恋人らしいこと
今まではハンナを中心として女性たちが料理を担当していたが、それはデニスが行うようになった。
騎士団の食堂担当をしていたデニスの料理は豪快で、量が多い。
辺境伯家の林に現れるようになった鹿肉の煮込みに、コーンブレッド。畑で取れた野菜のスープ。
木苺パイと、チェリーのクラフティ。
食事の時間になるとハンナが、辺境伯家の屋上にある時刻を知らせる鐘楼の鐘を鳴らし、アイーダがテーブルに食事を用意する。
人が増えたことで役割分担されて、以前よりも自分の仕事に割ける時間が多くなっている。
例えば畑はベルーナとテオが、金属加工はロサーナとロベルトが――というように。
馬の世話と、天馬による見回りはモネが行い、魔獣の襲来の報告を受けると討伐にでかける。
狩りや鉱物採集は鍛錬も兼ねて、イリオスやゲルド、ウィリアムが行っている。
アスラムは収穫された作物の量を記録したり、新しく作る建物の位置や種類をシルヴェスタンと相談したりしている。
こうなってくると、ジオスティルが一人で倒れていた荒れ放題だった辺境伯家は、立派な町である。
入浴と食事を済ませたシャルロッテは、自室に戻ろうとしたのだが、ジオスティルに手首を掴まれた。
「シャル」
「は、はい。どうしました?」
掴まれた手の大きさに心臓を跳ねさせながら、返事をする。
大浴場での入浴中にモネに「今日は辺境伯様に甘えたらいい」と言われたことを思い出す。
モネと話をしているときは、甘えてみたい――と、心を弾ませたが、いざジオスティルの顔を見てしまうと、どうしていいか分からなくなってしまう。
むしろ、そんなことを考えていたというはしたなさと罪悪感で、何でもない顔をしていつも通りにお休みの挨拶をすると部屋に戻ろうとしたのだ。
明日は――早いからと。心の中で言い訳をして。
「恋人というのは、共に過ごすのだと理解している。違うのだろうか」
「え……あ」
生真面目にそんなことを言われて、シャルロッテはなんと返していいのか分からなくなってしまう。
恋人が一体どんなことをするのか、シャルロッテもきちんと理解しているわけではない。
今まで、そういったものとは縁遠い生活を送っていた。
「君が嫌だったら、無理強いはしない。だが俺は、君と共にいたいと思っている。同じ部屋で、眠りたい。壁の向こう側の君の気配を探り、求めて、壁に触れて安堵するようなことはもうしたくない」
「わ、私も……私も、同じです。隣の部屋にいるジオ様の具合が悪くないだろうかと、そればかり気になってしまって」
「俺の場合は、君の体調を心配していたわけではない。……自分の感情に疎いのだろうな。君がずっと好きだったのだと、今更気づいた」
「あ、ありがとうございます……」
以前からそうだが、ジオスティルは人との関わりが少なかったせいか、とても素直なところがある。
感情を確認するように口に出して、恥ずかしげもなくそう伝えられると、シャルロッテの方がむしろ照れてしまう。
顔を赤くして俯くシャルロッテの掴んだ手を引き寄せて、ジオスティルは俯いている顔を軽く撫でた。
「シャル、どうした。熱が……」
「ち、違います。恥ずかしいのです……あ、あの、一緒にいることは嫌ではなくて……嬉しい、です。とても」
「よかった。だが、嫌なことがあれば言ってくれ。俺はあまり、人との関わりが得意ではない。君に、不快な思いをさせるのではないかと、今君を引き留めるのも、かなり悩んだ」
「……嫌なことなんて、なにもありません。呼び止められて、嬉しかったです」
ジオスティルを不安にさせたくなくて、シャルロッテは小さな声でそう伝えた。
羞恥心から染まった顔をじっと見られるのもいたたまれない。
勝手に、瞳が潤んでしまう。
ウルフロッドのことやこの国のこと、魔獣のことや祖母のことや、ハーミルトン家の者たちのこと。
そんなことで必死になっているときは、ジオスティルへの思慕を心の奥に閉じ込めて、冷静でいられるのに。
いざ、二人きりになって、感情を向けられると、途端に駄目だ。
まるで、幼い頃に戻ってしまったかのように――シャルロッテにはそんな時代などなかったので、今まで押さえ込んでいたものが溢れるように、愛される喜びや不安や羞恥や緊張で、心がいっぱいになってしまう。
「シャル、こちらに」
ジオスティルに促されて、ジオスティルの自室に入る。
ハンナとアイーダが先程まで一緒にいた。
彼女たちはよく眠れるようにと、ジオスティルの部屋を整えて、ランプに火を灯したり飲み物を用意したりして、挨拶をするとそそくさといなくなった。
それなので、ジオスティルの部屋にはランプの明かりが灯っている。
暗い部屋にぼんやりと灯る橙色の光が、ゆらゆらと揺れている。
広い部屋の四隅には濃い闇が溜まっている。心許ない灯りが、シャルロッテたちの影を床に浮かび上がらせた。
パタンと扉が閉まり、内鍵がかけられる。
ジオスティルには今まで、鍵をかけるという習慣がなかったように思う。
どうしたのかと思っていると、入り口で腰を抱かれて、扉に押さえつけられるように抱きしめられた。




