4話 ダンジョンへ
「おい、チーフ。この時間に話があるとはなんだい?」
この声は先ほど転ばせた荒くれ者キュレットだ。階段を登り終えたキュレットは俺と目が合うと好奇の視線を俺に寄越した。キュレットの後に続いてずんぐりとした女性も上がってきた。
「キュレット、ヘルガ。お前らはシルヴ隊からブリュー隊へ移動だ」
ヘルガと呼ばれた女性はガルーシャの言葉に露骨に嫌そうな顔をした。
「えー! どうして? せっかく異動したての部隊に慣れたのにまたぁ? つーか、ブリュー隊とか聞いたこと無い。新しい部隊ってわけ?」
ヘルガの言葉にガルーシャは頷く。ヘルガはうなだれた。
キュレットは満足そうな笑みを浮かべていた。俺と目が合うと親指を立てた。
「小僧のために即席の部隊を発足させたのかい。やるとしたらノルンか? おい小僧! 何したらあんな腹の底が見えないゲテモノに気に入られるんだ?」
「言葉を慎め。ノルン総長だ」
キュレットの軽口をガルーシャが諌めた。ガルーシャは俺達三人を壁の前に並ばせた。
「いいか? そのガキが総長のお気に入りらしい。新部隊を発足させた。人員は折を見て増員する予定だ。まずは浅い階層でこのガキを手ほどきしてやれ。そうだな3階まで潜らせてやれ」
ガルーシャの言葉にキュレットとヘルガが返事をした。二人は命令には誠実に従うらしく、つい先程のだらけた感じから軍隊のような規律正しさを見せた。なるほどただのゴロツキ集団というわけではないらしい。
指令を終えたガルーシャはすべての隊員を1階に集めた。1階の部屋が埋まって窮屈に感じるほど隊員が居る。30~40人といったところだろうか。
ガルーシャはラミア支部のダンジョン攻略の現状を説明した。ダンジョンはかなり攻略されていて最終層まであと8層とのことだ。競合には一つ大きな集団がいるらしい。ガルーシャ率いるダンジョン部隊ともうひとつは敵対するグレンという資産家が興したダンジョン部隊だ。ガルーシャ部隊は遅れを取っていて3層の差があるらしい。
現状の報告後、俺はガルーシャから部隊全員に紹介された。ほとんどは興味なさげといったところだ。俺はダンジョン攻略には死人がつきものだと知っている。おそらく隊員の欠損、補充は当たり前で人なんてすぐに変わるのだろう。
会合が終わった後、すぐさまヘルガ、キュレットと合流した。
「さぁて、ルマ。ダンジョンへ潜る準備をするぞ」キュレットが俺を名前で呼んだ。あの喧嘩の一件で俺はガキからメンバーに位が上がったらしい。誇らしいんだか誇らしくないんだか。
俺達は装備屋へ寄った。装備屋といっても金物商のような雑多な品揃えがしており、剣や鎧だけでなく包丁、脚立さえ取り揃えてあった。
俺は時代のギャップに驚いた。普通、ダンジョンの挑戦者は良質な装備を手に入れるために人伝に探してやっとの思いで準備を終えるものだ。こんなふうにダンジョン攻略は大衆化されたものでは決して無かった。
「お前にはこれが似合うんじゃないか~」キュレットはご機嫌に防具を俺にあてがう。
俺は困惑した。初対面の一件といい、何か距離が近すぎる。裏でもあるのだろうか。もしくはそういう趣味を持っているのか。半ば恐怖を覚えながらヘルガの様子を伺ってみた。ヘルガは痛々しそうにそれを見ている。俺が訝しんでいるとあっという間に装備が整った。
装備が整った俺達はダンジョンに向かった。道中、ちらちらとヘルガが俺とキュレットを見る。俺は二人の距離感になんとも言えない不快感を覚えた。俺は疑問を持つことは苦手だ。単純明快に物事を見たいし、また世界はそうなっていると確信している。
そうこうしているうちに俺を含めた三人はダンジョンの入口に立った。
「どうだ? ルマ。初のダンジョンは?」キュレットは俺に興味津々と聞いた。
「ああ。血湧き肉躍るような気分だ」
一度目の生のときすなわち俺がカロリールだったころ、師匠に初めてダンジョンに連れられてきた感触が蘇った。そう初めてのドキドキ。俺の運命がここで確かに変貌するという感覚。未知の恐怖。そして死が口を開けて待つそこに飛び込まんとするヒロイズムの陶酔。あらゆる興奮が俺を包み込んだ。そうか。俺はダンジョンを愛していたんだ。潜りたい。
それと同時に死の瞬間が蘇った。俺を裏切った奴らの背が見える。竜に食われた散漫とした感覚が蘇る。人は致命傷を負ったとき漠然としか知覚できない。死を告げるのは理性だった。ゆっくりと咀嚼された不快感に裏切られた憎悪がないまぜになって顔をしかめた。
キュレットは俺の頭に手をかけた。
「なぁに、心配することはない。お前はすでに強い。それに俺等がついてる」
キュレットはそう言ってヘルガを横目で見た。ヘルガは憐れんだ目でキュレットを見ていた。俺はそんなひっかかりに不安を覚えた。
俺達三人は洞窟のような入口へ歩みを進めた。ダンジョン内部へ潜った。