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6話 テレサ死闘

ルマ達が潜ったダンジョンはイリュージュ坑道と呼ばれる。その42層にグレンが率いるダンジョン部隊の一部隊、キャンバ隊が居た。キャンバ隊は精鋭で36層から41層まで一日で攻略したという実績がある。1層を攻略するのには2ヶ月かかるのが普通なのだが、この部隊はありえない速度で踏破した。その要因の一人、美貌の魔女と影で呼ばれている少女が軽やかに通路を疾走していた。


彼女は影で言われる通りの美貌を誇っていた。端正な顔立ちをしている。顔をよくよく見ればよく通った鼻筋、純白な白い肌、鮮やかな血の通った唇がとても印象的で、見た人は強烈な印象を残す。


彼女が噂されるのは美貌のせいだけでない。出自が不明な点も挙げられる。誰も彼女の出自を答えられない。彼女はどこから来たのか? その美貌で誰もがその問いに答えられないのは奇妙だ。目立つはずなのにどうして誰も答えられないのか? これらの疑問は彼女にミステリーのドレスを着せてさらに大衆の興味を誘った。一説ではグレンの愛人だと噂されている。しかしなぜ寵愛を受けてなお危険な仕事に励むのか。大衆はこんな想像の虜になった。


その少女は鼻歌まじりに立ちふさがる魔物を屠っていく。大熊、竜、巨人の首を刎ねていく。吹き出す血は彼女を妖艶に魅せた。


先へ進む彼女になんとか食らいつこうと走る長身の男がいた。背に巨大な荷物を抱えている。彼はサポート役といった出で立ちで少女が殺した魔物のコアを拾い上げながらついて行っている。


男はしなびた野菜のような表情をした。もう疲労で限界だと。少し立ち止まって休もうと。そんな主張をしたいのだろう。しかし追いつくためにはそんな泣き言を言ってはならない。無駄な一呼吸が彼の走りを阻害し、遅れをより大きくするからだ。


前を走る少女にはそれが分かっているようで時々、後ろを走る男の方を振り返り、茶目っ気な笑みを浮かべ、走るスピードを上げる。男は弄ばれた気分になり、不快だが、ついていくことにすべての力を吸い取られて何も言えなかった。


少女は大きな閉ざされた門にたどり着くと足を止めた。男は安堵した。


「うーん、ここが階層の番人の間ね」少女は退屈そうな声を出した。


「はぁ。はぁ。はぁ。その、あの、もう少し、スピードを落とし、て、くれ」と息も絶え絶えといった様子で男が抗議した。番人の間でしか彼女は足を止めない。このときでしか声を上げることができない。


「あら。居たの? てっきりどこかでのたれ死んだと思ったわ」


「あんまりだ。お前とはこれより縁を切る」


「一人で帰れるのかしら」少女はいたずらな笑みを浮かべた。


男は悔しさで歯を食いしばった。男は非戦闘員で物資の運搬を担当している。家畜ではとてもではないが危険で入り組んだ場所を走らせることができないためもっぱら運ぶのは人手ということになる。


「エラリー。あなたはもう少し自分の才能を考えるべきね。私について来れているだけですごいわ。ただあなたには戦闘の才が無く、人を見抜く知恵も無く、私から離れる度胸もない。こうして擦り切れて死んでいくのね。あなた、安心して。死んでも私は忘れないわよ。あなたのこと」


エラリーと呼ばれた男は天を仰ぎ、自らの不幸を嘆いた。このくだりを何回も繰り返してきた。ありえないほど実入りがよいため離れられないのだ。最初は少女を除き4人居た。しかし少女の人外じみた攻略速度についていけず、一人、また一人と脱落していった。残ったのは彼一人だった。


「ふざけるな。テレサ。だいたい、俺が脱落したら帰りの物資はどう運ぶんだよ」


「あなたは脱落しないって信じているから」


急に色っぽい表情を作って甘い声を出した。美貌の魔女の名の通り自然な様子ではなく人工的な印象を受けるもののその仕草にエラリーは顔を赤く染め、顔をそらした。


「それでいつまでも通ると思うなよ」


「でもあなたは付いてきてるじゃない」


エラリーは舌打ちした。


「さぁて、番人のお手並み拝けーーん」


テレサは門を異常な膂力で押し開けた。門が開いて出てきたのは翼の生えた矩形の大きな鏡の姿をした魔物だった。


「ふーん。なんか弱そう」


そのセリフを発するやいなや軽い身のこなしで壁を蹴って空中に飛んだ。鏡の魔物の背後を取ると魔力を剣に込めて振るった。硬質な響きが番人の間に響き渡る。鏡には傷一つつかなかった。


宙返りしながらテレサは地面に着地し、舌打ちした。


「本気の剣撃なんだけどね」


「おい、テレサ何やってんだ。倒せてねぇぞ」


「外野のくせにうるさいな」


鏡の魔物がゆっくりとテレサの方へ向き直った。鏡に自分の姿が写った。しかしその姿は醜かった。顔もボロボロで覇気がなくしおれたような出で立ちだ。テレサの体が警告を出した。テレサは唇を噛むとこう言った。


「これ以上はちょっとまずいかな」


テレサは腰から白い玉を取り出すと床に打ち付けた。煙幕が発生し、番人の間を白煙が満たした。テレサは声を上げた。


「撤退するよ」


「ふざけんな。魔物を倒すのがお前の役割だろうが」


エラリーは情けない抗議の声を上げた。


「じゃ、あの魔物の養分になってれば?」


こう言い残し、階上に行くための道を走った。エラリーもただ事でないことを察知し、テレサの後を追った。39層まで駆け上がったときエラリーは不安そうに言葉を上げた。


「おい、テレサどこまで逃げるんだよ」


「後ろ向いてみなよ」


エラリーの言葉にテレサが返し、彼は後ろを振り向いた。鏡の魔物が付いてきていた。エラリーは顔を青ざめさせた。


「どうなってんだよ。番人は階下への入口を守っているんじゃなかったのかよ」


「同意だね。もしかしたら他の挑戦者が無人の番人の間を素通りしているかも」


「ちくしょう」


テレサは気持ちの悪い汗をかいた。番人に狙われる心当たりがあったからだ。彼女はノルンとともにダンジョンを踏破した人間の一人だからだ。同じメンバーを裏切った経験もあるが、他にも理由がある。自身の姿を変え、古い自分の容姿を闇に葬り去ったからでもある。ダンジョン踏破後、とある研究所とのコネを得た彼女は、自身を美しい姿に変える魔導装置の開発に協力し、自身を整形した。姿が変わったことで誰も前の姿の自分の行方を知る者は居なくなり、彼女は新しい名前であるテレサと名乗り、この世の春を満喫した。彼女は自分の容姿が気に入らなかった。可愛い姿になりたかった。男を陥れるために。容姿を使って潰した男性の数は数しれない。権力者や遊び人が自分の容姿で狂っていく様が見てて面白かった。整形前の自分の姿をバカにしてきたのはそういった人種だったので彼らが没落する姿は見てて面白かった。大抵、そういった男たちは自分のプライドを守るために彼女の存在を隠した。バラそうとするものも居たが他の男に近づいて消させた。


番人はシュピージュと呼ばれている典型的なダンジョンの魔物で相手の嘘が大きいほど自身の攻撃力と防御力を増大させる。嘘を魔力に変換して自身の糧とするのだ。普通の人間ではあまり脅威ではない。低層に多く存在し、巷では”当たり”の部類である。しかし、彼女のような訳ありの人間にとっては非常に厄介な存在だ。


「なんで深い階層に現れるのよ。低層の攻略を避けた意味がないじゃない」


「何を隠しているんだ? まぁお前は隠し事だらけだがな」


エラリーの軽口を睨みつけて黙らせた。鬼気迫る表情だったらしく、エラリーは口をつぐんだ。


38層に上がったときシュピージュをなんとか巻くことができた。二人は壁にもたれかけて体を弛緩させた。エラリーは力なく笑って言った。


「お前さぁ、なんで20層後半でやる気を急に見せたのかやっと分かったわ。どんだけ今まで嘘を付いてきたんだよ。あれだけシュピージュに追われるって相当だぞ」


「うるさい。美しい女はミステリアスなのよ。とにかく今後は42層が攻略されるのを待つわ。帰りましょ」


彼女たちは25階まで上がって行った。そのとき背後に気配を感じた二人は振り返った。背後には件のシュピージュがいた。


彼女たちに緊張が走り、逃走へと駆り立てられる。彼女たちはまたも駆けた。しばらく逃げていると二手に分かれたY字路があった。


「テレサ、どっちにする」


「右よ」


二人は右に進んだ。いくらか進むと行き止まりだった。二人は絶望した。シュピージュが迫ってくる。エラリーは頭を高速回転させた。何か、何か、何か、策は無いのか。地面を見るとかすれた魔法陣が刻まれていた。


(一か八かだ)


エラリーは魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。どんな魔法が発現するのかは未知数。


「バカ! なにやってるんだ。どう見ても無力化されたトラップだろ!」


テレサは吠えた。


「仕方ないだろ。このまま野たれ死にしたくないもんでね」


魔法陣は赤く光輝いた。光の玉が辺りに満ち溢れた。魔法陣から強い光が吹き出した。


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