ハーミルトン家の過去
シャルロッテは、祖母のことを知らない。
シャルロッテが物心ついたときにはすでに亡くなっていて、ハーミルトン家では祖母について話すのは、その名前を出すことも禁忌になっていたからだ。
二人きりの時にアイーダに、シャルロッテは祖母に似ているのだと言われた。
だから母ディーグリスはシャルロッテを嫌うのだろうと。
祖母には予言の力があった。だから皆は祖母を慕っていた。そして母を――嫌っていた。
「大旦那様がマルーテ様とどこで知り合ったのか、私たちは知りませんでした。大旦那様には放浪癖があり、よく、旅に出かけていたのです。そしてある日、マルーテ様を連れて帰ってきました。大旦那様の話では、マルーテ様は記憶をなくしていたのだそうです。大旦那様はマルーテ様を保護していましたが、やがて思い合うようになり、結婚をなさいました」
お祖母様には、記憶がなかった。
自分が森の民だということを知らなかったのだろうか。
「お祖母様は、森の民――だったようです。王家に従わない民。精霊の声を、聞いていたと」
『あたしたちは予言なんてしないわ』
『予言の力なんてない』
『サラマンド様も予言はしないわ』
『ウェンディ様も予言はしない』
『予言をするのだとしたら、それは大精霊様』
『ユグドラーシュと繋がる、大精霊様よ』
ウェルシュとアマルダがシャルロッテの両肩に現れて、口々に言った。
驚くテオたちに、シャルロッテは精霊と、精霊の声が聞こえることを説明する。
「森の民……」
「かつて、国王陛下が戦に向かわれて、勝利をおさめて凱旋をなさったという……」
「もしかしたら、大奥様の記憶は戻っていたのかもしれません。己の出自がハーミルトン家を不幸にするのを恐れて、黙っていたのかもしれません。今となっては、わからないことですが」
アイーダは力なく首を振り、続ける。
「けれど大奥様は優しい方でした。領民たちが困らないように、予言をしてくれていたのでしょう。嵐や干魃の予言を」
「お父様は、お祖母様が森の民だと知っていたのですか?」
「いえ。大旦那様はマルーテ様の出自には触れず、マルーテ様も何も言いませんでした。ジェレミー様は何も知らなかったと思います。マルーテ様の記憶が戻っていたとして、マルーテ様の出自については、大旦那様とマルーテ様、二人きりの秘密だったのだと思います」
それは、言えないだろう。
森の民とは、王国に仇を為す存在だと考えられていたのだから。
その森の民を妻としたと知られたら、王国に叛意があるのだと思われかねない。
「大奥様は、ジェレミー様に――ディーグリス様と結婚をすると、ハーミルトン家は破滅をすると伝えたようです」
「結婚前に、ですか?」
「はい」
シャルロッテの胸になんともいえない苦いものが広がる。
ジオスティルに恋をしている今だからこそ、理解できる。
たとえばシャルロッテが父の立場なら、怒りを感じ深く傷つくだろう。家族とは、本当は一番祝福して欲しい相手だ。
「破滅の予言とは、家の破滅のことか?」
何やら帳面に書き付けていたアスラムが口を挟む。
「いえ。それだけではないのです。ですが、ディーグリス様がハーミルトン家に来ることが、破滅への第一歩だと。それは大奥様の考えではありませんでした。ただ、声が聞こえるのだそうです。声が聞こえる。先が、見える。だから伝えなくてはいけないと、大奥様はおっしゃっていました」
「お祖母様はお母様を嫌っていたわけではないのですか?」
「マルーテ様には見えていたのでしょう。ディーグリス様がハーミルトン家の資金を食い潰し、シャルロッテ様を嫌い、使用人のように扱うことを。……アルシア様が、シャルロッテ様を虐めるように、仕向けることを」
「私は、虐められていたわけではありません。私が至らなかったから、文句を言われていただけです」
「花瓶を投げつけたり、服や髪をハサミで切り裂くことは、文句の一言ではすみません。……アルシア様がそれをすると、ディーグリス様はアルシア様をいっそう可愛がっていました。アルシア様は、シャルロッテ様で憂さ晴らしをすると褒められることを覚えていったのです」
「……酷いな」
「シャルロッテ。辛かっただろう」
アスラムが眉を寄せて、ジオスティルの手がシャルロッテの手に重なった。
シャルロッテは大丈夫だと、ジオスティルを見上げて微笑む。
もう――終わったことだ。それはただの過去だ。
ここにはシャルロッテを貶める者はいない。それを十分、理解している。
「そんな未来が見えてしまえば――ディーグリス様を好きになれるはずがありません。実際、ディーグリス様はハーミルトン家に来たその日から、調度品が貧乏くさい、全て取り替えろだの、大奥様の部屋が日当たりがいい場所にあるのが気に入らないだのと……散財をし、使用人を虐め、大奥様を敵視していました。私たちも、ディーグリス様を嫌っていましたから……歩み寄ることなど、できませんでした」
表面上はそれを出さなかったが、きっと伝わっていただろう。
あからさまにディーグリスを嫌う態度を出していた使用人たちは、次々と辞めさせられたのだと言って、アイーダは深い溜息をついた。




