復活
「オリヴィエ、少しは落ち着いたらどうだ」
左目に眼帯を装着し、灰色の狼の耳と尻尾を生やしている男は、椅子に腰を掛けて足を組み、悪魔の角が生えた女性にそう言った。
「魔王様が復活なされるというのに、落ち着いていられる配下がどこにいるというのかしら?」
暗闇の中から覗く悪魔の女性の赤い瞳が、不気味に光る。
「︙︙確かにそうだな。しかし、早いな。まだあの日から数百年しか経っていないのだが」
先代の魔王が倒されてから数百年後、この地に新たな魔王が誕生しようとしていた。
狼の男は、机の上に置いてあるワインが入ったグラスを手に取り、夜空に浮かぶ月を眺めながら口に流し込む。
「ネハンも他の皆と同じように、魔王様の復活を望んではいないのかしら?」
「︙︙さぁ、どうだろうな」
ネハンは、オリヴィエの質問を濁すように席を立った。
「そろそろ時間だ、魔王の間に向かうとしよう」
「︙︙ええ、そうね」
オリヴィエはネハンの後に続き、魔王の間に向かった。薄暗い静かな廊下に、コツコツという足音だけが響く。二人は長い廊下を無言のまま歩き、魔王の間前で立ち止まる。
「開けるぞ」
ネハンはそう言うと、禍々しい大きな扉を開けた。中はとても広く、上を見上げると、歴代の魔王達の紋章された旗が掲揚されていた。床には、赤いカーペットが敷いてあり、魔王の座まで続いている。カーペットの上を歩きながら、二人は魔王の座前で跪く。天井に吊るされている大きなシャンデリアの蝋燭達が、不気味な風に吹かれ、大きく揺れ始めた。
「もうすぐお見えになるわ」
その言葉と共に、二人は膨大な魔力に包まれる。オリヴィエは勿論だが、魔王の誕生を望んではいなかったであろうネハンまでもが、あまりの強大な魔力に驚いていた。しばらくしてから魔力は落ち着き、二人は跪きながら同時にそう言った。
『魔王様、お待ちしておりました』
だが、二人の声が部屋の中で反響し合うだけで、その呼び掛けに応じる声が聞こえることは無かった。異変に気づいた二人は顔を上げ、魔王の姿を探し出す。しかし、辺りには寂しく魔王の座があるだけで、魔王の姿はどこにも見当たらなかった。
「一体これは︙︙どういうことだ」
立て続けに異変が起こり、冷静なネハンも取り乱していた。
「分からないわ︙︙ただ、先代の魔王様より魔力量が数十倍あることは間違いないわ」
「ああ、そうだな」
ネハンは手を顎に当てて、深く考え始める。
「︙︙だが、あまりの膨大な魔力を抑えきれず、魔王様は消滅したというわけか」
ネハンの戸惑いを隠せない様子に驚きながらも、オリヴィエは魔王の現在の状態を告げた。
「魔力探知が出来ないなんて、貴方らしくないわね、ネハン。弱まりつつあるけれど、まだこの地に魔王様の魔力反応があるわ」
「すまない、少し取り乱していたようだ」
ネハンは気持ちを切り替え、魔王の魔力を探知する。
「︙︙魔王様は、どこにおられるんだ」
「私にも分からないわ。先程の膨大な魔力があったとは思えない程に微弱な魔力で、他の種族と見分けがつかない状態よ。でも、他の手段があるとは思えないし、探すしか無さそうね」
「ああ、そうだな」
「私は魔王様を探すわ。ネハンは、他の幹部達を集めてきてくれるかしら」
「ああ、分かった」
そう言うと、二人は一瞬にして魔王の間から姿を消したのだった。