作戦
魔法を使えるようになってから身体能力が何故か向上し、俺は未開の地だった二階に足を踏み入れる事ができるようになっていた。魔法書によると、理由は解明されておらず、魔法を使えるようになった時、稀に身体能力が向上するという事例が書いてあるだけだった。
「どれどれ︙︙」
俺は歴史書や魔法書などを読み漁るのと同時に、魔力量を鍛えるため、自分の魔力の限界まで水の玉を出し続けていた。魔法を使えるようになったあの日から、色々な水魔法の技を習得し、この家の書斎にある魔法書の水魔法は全てコンプリートしてしまった。近くに、魔法書を売っている所があれば良いのだが、俺が住んでいる場所は魔法書を取り扱っている所は無さそうだし、そもそも赤子だから外に出ることすら叶わない。
「俺は、いつまで待てば良いんだ?」
そんなことを口にした途端、適当に本棚に戻していた本達がバランスを崩し、俺の頭上目掛けて墜落してきた。大量の本に埋もれた俺は本の山から顔を出し、辺りを見渡す。
「死ぬって!」
俺は体を捻りながら、本の中から抜け出すことが出来た。崩れ落ちた本達を棚に戻そうと、手前に落ちた本を拾い上げると、中から少し汚れた紙がひらひらと零れ落ちた。
「地図か」
薄汚れた紙には、この世界の地図を示すものが書かれていた。この世界には、ファータ・グランデ大陸、ナル・グランデ大陸、アウライ・グランデ大陸の三大陸があるそうだ。
「そういえば、この世界の地形について、なんも調べてなかったわ」
俺は、先程の本をもう一度拾い上げる。最初のページを開くと、著者のマギサという人物によって大まかなこの本の説明が書かれていた。マギサという人物によれば、この本には地形についての詳しい情報が記載されているとの事だった。次のページを捲ると、ファータ・グランデ大陸の地図が載っていた。
「俺がいるところは︙︙キハイゼル村か」
次のページに、ファータ・グランデ大陸にある地域の説明が書かれていた。それを読むと、俺たちの住んでいる所が、キハイゼル村という場所の説明と一致していたので確信することが出来た。ファータ・グランデ大陸にはキハイゼル村の他にも、北に位置する氷の国の白風の境や、大陸で一番大きいアルビオン王国などがあった。
サブカルチャーが好きな俺なのだが、意外にもアウトドア派の人種だったりもする。そんな俺は国名を目でなぞる度に、その国に行った時の想像をして、一人で楽しんでいた。
しばらく書斎で時間を潰し、両親が帰ってくるタイミングを見計らって階段を降りた。降り終えるのと同時に、近隣に住まう老夫婦の畑仕事を手伝っていた両親は、両手いっぱいに抱えた野菜達を机の上に広げる。机の上には土がついた数種類の野菜が置いてあり、どれも前世での野菜と見た目は変わらなかった。
「今日は野菜もおすそ分けしてもらったことだし、クリームシチューでも作りましょうか!」
そう言った母さんは、張り切った様子でキッチンへと向かって行った。頭の中で、湯気が立ち上るクリームシチューをイメージし、口元から涎が垂れる。
「ランスはまだ、食べれませんよ〜」
物欲しそうにしている俺を抱き抱え、母さんは食卓にあるベビーチェアへと俺をちょこんと乗せた。残念ながらクリームシチューが食べられるようになるのは、まだ先になるらしい。
あれから母さんは、野菜が沢山入っているクリームシチューを作り終え、食卓に並べる。母さんが外に出ていくのを見届けると、席に着いたゴリラとシルヴァは、目を瞑りながら両方の手のひらを握りしめ、何かを言い始めた。
「神よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事を頂きます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧として下さい。アーメン」
朝起きた時や寝る前などにする数種類の祈りがあり、先程の祈りは日本では食べ物の命に感謝する「いただきます」に対して、私達が毎日生きていけるのは創世神から与えられた奇跡・神秘の力である魔法のおかげですと言う感謝の意が込められているらしい。母さんは外で祈るのが好きらしく、毎回のように外へと出ていっていた。言い終えると、外から母さんが戻り皆でご飯を食べながら、今日一日の出来事について談笑し合っていた。俺も数年後にはこの輪に入るのだと思うと、なんだか緊張してきた。
皆がご飯を食べ終えた後、母さんはキッチンで皿洗いを始めたのだが、食卓に残ったゴリラは真剣な面持ちで、一人で呟きながら筆を走らせていた。
「お忙しいところ申し訳ございませんが、リリィ様がこちらにお越し頂くことは可能でしょうか?」
呟いている内容を聞くと、あのがさつなゴリラが畏まっていたので、文通の相手はボスゴリラだと推測できる。一体、ボスゴリラと文通なんかして、何をしようとしているのだろうか。ボスゴリラとのやり取りを推測していると、ゴリラは文章の続きを口に出し始めた。
「三週間後に妻と娘を連れ出し、家を空ける予定でいるので、リリィ様には息子のランスロットを頼みたいのですが︙︙」
まさか、人間の真似をして潜入調査をしているゴリラの存在に感づいた俺を、口封じの為に暗殺するとでも言うのか!?
しかし、ここでただ黙って殺されるような俺ではない。殺されるまでの猶予は、運良く三週間も残されている。その間に綿密な計画を練り、それを実行するための準備をしなければならない。
真剣に手紙を書いているゴリラを尻目に、俺は殺されずに済む方法を考える。だがしかし、しばらく考えてみたのは良いものの、ボスゴリラから殺されるずに済む方法など、ただ水の魔法が使えるだけの俺には分かるはずもなかった。
「駄目だ︙︙」
幾ら考えても、ボスゴリラに握りつぶされるイメージしか湧いてこない。その姿が脳裏に焼き付いた俺は考えることを放棄し、残り少ない異世界生活を噛み締めながら、机上にある果物を見つめていた。この世界の食べ物は、前世の食べ物と見た目がよく似ている。赤色で丸い果物はリンゴに似ているし、長くて曲線を描いた果物はバナナに似て────
「バナナッ!」
「ドゥアッ!? ︙︙ビックリさせるなよ、ランスロット」
そうだ! このバナナを使って、ボスゴリラに媚びを売ろう!
きっと成功するに違いない︙︙だって、ゴリラってバナナ好きじゃん?
完璧な作戦を練った俺はバナナを見つめながら、勝利の笑みを浮かべていた。
「ん? これが欲しいのか?」
そんな俺を見ていたゴリラが机上のバナナを手に取り、俺に見せながら尋ねてきた。俺はそれに応えるように、身振り手振りで喜びを表現する。
「おー! 俺もナナバの実は好物だぞ!」
(そうかそうか、実は俺もそのなんちゃらの実が好物なんだよ! それを今すぐにでも、食いたくて食いたくてたまんねぇんだよぉ! ヒャッハー!!! その事が分かったら組員やお前の上層部に、ランスロットという赤子は殺すべき存在ではないと言うことを言ってくるんだな!)
そんなことを思っていたからか、バナナを机上に置いたゴリラはボスゴリラに報告する為、自室へと戻って行った。
「いや、バナナ如きで釣られる訳ないか」
母さんにベビーベッドの上に寝かしつけられた後、俺は暗い部屋の中で、一人寂しく余生を楽しもうと決意したのだった。