天馬での見回り
蒼月の背に乗ってウルフロッドの地を見下ろす。
人の手が入らないせいで森林や草むらが多く、かつては畑や町だったのだろう名残のある場所を背の高い草が覆いつくしている。
シャルロッテは蒼月の馬首を撫でた。
モネから蒼月を貰い受けてから、訓練のためになんどもその背に乗り空を駆けた。
ジオスティルが魔力で生み出したエルフェンスは荷運びようの獣で、空を飛ぶことができるが、さほど速くはない。
蒼月は元々の機敏さでそのまま動けるようだ。
蒼月も荷運びをするための馬だが、モネが言うには「本当は戦い用の騎馬なのよ。お父さんのために育てていたんだから間違いない」らしい。
ゲルドが鬼神のゲルドと呼ばれていたころ、無月という馬に乗っていた。
その馬はもう亡くなってしまったが、無月の子供たちが蒼月と赤月なのだという。
足の太いゴルテオ馬の方が、場合によっては騎乗用のエルド馬よりも俊敏に早く駆けることができ、持久力にも優れているのだと。
馬について語るモネは生き生きしていた。
あまり家に帰ってこないゲルドや、それから――母が病に倒れてからは、馬たちがモネの支えだった。
モネが無月の子供をとりあげて、老いた無月の世話をして、蒼月と赤月も育てたのだという。
『サラマンド様は助けられたけれど、他の大精霊様たちはどこにいるのかしら』
『サラマンド様にも分からないんだって。大地が魔素で満ちているから、探れないって』
『ウェンディ様に早く会いたいのに』
『そうよね。他の子たちにも会いたいわね。すごく、寂しいわ』
シャルロッテの両肩には、アマルダとウェルシュが乗っておしゃべりをしている。
ぷにちゃんはお留守番だ。アマルダとウェルシュは空を飛べるが、ぷにちゃんは飛べない。
落としたら大変なので、ニケやテレーズの遊び相手になってもらっている。
「早く、みつかるといいのですが……どこにいるのでしょう」
『精霊王様たちが戻ってきてくれたら、ユグドラーシュを復活させられるわ』
『魔素汚染も止められる』
「私のおばあさまは森の民で、精霊と話ができたそうです。おばあさまは、この国の滅びを予言していた。この国は、滅びに向かっているのですよね」
『そーよ。このままじゃニンゲンは生きていけないわ』
『動物もね』
『ま、あたしはニンゲンなんて嫌いだから、どっちでもいいけど』
『でも、シャルロッテは好き。ウルフロッドの皆も好き。サラマンド様は優しいから、人が滅ぶことを悲しんでいるわ。できれば止めたいと思っているのよ』
『ロッテのおばあさんが聞いていたのは、あたしたちの声ではないわ。きっと精霊王様とお話しできたのね』
『森の人々は私たちと話ができたけれど、でも、私たちは滅びが来ることなんて知らないわ。精霊王様は未来が見えた。精霊王様は世界そのもの。万物を司る万能な、神様。だから、滅びも知っていたのではないかしら』
次々としゃべりかけてくるアマルダとウェルシュに口を挟めないままに、シャルロッテは頷いた。
それからふと気になって尋ねてみる。
「精霊王様は、ジオスティル様のようにお強かったのですよね。どうしてユグドラーシュは折れてしまったのでしょう」
『精霊王様は、人を傷つけないの』
『精霊王様は誰も傷つけないの』
「王国の軍が攻めてきても、抵抗をしなかったということですか?」
『わからないわ。私はウェンディ様に逃げなさいと言われたの。気づいたらあの井戸の中にいたのよ。力を失いかけていたから、あの井戸の中で静かにしていた。ジオスティルに見つかると殺されそうになるから、逃げ回りながらね』
『私はサラマンド様の傍に。サラマンド様があんな姿にされてしまって、どうすることもできなくて。傍にいたわ、ずっと』
『でも、ロッテ。あなたの傍にいると、なんだか力を貰えるみたい』
『私たちは大精霊様の傍で生きる存在だけれど、あなたの傍でも生きられるみたい』
「それは、私が森の民の血をひいているからでしょうか」
アマルダとウェルシュはそれはわからないと、肩を竦めた。
結局、森の民がなんなのか――シャルロッテにもよくわからない。
あるいは祖母が生きていれば、話が聞けただろうか。
森の民の生き残りがいたとしたら。
ジオスティルが生まれた日、王国軍は森の民も全て滅ぼしてしまったのだろうか。
祖母は何故、森から出て祖父と結婚したのだろう。
疑問に答えてくれる者はいない。新しいことを知るたびに、疑問ばかりが増えていく。
『ロッテ、魔獣よ! 馬車が追われているわ!』
ウェルシュが大きな声をあげた。
大きな川にかかる橋を抜けて、馬車がどこかに向かっている。
その後を、巨大な狼のような姿をした影の獣が追っている。
アマルダが空に炎を何度かうちあげた。魔獣が出たという合図だ。
シャルロッテは蒼月の綱を引いて、最近習うようになった槍を手にすると、魔獣に向かって蒼月に空を駆けさせた。




