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水の精霊ウェルシュ



 ジオスティルをベッドに寝かせると、シャルロッテは入り口前の広間へと向かった。


 ゲルドが運んだ荷物と共に、シャルロッテの荷物もそこに置いてある。

 入り口に並んでいる箱や樽には何が入っているのだろうと気になったが、勝手に調べるわけにもいかない。

 壁に立てかけてあった箒はそのままにして、トランクを手にするとシャルロッテは再び調理場に向かった。


 かまどの火はまだ燻っていたので、細めの枯れ枝や落ち葉で火力を強めると、大きめの枝を入れていく。

 炎が安定して大きくなったところで、小鍋に再びお湯を沸かした。


「本当は、ミルクでもあればいいのだけれど……」


 パンと干し肉を小さく千切って、ミルクで煮るとパン粥ができる。

 ここにはミルミ牛も三角角羊もいそうにない。贅沢は言っていられないかと、シャルロッテは沸騰したお湯の中にカサカサになった硬いパンを、包丁で一口大にきざんで入れて、干し肉も細かく刻んで入れた。


 それから再び裏庭に行くと、きょろきょろとあたりを見渡す。


「あった!」


 ミルミ牛の干し肉は煮出すと獣の臭みが少し出る。

 臭みを消すための香草を探していた。

 肉の臭みを取ることができるフェルルネル草は、自生していることが多い。

 草むらの中に箒のような形をした緑の葉をみつけたシャルロッテは、フェルルネル草を摘むと急いで調理場に戻る。

 

 シャルロッテは急いでいたので、このとき再び井戸が光っていることに気づかなかった。

 そして――井戸からふわりと光が浮かび上がり、シャルロッテの後をついてきたことにも。


 調理場に戻ったシャルロッテは、フェルルネル草を洗って細かく刻んだ。

 ぐつぐつ煮えている小鍋の中にフェルルネル草を入れて、レードルでかき回す。

 フェルルネル草に火が通ったところで、小皿にすくって味見をしてみる。


「うん。美味しい。大丈夫そうね」


 パンはくたくたに煮えていて、干し肉も柔らかくなっている。

 干し肉の薄い塩気がついていて、臭みも消えている。

 味は薄めだが、ジオスティルにとっては薄味のほうがいいだろう。


 できあがったパン粥を火からおろして、器によそる。

 彩りに、小さく切ったフェルルネル草を散らしたところで、シャルロッテは自分の傍にふわふわ浮いている青い光に気づいた。


『それは何』

「わ!」


 突然話しかけられて、思わず両手に持っているパン粥の器を落としそうになる。

 シャルロッテは慎重に器を持ち直すと、ふわふわ浮かぶ光に視線を向けた。

 光の中には、先程井戸の傍で見た少女の姿がある。

 全体的に水色で、ゼリーのように半透明でつるんとしていて、長い髪に、水をそのままドレスにしたような服を着ている。

 そしてその背中には、青い蝶々のような羽がある。


 シャルロッテの手のひらの上に乗ってしまうぐらいの、小さな少女である。


「あなたは、井戸の場所を教えてくれた子ですね。もしかして、辺境に住んでいるという魔獣ですか?」

『あたしが魔獣ですって! 失礼ね、ニンゲン!』

「魔獣ではないのですね。ごめんなさい。私はシャルロッテといいます、はじめまして」

『挨拶ができるのね、ニンゲン。よいこころがけね。あたしは、ウェルシュ』

「ウェルシュさん」

『そ! 水の精霊よ!』


 ウェルシュは胸をはってこたえる。

 腰に手を当てて、胸を張る小さなウェルシュの言葉に、シャルロッテはかつて侍女頭から聞いた話を思いだしていた。


『大奥様は、精霊の声が聞こえたようです』

『だから、奥様は気味悪がっていて――』


「……精霊」

『そう、精霊。ねぇ、シャルロッテ。そんなことよりも、それは何なの?』


 ウェルシュは興味津々という感じで、シャルロッテの持っている器の中をのぞきこんだ。

 

「これは、パン粥ですよ。ジオスティル様に食べていただく為につくったんです」

『パン粥ってなに?』

「少し余っていますから、食べてみますか? 井戸の場所を教えてくれたお礼です」


 果たして精霊とはご飯が食べられるのだろうかと疑問に思いながら、シャルロッテは手にしていた器をテーブルに置くと、小さめのスプーンに一口分パン粥をすくって、ウェルシュの前に差し出した。

 ウェルシュは小さいので、それでも十分量が多い。

 

『食べる。朝露を飲むみたいに?』

「ええ。口に入れて飲み込むことです。でも、精霊は食事ができないかもしれないので、無理はしないでくださいね」

『うん』


 ウェルシュはスプーンに小さな口をつけた。

 ほんの少し口に入れただけなのに、すぐにその口はいっぱいになってしまったようだった。

 頬をおさえて、口を押さえて、ウェルシュはもぐもぐとパン粥を咀嚼して飲み込んだ。


『――おいしい! なにこれ、美味しいわ、シャルロッテ。ニンゲンは、こんな美味しいものを食べるのね?』

「おいしいならよかったです。食材が少ないので、たいしたお料理はできませんでしたけれど……」


 その時だった。

 黒い影がシャルロッテの元に駆け込んでくる。


「散れ!」


 シャルロッテを庇うようにした黒い影――ジオスティルは、ウェルシュに向かって手のひらを突き出した。

 ジオスティルの手のひらに、円を組み合わせてつくったような形をした光の方陣が浮かび上がる。

 嫌な予感がしたシャルロッテは、ウェルシュを庇うためにジオスティルとウェルシュの間に転がるようにして走り、大きく両手を広げた。


お読みくださりありがとうございました!

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