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なぜそんなことを今さらシルヴァンが言い出したのかわからず、戸惑いながらじっと次の言葉を待った。
するとシルヴァンは、アレクサンドラを真っ直ぐに見つめて言った。
「だから、僕はこれ以上君を好きにならないよう、愛さないようにした。いつか離れていくと思っていたからな」
「そうでしたの」
だからいつも無表情だったのかとアレクサンドラは納得し、だからといってそんなことであれだけ冷たくする必要はなかったのでは? と疑問に思った。
そもそも、シルヴァンが自分を好きになることなどあるはずがない。
しかも、政略結婚である。愛がなくてもシルヴァンにとっては問題ないではないか。
そう思っているとシルヴァンが言った。
「だが、それは無理だった」
「はい?」
アレクサンドラは聞き間違いかと思い、思わず素っ頓狂な声でそう訊き返した。
「僕は君のことをあきらめることができなかった」
「ど、どういうことですの?」
「気持ちに無意識に蓋をしていただけだったんだ」
「えっ? あの、意味がわかりませんわ」
すると、シルヴァンはアレクサンドラに情熱的な眼差しを向けた。
「僕は昔から君が好きだった。いや、違うな、今も好きだ。以前よりもっと、君を心から愛している」
「なっ! あ、えぇ?」
その台詞にアレクサンドラは思考停止した。
殿下が? 私を?!
そう思いシルヴァンの顔をじっと見つめた。シルヴァンはそんなアレクサンドラに微笑み返す。
「先日本当に君は僕を愛してくれていたのだと知った」
「は、はい……」
「それを聞いて、僕は君に対する気持を抑えられなくなった。君が僕のことを気にかけてくれていたと知った以上、もう気持ちを抑えることはできない」
そう言うとシルヴァンはアレクサンドラを愛おしそうに見つめた。アレクサンドラは驚いて視線をそらし俯いた。
そんなアレクサンドラにお構い無しにシルヴァンは話を続ける。
「君が好きだ。昔から、ずっと、ずっと変わらずに愛してきた。今は君の気持がもう僕の方を向いていないのはわかっている。だが、僕は絶対に君を諦めない」
アレクサンドラは慌てて言った。
「少々お待ちください。殿下らしくありませんわ。もしかして、お風邪を召していらしているのではありませんか?」
するとシルヴァンは優しく微笑んだ。
「僕がおかしくなったと心配してくれているね、僕は大丈夫だ」
「ですが、殿下らしくありませんわ」
「いや、今までの僕が偽りの僕だったんだ。だが君が望むなら、君以外の前では今までどおりの僕を演じよう」
アレクサンドラは今まで見たことのないシルヴァンの態度に困惑し、どうしてよいかわからなくなり無言で俯いた。
そうこうしているうちに馬車はデュカス家に到着した。
「殿下、着きましたわ。送ってくださってありがとうございました」
そう言うと逃げるように慌てて馬車のドアノブに手をかけた。だが、それをシルヴァンは制した。
「エントランスまで送ろう。僕がエスコートする。君はまだ座っていてくれ」
シルヴァンは先に降りると、笑顔でアレクサンドラに手を差し伸べた。それを見て、アレクサンドラは複雑な気持ちになりながらその手を取った。
昔この光景をどれだけ夢見ていただろう。だが、今は困惑するばかりである。
そうしてエントランスまで行くと、シルヴァンはアレクサンドラの額にキスをした。
「僕の誕生会、君は王宮に泊まることになっていたね。その約束を僕はとても楽しみにしている」
そう言うとシルヴァンは馬車で王宮へ戻っていった。
その約束のことをアレクサンドラはすっかり忘れていた。それにこの約束は、シルヴァンがアレクサンドラに興味がないと思っていたからこそした約束だった。
宿泊する理由はただ単に、婚約者として一番最後まで残らなければならないアレクサンドラに対する国王陛下の『はからい』であった。
アレクサンドラはどうしたものかとその場にしばらく立ち尽くした。
部屋へ戻ると、ロザリーが心配そうにアレクサンドラを見つめた。
「お嬢様、なにかあったのですか? とても不安そうにしていらっしゃるように見えます」
「だ、大丈夫よ」
「そうですか、ならいいのですが……。そういえば、ファニー様が『超特急でドレスを仕上げた』とおっしゃってました。見に行かれますか?」
「そ、そうね。見ておかないと」
アレクサンドラはそう答えセバスチャンの報告書を鍵のかかる引き出しにしまうと、ファニーのいる部屋へ向かった。
部屋へ入ると、部屋の中央に真っ白なラバディンカラーのシンプルなドレスを着たトルソーが置かれていた。
そのドレスはデザインはシンプルではあるものの、ふんだんにレースが使用されており、布には真珠が散りばめられ金糸の細かい刺繍がされていてとても美しかった。
「ファニー、このドレスとても美しいわ」
アレクサンドラが率直に感想を言うと、ファニーは満足そうに頷いた。
「でしょ〜。ノビーレドンナにはそれ相応に相応しいドレスを作らないとね!」
「着てみるわ」
「もちろんそうしてよ!」
そのドレスの袖に腕を通し姿見を通して自分を見つめると、確かにファニーの言う通り以前の自分とは印象が違っているように見えた。
それに自分が置かれている環境も、以前とはずいぶん違っているように感じた。そんな自分を見つめながら考える。
このまま、殿下に愛され胸に飛び込んでもいいのだろうか?
だが今まで愛されなかったこと、夢の中で受けた仕打ちを考えると素直にはなれなかった。
アレクサンドラはとりあえず、誕生会までこのことは考えないことにした。
もしかすると、明日には元の無表情王子に戻っているかもしれない。
「どうしたのさ、考え込んじゃって!」
「なんでもないわ」
「ふ〜ん。でもなんか、悩んでるように見えるけどな〜! そうだ! 一つだけ僕からの忠告〜」
「なんですの?」
「素直が一番!」
「えっ? それだけ?」
「それだけ〜! だってさ、素直になんないと結局絶対にあとで後悔するもん! 僕なんか、いっつも素直だから、後悔したことないもんね。それに、ノビーレドンナには後悔してほしくないし〜」
アレクサンドラは微笑んだ。
「ファニーらしいわね。でもその忠告、忘れないようにするわ」
「うんうん、そうして〜!」
その忠告に従い、決断をしなければならないときは自分の素直な気持ちに従おうと心に決めた。
翌朝、アレクサンドラは早く起きるつもりでいたが疲れているのか目覚めたときはすでに日が高く昇っていた。
慌ててベッドから体を起こすとロザリーに訊いた。
「おはようロザリー。今何時かしら?」
「十時です。よく休まれていたのでお声かけしませんでした」
「そう。とにかく急がないと」
アレクサンドラはそう言うと、直ぐに起き上がった。
「お出かけのご予定がありましたでしょうか? あの、どちらかにお出かけですか?」




