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ディーグリスたちの動向



 シャルロッテが幼い頃は、家の中で何が起っているのかなどは分からなかった。

 ただ――自分は家族から嫌われているのだという受け入れがたい現実が静かに目の前に横たわっていただけだった。


 アイーダたち、シャルロッテを影で助けてくれていた使用人たちがいなくなり使用人として働けと命じられてからは、日々の忙しさに忙殺されてまともに考えることさえできなくなっていた。


 けれど今やっと理解ができたような気がした。

 母ディーグリスはずっと腹を立てていたのだろう。


 嫁ぐ前から破滅の予言をした祖母に。そして祖母によく似た容姿を持ってうまれてきたシャルロッテに。

 王都で久々に会った母は、シャルロッテを道具としてしか見ていなかった。


 或いは自分がアルシアと同じような容姿であれば、家族として受け入れて貰えていたのかもしれない。

 母の怒りを慰めることができていたのかもしれない。


 それでも自分を産んでくれた母だと――決別を考えれば、心臓がひりひりする。

 けれど、今の自分であればこそ、ジオスティルや辺境の皆と出会うことができた。


 痛みはあるけれど、シャルロッテは今の自分が好きだ。

 ジオスティルの傍にいることができる今を、愛しいと思う。


「アイーダさん、皆さん。幼い頃、私は皆さんに守っていただきました。感謝しています」


「シャルロッテ様……」


 言葉を詰まらせるアイーダの代わりに、テオが続ける。


「大奥様は、やがて破滅がこの国を覆うのだと言っていました。食料を備蓄してそれに備えよと。扉を閉めて、外に出ないでいられるようにと。辺境から魔獣が来る。身を護るようにと。俺たちは、半信半疑でいました。大奥様の予言は正しいのだと理解していましたが、流石に、化け物が来るというのを頭から信じることができず」


「だが実際に、王都に魔獣が現れて、いくつかの街が襲われ、街道にもそれが現れるようになりました。俺たちは、シャルロッテ様の元に行かなくてはと。今度こそ、シャルロッテ様の役に立ちたいと思い……ここまで来たのです。それが大奥様への罪滅ぼしになると思って」


 デニスも言う。

 辺境には王国の情報は入ってこない。

 今まで辺境から外に出なかった魔獣たちが、王国に現れるようになった。

 

 それはかつて、ウェルシュも言っていたことだ。

 この大地はユグドラーシュの根の上にある。

 ユグドラーシュが折れてしまった今、大地は死へと向かっている。

 ――ウルフロッドの異変が、王国中に広まっていく。


「状況は、理解した。教えてくれてありがとう」


「い、いえ、とんでもありません。辺境伯様」


 テオが恐縮して、アイーダたちも再度頭をさげた。

 ジオスティルは一瞬戸惑った顔をした。辺境伯様と言われるのが苦手な彼のことだ。

 畏まられるのも慣れていないのだろう。

 だが、それについては何も触れなかった。

 テオたちはウルフロッドでジオスティルと皆に何が起ったのかを知らない。

 それを一から説明するには時間がかかりすぎるし、その必要もないと判断したのだろう。


「かつて国王の軍が、国にとって大切なものを打ち壊した。異変はそのため起っているのだと、精霊たちが教えてくれた。俺たちは精霊の声を聞くことはできないが、シャルロッテにだけはそれができる。シャルロッテがこの地に来てくれて、感謝をしている」


『ロッテがいなかったら、ジオスティルは私を消していたわ、きっと』


『ロッテがいなかったら、サラマンド様もイリオスも消していたわ、きっと』


 ウェルシュとアマルダが口々に非難をする。

 シャルロッテは黙っていた。確かにその可能性はあっただろうが――そうはならなかった。

 自分がいたからそうなったとは思わないが、今は皆で協力して辺境を守ることができている。


「異変を止めるのが俺の役割だ。急がなくてはいけないな」


「辺境伯様! もう一つ伝えたいことがあるのです」


「なんだろうか、テオ。急がないから、落ち着いて話して欲しい」


「は、はい。……俺――い、いや、私は、王城の前庭の庭師として、日々庭木を整える仕事をしていました。ここにくることを決意する、数日前。城に、奥様――ディーグリス様が入っていくのを見たんです。奥様だけではない、旦那様もアルシア様も一緒でした」


「お母様たちが、お城に……?」


 嫌な予感が、シャルロッテの背筋を寒々しくさせた。

 ハーミルトン伯爵家の身分としては、城の舞踏会に顔を出すこともあるだろう。

 だが、異変が起きている今――城に向かうというのは。


「テオは、城の入り口の門の前で、ディーグリス様が何度もアルシア様に、予言の練習をさせているのを聞いたそうです。予言者は自分であると。自分は祖母の力を継いでいるのだと」


 震える声でアイーダが言う。感情を抑えてはいるが、その声音には憤りが滲んでいる。


「旦那様は大奥様を嫌い、破滅の予言などくだらないと言って大奥様を部屋に閉じ込めました。誰も近づかせなかった。大奥様の名前を出すと、酷く叱責されました。……大奥様は、一人寂しく亡くなったのです」


「それなのに今更、大奥様の力を得意気に吹聴するなど……権力に目が眩んだとしか思えません」


「それからすぐのことです。騎士団に、辺境に向かうことになるという通達が来ました。国王陛下の命令で、王太子殿下が軍を率いるのだと」


 騎士団の食堂で働いていたデニスはいち早くその情報を手に入れた。

 そして、それをシャルロッテに伝えなくてはいけないと、三人で話し合い辺境に向かったのだという。

 シャルロッテは辺境にいる。

 ディーグリスはそれを知っている。


 だから――辺境に軍を仕向けるように、王に進言をして、その心を惑わしたのではないかと。


 



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