5話 ダンジョン攻略の波乱?
ダンジョンに潜ったとき俺は装備屋で味わったのと同じような驚愕を覚えた。
ダンジョン攻略は15年の歳月を経て大衆化されていた。
ダンジョンであるここは地下回廊で大人5人が通れるような幅の道が張り巡らされている。階層の最深部へ行けば1階下の階層に続く階段現れる。その回廊になんと照明が設置されている。なんてことだ! カロリールとしてダンジョンを探索したときはそんなものは無かった。自身の魔力で動く懐中電灯で頼りない明かりしか得られなかったのに。今はなんて便利なのか。
加えてありえないことにトイレがある。意味が分からない! ダンジョンといえば中はひどい衛生環境なのは当然だ。なぜならそこら中に糞尿が撒き散らしているからだ。ダンジョンに汚物の処理をする仕組みなど備わっていないはずだったのだ。しかし、時代は進み清潔なトイレがある。
俺がいちいち驚愕するのでキュレットとヘルガは大笑いした。
「うちの古株と同じリアクションするじゃねぇか」キュレットが笑い飛ばした。「田舎はトイレも無いのか? いっそのことダンジョンに住むか?」
「これも総長のおかげなんだよね」ヘルガが補足した。「総長、こういうので苦労したらしいから」
ヘルガによるとこういったインフラは中層までしか通すことができなかったらしい。だから結局、最深部に潜れるトップランカーには関係ない。そのインフラは、探索済みの上層部から魔力を抽出できるようになったから整備できるようになったらしい。ダンジョン攻略がレジャー化し、危険の少ないダンジョンの浅い場所では民間人も訪れるようになったらしい。
行き交う人々には軽装でわいわいと楽しげな声を上げている人もいた。ダンジョンで地獄を見てきたカロリールにとっては時代の流れに戸惑うばかりだ。
ダンジョンはレジャー施設以外に魔力を吸い上げるプラントの役割を担っている。作業員とすれ違うこともあった。
「さぁここからが3層だ。魔物が出るぞ」キュレットは言った。
「魔物を討伐して観光客と作業員の方たちを守る仕事があるってわけ」ヘルガは付け足した。
3層に降りると空気が淀み、生暖かい感覚がした。これはダンジョンから発せられる魔力が空気と反応している証左だ。ダンジョンの息吹だ。1,2層の整備化された雰囲気からすこし外れている。懐かしくもあった。俺が初めて潜った空気と近づいてきている。
「パービットだ」キュレットは言った。
頭上から巨大なコウモリの魔物が急降下して襲いかかってきた。俺はすぐさま盾を構えた。パービットの鋭い爪を盾でいなした。態勢を崩したパービットにキュレットが剣を一閃。胴体がまっ二つになって絶命した。行き着く間もなくもう一匹が急襲した。盾の構えが一瞬遅れ薄く皮膚が裂けた。しかし盾を強引に押し付けて押し返した。地面に打ち付けられたパービットはヘルガの放った魔術の火球に焼かれて死んだ。
キュレットは顔を青ざめさせた。俺に近寄り「怪我は大丈夫なのか」と過度な心配をした。
キュレットの言動に俺は困惑した。この男何かがおかしい。湿っぽいというかなんというか。この男に何があったのだろうか。別に俺は子供だが十分な実力はあるはずでそれはダンジョンに入るまでに見せつけたつもりだ。子供だからと舐められているのだろうか。
「この程度、なんともない。キュレットも日常茶飯事だろう」
キュレットは我に返り、バツが悪そうに「あぁ」と気の抜けたような返事をした。
ヘルガは見てられないといったように呆れ果てた。そうしてキュレットの腕を強引に引っ張って行った。
<<<視点変更 ヘルガ
私は見てられなかった。キュレットの様子は度が過ぎている。
これもひとえに彼の過去の出来事のせいだ。私はキュレットとデブで低身長のジャット、そしてほかのやつらと長くパーティー組んでいたから聞き出せた。
キュレットは昔、自警団の団員をしていた。しかし不運に巻き込まれてしまったのだ。自警団の団長が団員を私物化し、ラミアで反乱を起こそうと企てた。内実を知ったキュレットはそれをラミアの宰相に漏らした。団長は首をはねられて一件落着と思いきや団長派がどこからかキュレットの行動を嗅ぎつけ、報復としてキュレットの妻を殺した。キュレットの妻は出産を控えていたのだ。キュレットも居場所を追われ、半ば犯罪組織のような怪しいこのダンジョン部隊に身を隠すしか無かったのだ。
だが私は同情する気はまったくない。私にも人に言えない事情があってこの攻略に参加している。ここしか居場所が無いやつなんかたくさんいる。むしろ居場所のないやつが自然と集まったようなものだ。
ルマとかいうガキはキュレットをどう見るだろうか。不自然さに戸惑っているだろうが。出自が出自なので信用できない。もし弱みを握られたならどう物事は動いていくのだろうか。今のところ牙は見せていないが懸念材料だ。
しかし総長は一体何を考えてこんなヤツをラミア支部に放り込んだんだか……
キュレットに視線を向けるとだいぶ発作は収まったようで元気そうだ。だが言っておかなければ。
「おいキュレット。あのガキに生まれるはずだった自分のこどもを投影するのはやめろ」
「分かってる……」
「分かってないだろ」自然と語気が粗くなる。「今に足元すくわれるぞ。このダンジョンの最下層には幻術を多用する魔物が出るんだぞ」
「優しいなお前」キュレットの力の無い返答。「あのガキに利用されるって言いたいんだろ。分かってるさ」
私は口をつぐんだ。キュレットは自嘲げに微笑んだ。
「もしの俺の子供、ゾフィアンは生きていたらちょうどあのぐらいの年なんだ。もしルマがなにか企んでいるとしても構わないでくれ。そのくらいの腹積もりはしているつもりだ」
「なぁ、キュレット、長い付き合いだ。あのルマとかいう少年。絶対に裏があると思う。だっておかしいじゃないか。田舎の子供がなんであんなに魔力の扱いが上手いんだよ」
「神様の思し召しだろ。死んだゾフィアンが生きてたら俺は冒険者として育ててた」
私はキュレットの頬をぶった。
「勝手にしろ」
私はキュレットのそばを後にした。キュレットがわずかに赤くなった頬を撫でたのを横目で見ながら。