1話 転生
俺が最初に死んだのは竜の討伐隊で盾使いをしていたときだ。ダンジョンの49層で裏切られて俺は死んだ。竜の出現は突発的だった。討伐隊はパニックに陥り、俺を盾にみんなは逃げた。竜を含めた魔物の討伐にはあるハウツーが存在する。盾使いが竜の気を引き、攻撃を受ける。その間に騎士が竜の足に斬撃をお見舞いすることで態勢を崩す。その後で魔法使いが高威力な魔術でトドメをさすのだ。なぜあいつらは俺を囮にして逃げたんだ?
思い出しただけで吐き気がする。復讐がしたい。あいつらの顔面を一発殴らなければ安穏と生きることができない。
ダンジョンは50層でゴールだったんだ。あと1層でゴールできたんだ。それなのにどうして?
悔やんでも悔やみきれない。しかし俺は再び生を得た。過去の記憶を持って。
そう俺は生きている。生きているんだ。
俺は今、二度目の生を受けた。記憶、人格、経験を引き継いでルマという名で転生したのだ。
今、俺はある農村の百姓のこどもだ。年は9~13くらいといったところか。父はマルサス。母はニールという。
「おーい、ルマ。鍬をとって来ておくれ」
父の声で俺は回想をやめた。
俺は父の言う通りに納屋から鍬を探して来て父に渡した。
「ありがとう」と父は礼を言った。
続けて「悪いがお前にこの刈り取った雑草を運んでほしい」と付け加えた。
やれやれ、年端もいかない少年にこんな重労働させるかねと内心毒づく。ルマは一回目の生で都会のなかなか裕福な家に生まれていたため子供の頃は労働とは無縁だった。歯車が狂ったのは両親が強盗に会い、殺されてしまったときだ。なぜ? とそのときは頭が真っ白になった。身内を頼ろうにも反応は芳しく無く。援助を皆が断った。仕方なくその都市で突如として出現したダンジョンに冒険者として探検に参加することで日銭を稼いだ。3年続けたとき師匠と出会って盾使いとしてのキャリアが始まったのだ。
俺はそのときが人生の絶頂だと思う。思い返すとそのとき、俺の人生は輝いていたんだ。師匠との4年間は本当に楽しかった。魔術の存在を教えてくれた恩師だ。魔術とは生き物の血から放出される未知の波動で生物の構造上出せないような強い力や超常の現象を引き起こすことができる。その波動は魔力と言われ、この世界に尋常ならざる影響を与えている。鍛錬は苦しかったが自分が魔術を使いこなしていくのが嬉しかった。自分よりも何倍も大きく力の強い生物に魔術と盾術でいなしきったことは自分の力強い自信につながった。
「なにぼーっとしとる? 早く運んでくれ。最近、交代した官吏は意地悪なやつなんだ。仕事をさっさと片付けないと今度は何を言われるか分かったもんじゃない」
父の言葉に思考が中断された。そうか、父が普段より仕事で焦っているのは官吏が変わったからなのか。どうりで最近、人使いが荒いわけだ。あまり村の農民にしか合ったことがないので分からなかった。
「おい! お前ら。何サボってんだ!」
父は悲鳴を上げ、平身低頭した。
「いや、その、今取り組んでおりますので」
「その取り組みがなってないと言ってるんだ。さっさと終わらせろ。なんならお前の土地を没収したっていいんだぞ」
まったく見てられないな。俺はそう思うと父と意地の悪い官吏との間に割って入った。
「あんたがどう思おうと勝手だが、やりすぎなんじゃないか?」
「あ? ガキが口の聞き方が鳴ってないぞ」
俺の背後で父が制止しようと俺の肩を掴んだ。やめなさいと。
「悪いが上のやつと話させてくれないか?」
「ほう。話してどうなるんだ」
「お前の粗暴を言いつける。当たり前だ」
「言うじゃねぇか」
その官吏は大人の男性としては大柄だというわけではなかった。しかし、少年の俺のにとっては2倍ほどの体の大きさだ。官吏は俺をぶとうと手を振り上げた。戦い慣れてないやつの動きそのものだった。俺はこのとき良かったと思った。体が変わっても戦闘の経験は引き継がれているらしい。
官吏はビンタをしようとした。そこで魔力を前腕部に込めた。少年として倍以上のある相手は普通は脅威だが、俺にとってはかつての日常だ。竜、大熊、大亀と色んな巨大モンスターからメンバーを守って来た。
しなりを帯びて飛来する官吏の腕を前腕で一瞬、受け止めた。その衝撃をいなすために体の力を抜いてありとあらゆる関節を柔らかくした。衝撃が俺の体を通り抜けると官吏の腕を振り払った。
官吏は驚いていた。俺はニヤリと狼狽した官吏の目を見返した。官吏は怒った。蹴りを放ったがそれも難なくいなすと官吏は姿勢を崩して倒れた。
「お前もここで働いてみたらどうだ? デスクワークのやりすぎで体がなまってるんじゃないか?」
官吏は態勢を立て直しながら荒い息をして「黙れ」と一言。
背後で震えた声を絞り出すように父の声がした。
「やりすぎじゃ。ルマ。早く謝りなさい」
「なんでだよ? こっちは何もしてないんだぜ。あいつが勝手にころんだそうだろ?」
「ルマよ。なんてことよ」
父の態度に俺は内心舌打ちした。やり返さなきゃ一生やられ続けるだけじゃねぇか。父親は分かってねぇ。
今度は怒気をはらんだ声を官吏が発した。
「小僧舐めやがって。お前らの土地は没収だ」
官吏の吐き捨てる声。父は声にならない悲鳴を上げたらしく悲壮な吐息を吐く音が聞こえた。官吏は父を指さして罵ったがその罵りを遮った人間が現れた。
「まぁまぁ、シェルフ殿。少し落ち着きましょう」
すこし鼻にかかったような調子だった。そのキザだが落ち着きつつも聞いたもの誰もがその声の主を勇気のある人間だと認めるような美しい声。俺はそいつの声の主を知っている。
シェルフと呼ばれた意地の悪い官吏はビクリと体を震わせた。
「はい。ノルン様」
不自然なほど背筋を伸ばして振り返った。
俺等の前に立ち寄った騎士は自らをこう名乗った。
「私はノルンと言います。最近、この領地を封ぜられたものです。端的に言うとこの土地を治めている権力者ということになりますね。見知りおきを」
ノルンはそう言うと父に握手を求めた。
父は困惑したような表情で受ける。
「あのノルン様、私どもの土地はどうなるのでしょうか」
「どうなるもなにも引き続き頑張ってください」
父は心から安堵した。シェルフは不服そうに抗議の目をノルンに向けた。ノルンは笑顔で官吏のシェルフの不満を黙殺した。
「私は一部始終を見ていましたよ。そこで君」ノルンは俺に手を向けた。「君のその力を借りたいんだ」
俺は警戒した。なぜならノルンは前世の俺を裏切ったやつだからだ。そう、竜討伐の部隊で俺を裏切ったその長だった。なぜあいつがこんな田舎の領主になっているんだ?
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