うだなんて」
アリスは先ほどの勢いはどこへやら、ポロポロと涙をこぼし突然悲劇のヒロインに転身した。
「あら、大丈夫よ。思い出したわ。シャトリエ男爵令嬢だったかしら? こんなことでそんなに泣かないで、私が悪者みたいじゃない? 恥ずかしいわ」
すると、周囲の貴族がアリスのことを見てくすくすと笑い出した。するとアリスは自分の立場が悪いと悟ったのか、突然泣き止んだ。
そしてアレクサンドラを睨みつけると、周囲の貴族たちに訴えかけた。
「私は今まで、デュカス公爵令嬢に酷いことをされてきました。でも、それも今日で終わらせたいと思いますわ。逃げていてはいけないと気づいたんです」
だからといって、こんな公衆の面前で声高らかにそんなことを宣言する必要がどこにあるのだろう。
アレクサンドラはそう思いながらアリスを見つめた。
すると、シルヴァンがアレクサンドラを背後に隠し、アリスに向かって言った。
「では聞こう、僕の最愛のアレクサンドラが君ごとき存在を相手に一体何をしたというのか」




