精霊王の話
サラマンドの聖殿としてつくられた白い円柱形の建物の中央には、赤く丸い炎が浮かんでいる。
眠りについているサラマンドの形である。
手をかざしても熱さは感じないが、触れることはできない。
『サラ様、サラ様、起きてください』
アマルダがその回りをひらひら飛び回りながら声をかけた。
炎は不可思議に揺らめいて、ひときわ強い輝きを放つと、嫋やかな女性の姿になる。
シャルロッテよりも、背の高いジオスティルよりも更に大きな女性である。
深紅の髪が足元までのびている。美しい肢体に白いドレスを纏い、ドレスの裾は青い炎に包まれている。
「サラマンド様、お眠りのところお邪魔してしまいすみません」
『いいのですよ、シャルロッテ。短い間なら、言葉を交わすことができます』
サラマンドの言葉がシャルロッテの頭の中に響く。
ジオスティルたちはサラマンドの神々しい姿を前に、深く礼をした。
はじめてサラマンドの姿を見たモネは、感銘をうけたように頬を紅潮させている。
「サラマンド様、お尋ねしたいことがあります。この地はサラマンド様の力で守られるようになりましたが、魔獣たちがこの国の各地に現れているようです。土地枯れが起りはじめています」
ジオスティルが言う。
サラマンドは静かな眼差しをジオスティルに向けていた。
『ユグドラーシュが枯れ始めているのでしょう。ユグドラーシュの異変が、辺境を通り越して遠くまで広がっているのです』
「ユグドラーシュが枯れていっている。王国中に影響が出ている……そうです」
サラマンドの言葉をシャルロッテは伝えた。
「シャルロッテの祖母は森の民だったそうです。破滅を予言していたといいます。シャルロッテには予言の力はないようですが、森の民にはあったということですか?」
『森の民の一部は、精霊王様と対話ができたようです。精霊王様は世界を知る者。精霊王様は世界樹の上に住まう者たちを我が子のように愛していましたから、予言を授けたのかもしれません』
「森の民は、精霊王様と話をしていたのだろうとおっしゃっています」
『精霊王様が復活なされば、シャルロッテも対話をすることができるでしょう。残りの大精霊たちを探してください。私たちが揃えば、世界樹を癒すことができます。世界樹を癒せば、精霊王様は再び息を吹き返すでしょう』
「……大精霊様たちをみつけて、世界樹を癒せば、精霊王様が蘇る。そうすれば話ができる……」
『魔獣は消え、土地枯れもおさまります。私たちは生命の源。精霊王様がつくりだした、命を支える者』
「魔獣の脅威も、土地枯れも、なくなります。大精霊様たちや精霊王様がいらっしゃれば、土地は元通りになる」
「やはり、精霊王は特別なのか。そして、大精霊たちも。……ありがとうございます、サラマンド様。人と人が争っている場合ではないことが、よくわかりました」
『大役を、任せてしまいごめんなさい。あなたたちに加護を。ジオスティル、シャルロッテ」
サラマンドはそう言うと、再び炎の形に戻った。
アマルダが寄り添うようにその傍で膝を抱えて丸くなる。精霊は大精霊から力を貰っている。
時折そうして、傍にいき、力を補充する必要があるようだ。
聖殿を出ると、モネがぷはっと大きく息をついた。
「すごかったわ。あれが大精霊様なのね。本物の神様を見たような気分よ。息もできなかったわ」
興奮気味にモネはシャルロッテの手を握りしめて、ぶんぶん振った。
「王太子殿下もサラマンド様の姿を見れば――サラマンド様と対話ができるシャルロッテの姿を見れば、目が覚めるのではないか」
アスラムが腕を組んで、冷静な声音で言う。
ジオスティルは頷いた。
「そうであればいいな。ともかく、軍勢がこちらに攻め込む前に、殿下と話をしなくては。魔獣と軍隊、双方に挟み込まれるようになってしまえば、この地は押しつぶされるだけだ。国を敵に回すことになるのは避けたい」
「戦う理由がないのに、戦うのは……嫌です。私の家族だった人たちの言葉に殿下が惑わされているのなら、私も事情を説明しなくてはいけません。アルシアが私と同じように、ウェルシュたちと話ができるとしても……預言は、嘘です。精霊王様がいなければ、預言は聞こえないのですから」
軍をまとめてこの地に攻め込むというなら、先に王太子の元へと行こう。
話をすれば、分かってくれるかもしれない。
理解のある人かもしれない。
今何をしなくてはいけないのか、王国に何が起っているのかを話せば――。
ジオスティルとシャルロッテは、イリオスたちにウルフロッドを任せて明朝、王都に向かうことにした。
軍隊が辺境に攻め込むとしたら、数週間は必要になる。
一人での移動よりも、大人数での移動のほうが、準備も移動もずっと時間がかかるものだ。
軍隊が押し寄せている気配はしない。
まだ間に合うはずだと。




