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引き止める時 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う〜ん、残りはあと25分……。

 どうも時間が決まっているものって、ギリギリまでアクション起こしたくないんだよね〜僕。

 終わる時間がきっちり決まっているなら、まだいいよ。でも早く始めたからといって、後に延びない保証がない案件だと、ついつい開始を遅らせてしまうんだよね。


 その場に限って、その先の時間に、今以上の期待を見出していないんだろうな。

 もし将来の期待に満ちているなら、自分から取り掛かるだろうし、こうしてぐずぐずしてしまうのはモチベの低さをそのまま物語っている。

 自分にとって楽しい時間、心地よい時間が一分一秒でも続いてほしい。きっと誰もが、心に思うことがあるはずだ。それが自分にとって、本当に都合がいいかは分からないけれどね。

 僕が昔に体験した話なんだけど、聞いてみないかい?



 長期休みになると、親の実家へ遊びにいく家庭はちょくちょくあるんじゃなかろうか。

 僕の家もその例に入っていてね。夏休みに入ると、8月のどこかしらで祖父母の家へ長期連泊をする。

 それまでに宿題を終わらせておこうと、自分から動いてしまうんだから内心ですごく楽しみにしていたんだなあ。

 僕が普段過ごしていたのは、アパートの一室。広めの部屋とはいえ、縁側付きの一軒家の趣をカバーできるようなものじゃない。

 アパートの部屋も2階だったし、住まいから地続きで庭が続くシチュエーション。そして一室以上の広さを持つ祖父母の家は、幼心に開放感を覚える作りだったんだ。



 だから、親たちのいう「そろそろ帰る支度をしなさ〜い」の一言が、いやでいやで仕方なかった。

 もうちょっと、あと少しと訴えても、帰りの道路の事情とか、家帰ってからやらなきゃいけないこととかを、こんこんと説かれて最後には強制的に連れていかれてしまう。

 何度か重ねるうちに、僕はそれらの言葉へ耳を塞ぎたくなってきたんだ。ろくな返事もせず、あたかも聞こえないかのように振る舞って遊び続けることも珍しくなかった。

 それを親も感じ取ったのだろうか。

 僕が難色を示す気配を見せると、その時はただ一回だけかくれんぼを提案してくれたんだ。それで見つかるようなら、帰らなくちゃいけないと。


 思いもよらない申し出に、その時の僕は遊びの時間が長くなることを嬉しく思ったが、ほんのちょっぴり疑問に思うこともあった。


「そんなに遊びたかったら、あんただけここに置いていくよ」


 いつもだったら、説得の最後に出てくる文句が今回はない。

 置いていかれる、というのはこれも子供には恐ろしいワードのひとつ。

 行きも帰りも親の車、もしくは同伴があるからこそ駄々をこねられるところはある。最後には自分をすくってもらえる、セーフティネットのごとき拠り所だ。


 しかし、もしそれが本当のことになってしまったら。自分は帰ることができるだろうか?

 向こうの家には、向こうの家なりの楽しみもあるし、それとずっとお別れをしてしまうことを考えたら、どうしても心に締め付けられるものを感じてしまう。

 それが、今回はその手の拘束なしというのが気にかかったんだ。


 親や祖父母とかくれんぼをしたことは、数えるほどしかない。

 忖度の言葉の意味を知らない当時の僕は、なかなか見つけない親のことを下に見て、得意になっていたところがあったのは否定しないよ。

 鬼となる父の10カウントに合わせ、僕は床の間のある和室の引き出し。その一番奥へと隠れたんだ。

 五月人形など、一年の限られた時期のみ出番がある道具たち。その彼らが普段、寝床にしているその空間に、僕はお邪魔したわけ。

 以前に一度隠れて、長いこと見つからなかった場所だ。その二匹目のどじょうを狙ったんだね。


 周囲の布で覆われた物品たちへまぎれ、僕は息を殺していた。

 逃げ場こそないが、当時の僕の全身を隠すに十分な大きさの布山たちが、そこかしこにある。ただ戸を開けて、外からのぞいただけではとうてい分からないだろう。

 畳とは違う、年季の入った木の板たちの香りをかぎながら、僕は聞き耳を立て続けている。


 ――来た。


 遠くから聞こえる、重みある足音は覚えのある父のもの。

 部屋の畳を踏みしめる音がし、いつこの押し入れの戸が開くかと、僕ははらはらしながらその瞬間を待っていたんだけど。


 来ない。

 押し入れの前を、足音は行ったり来たりしている。

 その緩やかな動きは、様子をうかがっているように思えなくもない。けれども、この部屋に置かれているものは、テレビとちゃぶ台と鏡台くらいだ。

 僕の目からも、隠れ場所として心もとないそれらを調べたら、もう戸で区切られた、この押し入れ空間をのぞくか。あるいは別のところへ向かおうとするかのいずれかだろう。

 だが、足音はずっと遠ざかることがない。

 ゆったり、ゆったりと部屋を行き来しているばかり。かたずを飲んで様子をうかがう僕だったが、やはり戸に手をかける気配はいつまでたってもやってこなかった。



 ――僕を、帰すつもりがない?


 そう、つい直感したんだ。

 かくれんぼが終わらなければ、帰り支度に入らない。先にも話したように、僕は帰るのをぐずりたい気持ちこそあれ、本当にずっと帰りたくないわけでもないんだ。

 僕が自分から投降するのを待つ、新たな戦術という線もなくはない。いずれ帰らなくてはいけない限界を迎えれば、遠慮なく僕を見つけ出しにかかるはず……。


 試しに、僕は数をかぞえはじめた。いったいどれくらいの時間が残されていたのか、知りたかったからだ。

 100を数え、200を数える間はまだ、許容範囲と思った。

 けれど、それが500を超え、1000を超え、2000も数えると、いよいよ不安の方が増してくるよ。時間にして30分も経っているんだ。

 にもかかわらず、戸の向こうの足音はなお止みはせず、遠ざかりもせず。ひたすら部屋に居座り続けていた。



 ――外にいるのは、お父さんじゃない?


 もし本当に見つからないなら、父は僕の名前を呼ぶことをするはずだ。それがこれほど時間たっても無言のまま。

 僕はつい手で口をおさえながら考える。

 外の不審者がひたすら僕を待っているのかもしれないが、それならなぜ音を出し続けるのだろう。むしろじっとし、去ったかのように見せかければ僕が出ていく確率が上がるかもしれないのに。

 今もなお、僕の聴覚の大半は足音に気を取られ続けている。それは、他のささいな音を隠し、ごまかしてしまうには十分な音量であって……。


 音、と僕はより耳を澄ませる。

 聞き飽きた、戸の向こうからする畳のこすれる気配。それらをひたすら取り除け、別の音へ集中しようとしたんだ。

 ややあって、もう一つ。絶えず聞こえる音があった。

 戸の内側。僕のすぐ近く。左手にある大きな布の塊の中からだ。

 足音とは一線を画す、軽いものが降り落ちる音。

 布越しに見る輪郭は、その隠している生地の大きさに反し、中央部分にしか盛り上がりを見せない、細長いものだった。


 僕はそっと、その布をめくってみる。

 小さく、くぐもっていた音はほんの少し大きさを増して、その源をあらわにした。

 砂時計だ。

 やや細身とはいっても、家で部屋に置いてあるものと比べれば段違いの太さと大きさだ。一升瓶かそれ以上か。

 下段の砂はたっぷりと溜まり、上段の砂はいままさに尽きようとしているほど、わずかしか残っていない。

 そう僕が考えている間に、目の前でくびれた部分からの砂の流れが途切れた。

 正しく上部は空になり、下部にありったけの砂が溜まりきって、降り落ちる音はこれにて打ち止めとなったんだ。


 とたん、目の前が暗くなって、すぐにまた明るくなった。

 父と母が、僕の名を呼んでいる。僕自身はというと、あの押し入れのある部屋のど真ん中で大の字になり、天井をあおいでいたんだ。

 てっきり眠っていたのかと思ったが、父母と祖父母の話を聞くと、違うらしかった。


 僕は神隠しにあっていたらしい。

 というのも、父母がいざ帰り支度をして僕を呼ぼうとしたところ、家じゅうのどこを探しても、つい先ほどまで僕がいなかったのだそうだ。

 靴は玄関に残っている。外へ出たとは思えず、屋内をくまなく探した。僕が隠れていたはずの押し入れの奥も徹底的に。

 どうしても見つからず、いったん居間へ集まって相談し、その後で解散となったとき、つい先ほどまで誰もいなかったこの部屋に寝転んでいる僕が現れたというんだ。


 僕が自分の体験したことを話すと、みんな妙な顔をしたよ。

 そのような砂時計は、この家のどこにも存在していなかったからだ。

 ただ、もし僕が砂の音に気付かず、布をめくって砂時計をじかに見なくては、いつまでも砂は落ちきることなく。僕自身も戻ってこられなかったかもしれない、といわれたよ。


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