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当然一部の者から疎まれることになり、結果として夢の中では暗殺されてしまったのだろう。
アレクサンドラは連日の忙しさから、すっかりこの事件のことが頭から抜け落ちていた。
すぐにでも行動を起こさなければ!
そう思い、慌てて支度をしているとそれに気づいたロザリーが寝間着のまま自室から起きてきてアレクサンドラに言った。
「お嬢様お待ち下さい、これで終わりです!」
明らかに寝ぼけている。
「ロザリー、辛そうね。あなたはまだ休んでいて構わないわ」
思わずそう声をかけると、ロザリーはぱっと目を見開いた。
「いいえ、いいえお嬢様。私は大丈夫です。寝ぼけてすみません。支度を整えてきますね!」
ここ数日忙しかったので、だいぶ無理をさせてしまっているかもしれない。
そう思いながらアレクサンドラは支度を整えると、テオドールが帰ってきているか廊下で待機しているセバスチャンに尋ねた。
「旦那様は、昨夜はお戻りになられています」
「よかったわ、早急に話さなければならないことがあるの」
「承知いたしました」
セバスチャンがそう言って確認しに行ったあと、机の上に新たな報告書が乗っていることに気づいた。
きっと占い師のルイーズのことが書かれているのだろう。そう思いながらセバスチャンが戻るまで報告書を読んで待つことにした。
占い師のルイーズ・デュドネは昔から占いを生業としており、一部の者に人気はあったものの知名度はそこまで高くなくくすぶっている状態だったそうだ。
それがシャトリエ男爵家を訪問したあたりから変化が訪れる。突然、貴族たちのあいだでとてもよく当たる占い師としてもてはやされるようになったのだ。
ルイーズの方もそれまでは来るもの拒まず、生活の為なら誰でも占うような占い師であったのに、それからは占うのは貴族のみでそれも誰かの紹介がなければ占わなくなった。
誰彼構わず占ってもらえるわけではない。
このことがルイーズの人気に余計拍車をかけた。上流貴族たちはこぞって彼女に占ってもらうとそれをステータスの一つとした。
そうして、報告書の内容は件のデュバル公爵夫人のお茶会の話へと続く。
ルイーズはアリスに対して『国母となる』と言ったことにより、アリスと同様に時の人となったのだがそれから数日後突如として姿を消してしまった。
姿を消す前、周囲には『自分の役割は終わった』と言っていたことから、それで姿を消したのではないかと噂された。
そうして、ルイーズが姿を消した当初は散々色々なことが囁かれたが、あっという間に社交界では忘れ去られていくこととなった。
セバスチャンがその後のルイーズを追ったところ、彼女の故郷はジュベル伯爵領にあり彼女は現在そこでひっそりと名を変え雑貨屋を営んでいることがわかった。
そこまで読んでアレクサンドラは報告書から顔をあげた。
ルイーズは生きてましたの?! 私はてっきり……。そう思い、よく生きていてくれたものだと思いながら報告書の続きを読む。
本人曰く、城下でのことは仕組まれたことであり、命の危険があるので城下から逃げたとのこと。証言を得るため、現在こちらへ移送中。
ルイーズ本人は本当に仕組まれたことを大胆にやってのけた人物なのかと疑うほど小心者。
報告書はそう締め括られていた。
読み終わるとアレクサンドラは素晴らしい証人を見つけることができたと、とても安心した。
これで『アリスが国母になる』という占いがペテンだったと証明できるかもしれない。
そう思いながら報告書から顔を上げると、部屋の戸口にセバスチャンが立っていた。
「お嬢様、旦那様が書斎でお待ちです」
「そう、よかったわ」
アレクサンドラは立ち上がると、セバスチャンに確認した。
「ところで、ルイーズはいつ頃こちらに着くの?」
「おそらく、明日か明後日には」
「わかったわ。セバス、本当に素晴らしい働きだわ、ありがとう」
そう声をかけると、セバスチャンは無言で深々と頭を下げた。
「お父様、朝早くからごめんなさい」
そう声をかけるとテオドールは笑顔で答える
「構わない。お前のことだ、とても大切なことなのだろう?」
「はい。実は信じてもらえるかわかりませんけれど、用件というのはトゥール侯爵のことですわ」
「ん? アルナウトのことか。彼が一体どうした」
「今日毒殺されるかもしれませんの」
するとテオドールは苦笑した。
「バカな、それはありえん。昔からあいつは命の危険にさらされてきただけに、屋敷の警備は万全だ。もしもそんな計画があるとしても心配いらないだろう、事前に阻止できるはずだからな」
アレクサンドラは『それがそうではないから言っているのだ』と、叫びそうになるのをグッと堪えた。
夢の中でも、どうやって毒殺されてしまったのかなどの詳しいことは発表がなかったので、その方法はわからない。
なので、具体的なことがいえないのをもどかしく思いながら言った。
「お父様、先日の盗難事件についても今までも、私が嘘を言ったことはありますか?」
「ん? いや、ない。それに先日の盗難事件、あれはお前の素晴らしい機転で解決したな。国王陛下は大変喜んでいたぞ?」
「それはよかったですわ。それと、昨日モイズ村で毒が流されそうになったのを阻止したことは、セバスから報告を受けてますわよね?」
「ん? あぁ、聞いている。あれもお前の素晴らしい機転で解決したと……」
そう答えるとテオドールは眉間にしわを寄せ、アレクサンドラを見つめた。
「では、お前は本当にアルナウトが毒殺されるというのか?」
「はい、そうです」
それを聞いてテオドールは腕を組んで目を閉じ、少し考えている様子を見せたあと、アレクサンドラを見つめた。
「お前がそう言うならそうなのかもしれないな。わかった、なんとかアルナウトに取り次ごう」
「お父様、ありがとう。今日も愛してる!」
アレクサンドラはそう言ってテオドールに抱きついた。
「こら、端ないぞ。まったく、まだまだ子どもだな」
そう言いながらテオドールは嬉しそうに微笑んだ。
自室に戻ると、アレクサンドラはテオドールがアルナウトに取り次いでくれるのを待った。
その時突然、けたたましい音を立ててアレクサンドラの部屋の扉が思い切りよく開かれた。
「やっほ〜! お待たせ! 待ってたよね僕のノビーレドンナ!」
ファニーの顔を見つめアレクサンドラは一瞬、彼の存在を忘れていたと思いながらそれを悟られぬよう笑顔で取り繕った。
「ま、待ってたわ、ファニー! なにかわかったかしら?」
「だよね~、僕のこと待ち望んでたよね〜。そうだと思って、僕、超特急で調べたんだ!」
「ちょうとっきゅう? 一体なんのことかわからないけれど、とにかくファニーが急いで調べてくれたことはわかりましたわ」
「ホント、ノビーレドンナのそばにいてよかったよ! こんな楽しいことがわかるなんてさ! あはは!」
「そんなに楽しいことがあったの?」
「うん! 僕的にはさ、ドレスにヒ素を使ったり、帽子を作るときに水銀を使ったりするなんて、服やドレスに対する冒涜だと思ってるわけ、そんな奴らを一網打尽にできるんだから最高!」
「ということは、シェーレグリーンの布を密輸している証拠が見つかったということなのね?」




