3話 ダンジョン攻略部隊
ダンジョン部隊というノルンの作ったダンジョン攻略のための集団に参加が決定したその日の夜にすぐ村から出ることになった。ありえないほど対応が素早い。俺が力を発揮したのはシェルフとかいう腰抜け官吏ただ一人なのだが。まったく何の準備もしていないはずだ。であるのにも関わらずこういった対応になったのはノルンが迅速に動ける組織を築いているのに相違ないだろう。
俺はすぐさま荷馬車に詰められた。荷車の中は藁が詰められていてそこに押し込められた格好だ。藁が俺の肌に刺さってチクチクする。10ぐらいの子供の柔肌には刺激があり過ぎる。
荷馬車に揺られて3日経った。その間の飯は粗末なものだ。小麦を水で溶かしたようなものを飲むだけだ。まさか村に居たときよりもひもじい思いをするとは思わなかった。
着いた場所は都市国家ラミアという国だ。城壁でぐるりと囲まれた円形の小さな国は創立当初は弱小国だった。しかし突如として国内に出現したダンジョンで一変した。大勢の冒険者がその国を訪れ、国が賑やかになった。冒険者を支える武具防具、食料、その他諸々の商売をする人間もたくさん訪れ経済が活性化された。またラミアの権力者も賢かった。冒険者にインセンティブを設けたり、相場よりも高く発掘品を買い取り、間に合わせの研究機関で研究し、拙いながらも魔術の知識の集積を図った。お陰でこの近辺の国の中では強国と言われる地位にまで返り咲いたのだ。
このような内容を熱弁しているのはとある広場の中央に居る一人の大柄な男だった。俺に同行した使者は俺にあまり目を向けるなと忠告する。
「なぜだ?」
「めんどくさいんだよ。それに目立つことは避けたい。絡まれたくないんだ」
ノルンの態度と言い、使者の態度と言いこれではまるで犯罪組織ではないか。俺はため息をついた。俺と使者はラミアの発展を熱っぽく語る男を背にラミアの北東部に向かった。
ラミアのダンジョン部隊の支部だろうか。古びている気がするのは建築様式が前世の俺の世代に流行したものだからだろうか。ということは俺が死んで俺抜きでダンジョン踏破してすぐにでも造ったものなのだろうか。
中に入るといくつかのテーブルに柄の悪い男が座っていた。支部の扉が開いたことで彼らの視線が俺に集中する。
「おい、人手不足だからって今度はガキンチョを連れてきたのかよ。東の剣聖も落ちたもんだな。とうとう頭がいかれちまったんだ」
テーブルに座った粗野な男の一人が立ち上がり、そう言って俺の方にやってきた。値踏みするかのような視線で舐め回された。気分の良いものではない。
「キュレット、そのへんにしてくれ。このガキも頑固で喧嘩っ早いんだ」
キュレットと呼ばれた荒くれ者は好奇の目をのぞかせて俺を挑発してきた。
「おいおい。ママのところが恋しくないのかい? お前がダンジョンなんか潜って生きてこれるわけがないだろ? 大怪我する前にとっとと尻尾丸めて母乳でも吸って来いよ~」
俺は苦笑した。キュレットの侮辱は嫌いではない。むしろダンジョンに潜るような危険に子供を近づけさせないという優しさでさえあるだろう。しかし俺には不要だ。
「なぁに。お前よりかは長生きできるさ」
俺の言葉にキュレットは鼻で笑った。俺の傍らに立つとキュレットは突如として拳を俺の頭に目掛けて振り下ろした。俺はこの拳が本気でもなんでも無いと判断した。体格に比類する重みがまったく無いからだ。舐められてるなと強く感じた。すぐさま前腕を盾にした。キュレットの拳と俺の前腕が接触する瞬間、体を捻り威力を受け流した。俺の師匠から初めに教わった基本の型。キュレットは拳をいなされて態勢を崩して転んだ。
部屋に笑いが巻き起こった。胡散臭い長身の男が「キュレット、お前、そんなガキにやらてるんじゃねぇ」と笑い、背が低いものの体重が100 kgもありそうな男は「ダセェ。お前、俺のパーティーから抜けろ。恥ずかしい」と言った。
きまり悪そうにキュレットは立ち上がると「やるじゃねぇか。坊主」と俺の頭を撫でた。キュレットの粗暴な外見、立ち居振る舞いとは真逆な優しい撫でだった。
使者はゴロツキ達に一言二言小言を言い、俺を支部の2階に連れて行った。支部の2階には机が一つと椅子が机を挟んで2つ向かい合っていた。片方の椅子に使者が座ると、俺はもう片方の椅子を勧められた。
向かい合って座ると使者は自分の名前をガルーシャだと明かした。ガルーシャは紙を取り出し俺の前に寄越した。
「これはダンジョン部隊の入隊届けだ。ラミアではダンジョンに潜れるのは本来、成人した人間だけだ。そこでお前は南方の小人族の16歳ということで話をつけてくれ」
俺は首肯して入隊届けにガルーシャに言われた通りに記入した。出来上がった入隊届を気だるげに一瞥したガルーシャは俺の目を覗き込んだ。
「頼むから問題は起こさないでくれよ。俺は反対なんだ。田舎の身元が定かではない野郎を部隊に引き入れるのは。もちろん、ここにいる奴らは何かしら業を背負ったものばかりだ。しかしこのラミアで戸籍がついているいわゆる”しっかりした人間”なんだ。もし何か問題を起こせば俺はお前を庇わない。いいな?」
「あぁ、もちろん。問題など起こす気はない」
俺がそう答えると階段を上がる足音が聞こえたと同時に声が聞こえた。