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魔法

 シルヴァが魔法を使えるようになったあの日から数ヶ月が経ち、俺は四つん這いになりながら歩く事ができるようになった。俗に言う『はいはい』と言うやつだ。はいはいが出来るようになった俺は、肌身離さず持ち歩いている魔法書を読んでいるシルヴァを見つめながら、皆がいなくなるまで椅子の下に身を潜めていた。

「あなた、私とシルヴァで畑の手伝いに行ってくるから、ランスのことお願いね」

「あぁ、俺に任せとけ! 気をつけて行ってくるんだぞ!」

「あなた、ご近所さんに迷惑が掛かるから静かにね」

 そう言い残した母さんと魔法書を床に置いたシルヴァを見送ったゴリラは、言われた通りに俺の面倒を見ようと、俺の事を探し始める。

「ランスロット! どこにいるんだ! ︙︙さては、かくれんぼだな! よし、待ってろ! 俺が見つけ出してやるからな!」

 馬鹿だ。めっちゃ馬鹿だ。ゴリラは、俺がまだ登れない階段を力強く登って消えていった。悲しく消えていったゴリラの背中を確認した俺は、シルヴァが床に置き忘れていった魔法書に素早い動きで近づいていく。

「どれどれ︙︙」

 重たい魔法書の最初のページを、力いっぱいに開く。最初のページには、著者のアルルメイヤという人物によって、この魔法書の大まかな説明がつらつらと書かれていた。

「︙︙読める」

 正直異世界ということもあり、この世界の文字は読めないだろうと冗談半分でこの魔法書を開いたのだが、理解をしようとした異国の文字が頭の中で勝手に日本語に翻訳される。

「︙︙ん? ここの日本語、変だな」

 異国の文字が翻訳されることは便利な機能なのだが、最初のページを読み進めるにつれ、二つの欠点に気付くことが出来た。

 まず一つ目は、理解しようとした文字しか日本語に翻訳されないことだ。だが、この欠点はさほど問題になるほどのものでは無いので安心だ。

 二つ目の欠点は、日本語翻訳の誤りだ。日本語に翻訳されるのは良いものの、異国の文字を翻訳するということもあり、少し奇天烈な日本語で翻訳されることがある。そんな翻訳をされれば、異国の文字を勉強して使えるようになった方が良いのではないかと思えるくらいに、頭を悩まされることがある。

 だが、文字の勉強に時間を費やすよりも、俺は魔法の勉強をなるべく多く勉強したい。何度も日常で願った異世界転生という夢が叶ったのだから、それを存分に楽しまなくてどうする。俺は最初のページを半分ぐらいで読むのを切り上げ、次のページを開いた。

 次のページからは、魔法の基礎知識について書かれていた。この世界の魔法には、創世の始原七翼(アルキプテリュクス)万里の三角(トリルアレーティア)、特殊属性と呼ばれるものがあるらしい。

 創世の始原七翼は、火、水、草、土、光、闇、無の七属性の魔法の総称で、この世界が七属性を司る竜によって創られた神話に基づいているらしい。

 万里の三角は氷、雷の二属性の魔法と、影、血、神聖、空間、時間、重力の六つの魔法の内、とりわけ空間、時間、重力の三つの魔法を司る竜が創りし世界の絶対法則とした時の総称で、この魔法を持つ者を神聖視しているらしい。ただ万里の三角はあまりの強大な力故に、扱うことが難しいとされている。

 特殊魔法は、精霊、付与、死霊、結界、幻惑、召喚、契約の七つの魔法の総称であるらしい。

 この世界に生まれた赤子は創世の始原七翼の中から一つの属性か、万里の三角の中から一つの属性を授かるそうだ。だが、面白いことに無属性魔法は誰でも覚えることが可能らしい。そして、おまけで特殊属性が一つ、稀に二つの属性を授かるらしい。

 要するに、俺の中には秘めたる力が眠っているという訳だ。異世界転生系のラノベでは、主人公が最強の力を手に入れるのがお約束なので、俺も何かしらの最強の力を手に入れているはずに違いない。俺はそんな淡い期待を抱きながら、次のページを開いた。

 次のページには、魔法適性についてのことが書かれていた。

 基本的に全ての人は魔法を大なり小なり使えるが、魔力の量や質、才能などによって強くなれるかは運次第と言われている。

 運次第。だが、俺には異世界転生者という称号がある。この称号にどのような意味があるのかは、言わずもがな分かるだろう。

 次のページには、魔法工程について書かれていた。

 魔法を発動する動作を論理的に、そして客観的に理解しやすくするために、このような工程が存在している。次に書かれていることは、多くの魔法を使用する者が、感覚的にしている事を言語化したものである。

 ・魔力操作能力 魔力を自在に扱えているか。

 ・魔力親和性 魔力との相性がいいか。

 ・魔力構成力 緻密に練り上げられているか。

 ・魔力強度確保 形を維持できる最低限をクリアしているか。

 ・魔力具現力 魔力に実在の力を備えているか。

 一通りの魔法の基礎知識に目を通すと、俺の心は満足感でいっぱいだった。

「ラノベの知識しか無いから分かんなかったけど、魔法って意外と難しいんだな」

 俺は魔法を軽く見過ぎていた。簡単に力を発動する主人公達を見ていたからか、自分もそんな風に出来るものだと錯覚していたのだ。こんな風に思い込んでしまっていたのは、そのように勘違いをさせてしまう作品を作りあげた作者達が悪い。純情な俺の気持ちを弄んだことに対して、是非とも謝罪してもらいたいものだ。そんなことを思いながら俺は、シルヴァが魔法を放った時のことを思い出す。

「確か︙︙こんな感じだったよな?」

 俺は、シルヴァにアドバイスを出していたゴリラの台詞を何度も脳内で再生し、見様見真似で再現してみた。

 まずは、全身に巡る血液の流れを感じ取る。全身を循環した血液が、右心房、三尖弁、右心室、肺動脈、肺の順番で通るのを確認する。しばらくすると、体全身にむず痒いものが走る。多分この感覚だ。全身にあるむず痒さを前に突き出した右手へと集中し、外に放出させようと力を込める。

 すると、全身から右手の順番で電流のようなものが流れ、右手の手のひらが熱くなる。

「︙︙で、出た!?」

 なんと少量ではあるが、水を生成することが出来た。どうやら俺は水属性の使い手らしい。傍から見れば水を生成しただけだが、俺にとっては凄く感動するものがあった。前世でずっと恋い焦がれていたことが、ようやく現実として現れたのだから無理もない。でも本当のところは、光魔法とか勇者らしいものの方が良かったのだが、魔法が使えたから良しとしよう。だが、俺は水が少し出せるだけで、シルヴァは空間を操ることが出来る。最初から姉との差を物凄く感じるのだが、そんなことを気にしていても仕方がないので、水属性の魔法を極めることにした。

「最初の目標は、魔法を操れるようになることだな」

 目標を掲げた俺は、今後の計画を練った。まずは、水を生成することを体に覚えさせ、生成できる量や大きさを増やしていき、最後に威力を持った攻撃として放てるようになろうと考えた。

 全身を巡る血液の流れを感じ取り、先程より大きく出そうと意識する。そうすると、野球ボールほどの大きさの水の玉が出来上がり、水の玉の下に顔を近づけて出来を確かめる。

「うおぉ! めっちゃ綺麗!」

 我ながら上手に生成が出来ていると喜んだ俺は、誤って気を緩めてしまい、水の玉が自分の顔に落ちてきた。

「冷たっ!」

 落ちてきた水の玉は顔にぶつかって弾け飛び、俺の顔を濡らした挙句、家の床も少し濡らしてしまった。これは後で怒られるだろう。だがしかし、この際の犠牲は致し方ない。俺は同じ失敗を繰り返さないために、少し空いていた扉の隙間に無理やり体を通らせて、家の庭まで這っていった。

 庭に着いてからは、幾度となく水を生成することだけに集中する。水を生成しようとする度に走るむず痒さと電流はどうにかならないのかと思いながら、水を感覚的に生成することに成功した。

 次に、生成できる水の量と大きさを増やしていくことにした。体に覚えさせるには、数をこなすだけで良かったのだが、今回はそう簡単にいかなかった。水の量を増やそうとすれば、カプセルトレイのカプセルサイズにしか生成できなかったり、水を大きくしようとすると、水の量が少なかったり途中で割れたりしてしまう。俺は、どうすればいいものかと悩んだ末に、ある決断を下した。

「無理だ、諦めよう」

 しかし、この諦めは魔法を投げ出したという訳ではなく、今の実力では再現するのは不可能と判断し、今ある実力で出来ることをしようと考えたのだ。

 水を大きく、多くすることが出来ないのならば、両方とも使いこなせる大きさと量に調整すればいいだけの話だった。今現在、維持できる大きさがハンドボールくらいで、量を半分ぐらいなら崩すことなく増やせるので、その二つの条件を満たす水の玉を生成すれば良いのだ。

 何度もこなしてきた水の生成を簡単にやってのけ、目標となる水の玉を作り出そうと集中する。前に出した手のひらの数センチ先で浮遊している水の玉は、ゆっくりと時間を使って大きく膨れ上がっていく。

「よしっ!」

 手応えを感じた俺は更に神経を研ぎ澄まし、水の量を増やしていく。しかし、魔力が限界に近づいてきたのか、段々と力が入らなくなってきたのが分かる。だが、俺は最後の力を振り絞り、魔力を流し込んだ。苦しくなってきた俺は、目の前にある水の玉が目標までどれくらいなのか、把握しようと顔を上げる。

「見つけたぞ! ランスロット!」

 突如、目の前に野生のゴリラが飛び出してきた! あまりの出来事に驚いた俺は、今までの集中が途切れ、肩の力が抜ける。それと同時に、目標の二倍に膨れ上がっていた水の玉が、ゴリラに向かって勢い良く飛んでいった。

「やべ」

 勢いをつけた水の玉がぶつかり、反対側の壁にまで飛ばされたゴリラは、物凄い音を立てて壁を破り、レンガで作り上げられた塀に寝そべっていた。

「ランス︙︙ロット、その歳で魔法を︙︙使えるなんて︙︙俺は誇らし︙︙いぞ」

 今はそんなことを言ってる場合か! 今の状況に焦っている俺は、辺りをうろちょろと這い回ることしか出来なかった。そんな俺の後ろから、天使のような二人の鼻歌が聞こえてきた。

『ただいま〜!』

 いきなり始まった緊急クエストに怖気付いた俺は、目標がいる後ろにゆっくりと振り返る。だが既に、母さんの顔は笑顔ではあったが、心の内にある怒りが隠しきれてなかった。

「あなた、これは一体どういうことかしら〜?」

 いや、怖ぇ〜! 俺が魔法を発動したなんてバレた暁には、何をされるか分かったものじゃない。ゴリラが、母さんにバラさないことを祈ることしか出来なかった。

「聞いてくれ! ランスロットが魔法を使ったぞ! シルヴァに続いてだ!」

 おぃぃぃぃ!!! 何バラしてくれてんだ! こ、殺される!

「あなた、家の破壊をランスのせいにするんじゃありません。そういうことは、めっですよ!」

「いや、ランスロットのせいにしてる訳じゃなくてだな︙︙」

「むー」

 母さんは頬をぷくっと膨らまし、言い訳をするゴリラに怒っていた。悪いゴリラ、今の俺は純新無垢なただの赤ん坊なんだ。

「あなた、責任もって壊れた塀と壁直してね?」

「︙︙すまん」

 いつまで経っても、母さんには腰が低いゴリラであった。

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