2話 過去の仲間
かつて竜討伐隊隊長のノルンは田舎の領主となっていた。その領主の部屋に通された俺は討伐隊長に抜擢されたころよりも貧相な部屋になっていた。ノルンの性格からしてそれはありえないことだった。ノルンは派手なものが好きで持ち物もプライベートで付き合う人間も皆きらびやかな人間ばかりだった。それなのになぜ? なぜなんだ。派手好きなあいつがこんな質素な暮らしをするなんて。
部屋も前よりも狭く。調度品には粋が感じられない。そんな風に困惑する俺を見てノルンはこう言った。
「君の暮らしからはありえないほどに贅沢なものだろう?」
確かに転生後の農民として二度目の生を受けた俺の暮らしよりは贅沢なのだが。それに怒りは感じない。俺が求める生活は華美さとは無縁だ。またそのノルンの言葉は自嘲気味だった。そりゃあそうだろう。ダンジョンの冒険者として稼いでいた金額はとてつもないほどなのだから。
ノルンの昔を思い出す俺の逡巡にノルンは気まずそうに微笑んだ。
ノルンは俺の逡巡を贅沢ぶりからの困惑、あるいは自分との生活差による嫉妬だと解したらしい。あいつなら考えそうなことだ。ノルンは嫉妬深く、それに自身は気づいていない。自分よりも良い生活をするやつにあまり気分の良い表情を見せなかった生前の姿を俺は覚えている。ノルンは俺が良い生活をしてみたいと考えているようだ。自身も良い生活をしたいから。
「いや、興味がない」
俺の答えにノルンは苦笑いした。
「目上の人間にはそれなりの態度が必要だぞ」
ノルンが生前の俺によく言ったこととそっくりだ。ノルンの様子を伺うと奴もまた何か懐かしそうにしている。まさか俺のことを思い出しているのか?
「しかし、君は本当に似ているね。私の昔のパートナーに」
ふと壁にかかっているカレンダーを見た。俺が死んでから15年経っている。転生という神話でしか登場しない大事件がこんな短いインターバルで生死を繰り返すとはな。ノルンが20歳頃のとき俺は見捨てられて死んだから30~40ほどか?
「昔話をしよう。私はダンジョンを踏破したんだ。その踏破したメンバーの一人と結婚して今こうして安定した職についているわけだが」
ノルンは顔を俺に近づけた。
「ダンジョンは素晴らしい。君には挑戦する権利がある」
ノルンは上気した顔でこう告げた。
「君には盾使いの才能がある」
俺はあたりまえだと心の中で吐き捨てた。お前らに見殺しにされて転生したんだからな。
「ダンジョンを踏破すれば、今の私の生活など目でもないほどの生活が約束される」
ノルンは非常に興奮した様子で俺に顔を近づけた。彼の表情は俺とパーティーを組んだ最初のときと比べて薄汚れていた。これは老化や俺の憎しみのせいではない。目は若干濁り、口の端の不自然な釣り上がっている。どうせ薄汚れた欲望がそうさせているのだろう。
「少し質問させてもらう。ダンジョンを踏破すれば巨万の富が得られるとかなんとか言ってるが、踏破したあんたはなんでこんな辺境な土地にいるんだい?」
ノルンは激昂した。だが表には出さなかった。俺がそう判断したのはノルンの耳が鮮やかな赤に染まったからとヤツ特有の唇を噛む癖を見たからだ。もうそうなったら半端なゴロツキ程度じゃ生きては帰れない。ゴロツキが生き残れないのはノルンが熟達した剣士であることと怒りを表に出さないがゆえに謝罪では済まないほど言い過ぎてしまうからだ。
「悪かったよ。言い過ぎた。謝るよ。ただ何が起こったのか聞かせてくれないか。いや申し訳ない。聞かせてください」
ノルンはこめかみを抑えた。と同時に少し不信感を含んだ視線を俺に向けてきた。そうだろうな。ノルンの激昂を見分けるのはある程度、仲が続かなきゃ分からないからな。子どもの俺がどうしてここまでノルンの扱いが分かっているのかは不審点になるだろう。
「よく大人を怒らせるタチでね。大人の感情にはさといんだ」
ノルンは目を瞑って深呼吸するとすっきりとした笑顔で俺のこの言葉にこう答えた。
「いや、よくできる子だね。これは大変つきあいがいのある子供だよ」
ノルンがこの言葉を吐いたとき俺は徹底的にノルンにマークされたと感じた。まぁそうだろうなという気持ちとやっちまったという後悔とこういうことの積み重ねで俺はコイツらに裏切られたのかもしれないという納得感を覚えた。
「君はできる子なんだからもう少し上手くやらないと駄目だよ」とノルンは言葉を重ねた。加えて「では本題に入ろう。君は私の作ったダンジョン部隊に参加する気はないかい?」
俺は返答に迷った。確かにダンジョンでの裏切りで俺は命を一度失っている。その原因は当然一つだけだ。それはあまりにも法外な報酬である。並外れた報酬のせいでまともなやつらならまず仲違いが起きるだろう。その報酬の中身はダンジョンで得られる物体だけではない。人や集団とのつながりが一変するのだ。まずダンジョンの研究団体から引き合いがくる。引き換えに一般では価値のつかない特殊な資源や遺物を差し出す必要があるもののその利用価値や新技術に触れることができる。次にダンジョンが存在する領地の権力者とつながることができる。すなわち権力と人脈が手に入る。ノルンはやはりこの人脈を使ってダンジョン部隊を創設したのだろう。
ここまで考えてきてコイツの目的が判明した。俺をダンジョン部隊に投げ込み、踏破させ、引き換えに得た権利を権力者、研究機関に引き渡し何かしらの権力を得ることだ。ではその権力とはなんだ? 国王でもなる気なのかコイツは?
「できれば今、ここで決めてほしい。存在を知られたくないんだ。分かるね」
ノルンはそう言い放つと鋭利な視線をこちらに寄越した。拒否は絶対にありえないと。死かそれとも軍門に下るか。
空気を読む気がない俺にも育ててくれた第二の親父と家族がある。飲むしかなかった。
俺は首肯した。
ノルンは歪んだ笑みを浮かべると俺の肩に手をかけて言った。
「さすがは私の選んだ子だ」
ほざいてろ。いつか首元を掻き切ってやる。