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特別な呼び名



 テオとアイーダ、デニスをウルフロッドは新たな居住者として迎え入れた。

 アイーダはハンナと共に侍女として働き、テオは畑や庭の手入れを、デニスは調理場で働くという。


 国の異変や騎士団の動向を伝えにきてくれた彼らは、シャルロッテのために働きたいのだと頭をさげた。

 

 ハーミルトン家ではシャルロッテのことを見捨ててしまった。

 だから、罪滅ぼしをしたいのだという。


 シャルロッテは気にしていないと言ったのだが、アスラムに「罪滅ぼしをしたいという気持ちは理解できる。お前はその気持ちを受け入れたほうがいい」と耳打ちされて、それ以上はなにも言わずに頷いた。


 新しい住人たちを、ロサーナたちは歓迎した。

 今は人の手が少しでも欲しいのは事実で、畑や調理場を任せられることはありがたいことだと言って。


 ウルフロッドの館の案内をハンナやロサーナたちに任せて、シャルロッテとジオスティルはサラマンドが眠っている神殿へと向かった。


 神殿――というほど大きくもないが、それは白いガゼボのような建物である。

 シルヴェスタンが中心となって、新しく建てたものだ。


「……ジオスティル様。ごめんなさい」

 

 神殿に入る前に、シャルロッテはジオスティルを見上げて謝った。


「どうした? 君が謝るようなことは、なにも」


「私の家族……だった人たちのせいで、大変なことに」


 人々の脅威になるのは、魔獣だけだと思っていたのに。

 同じ人間と、戦うことになるなんて――あまり考えたいことではない。

 まして、王を惑わしているのが血の繋がっている両親と妹だなんて。

 もしかしたらそれはシャルロッテが王都に行ったせいなのかもしれない。


 王都に行って、ディーグリスたちと再会してしまったせいで、よくないことが起ろうとしている。


「シャルロッテ。……俺は常々、君を、シャルロッテではなく、シャルと呼びたいと思っていた」


「えっ、あ……は、はい」


 突然何を言うのかと、シャルロッテは目をぱちぱちさせた。

 謝罪の返答にしては、ずいぶんと斜め上である。


「皆が君をロッテと呼ぶだろう? 俺は別の呼び名がいい。何か、特別な」


「は、はい。ジオスティル様」


「シャル」


「はい」


「俺のことは、ジオと」


「……ジオ、様」


 呼び名を変えただけなのに、妙に気恥ずかしい。

 こんな時に照れている場合ではないのに、上気する頬をジオスティルが指の背で撫でる。

 ひやりとしていて、心地いい。それだけで、体温が急上昇するように、恥ずかしい。


「シャル。……君の家族だったものたちは、もう君の家族ではない。俺が、君の家族だ」


「ジオ様……」


「君の家族だったものたちは、君に残酷なことをした。そしてまた君を傷つけようとしている。それは君の罪ではない。上手く言えないが、君が謝る必要は少しもない」


「……ありがとうございます」


「それに、俺はどうやら怒っている、らしい」


 ジオスティルは胸に手を当てると、眉をひそめた。


「顔も知らない者たちに怒りを感じるというのは、奇妙なものだが。……君を傷つけてきた、そして再び君を傷つけようとしている、君の家族だったものたちに、怒りを感じる」


「ジオ様。……ありがとうございます」


「礼を言われるようなことではない。シャル。俺は、君を守る。だから、君は俺の傍にいてほしい。もう、君を傷つけさせるようなことはしない」


「……はい」


 そうして憤ってくれるだけで、過去のシャルロッテは救われる。

 背後からアスラムと、途中から合流してきたモネの「俺たちもいるんだが」「いいなぁ、私も結婚したいなぁ」という声が聞こえて、シャルロッテは慌ててジオスティルから離れた。


 完全に――ジオスティルのことしか見ていなかった。

 ――――恥ずかしい。


「今の会話に、問題があったか」


「天然かもしれないと思っていたが、天然だな、ジオスティル」


「天然とは」


 アスラムに言われて、ジオスティルは軽く首を傾げた。


「この年齢までほぼ一人で生活していたわけだから、仕方ないとは思うが」


「堂々と愛を囁いてくれるなんて、理想だと思うわ、アスラム。アスラムはできなさそうだけど」


「人並みに羞恥心があるからな、俺には」


 くすくすモネが笑っている。サラマンドの元に向かうシャルロッテたちに「私も大精霊様に会いたい」と言ってついてきたモネは、いつの間にかアスラムとも仲良くなっていた。


「……だが、そうだな。今まで一人でいたせいで、やるべきことをしてこなかった俺に責任がある。本当は、王や王子と話をしなくてはいけなかったのだろう。そのような者たちがいることさえ、あまり、理解していなかった」


「辺境伯としては、王家にウルフロッドの現状を伝えるのは必要なことだったと思うが、あちらからは全く何も音沙汰がなかったのだろう? 国からウルフロッドは見捨てられていたのだろうな」


「王都じゃ、ウルフロッドのことはほとんど話題にもあがらなかったわ。父さんたち、荷運びの仕事をしている者たちの間では、ウルフロッドには化け物が出る。危険な場所だって話はよくあがっていたけれど」


 モネが言うと、ジオスティルは頷いた。


「だからこそ、窮状を訴えて、知ってもらうべきだったのだろう。何もしなかったせいで、誤解がうまれている。……王子……殿下といえばいいのか。殿下がどういった人なのか、俺は知らないが……できれば争いたくない」


 それは、シャルロッテたちも同じ気持ちだった。

 今争うべきは、人同士ではない。


 国の危機だというのなら、手を取り合ってその原因と立ち向かうべきだろう。



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