天馬の誕生
好きだという気持ちが、通じ合ったせいだろうか。
ジオスティルの顔を見るだけで、その声を聞くだけで心臓の奥から指先までを、あたたかいものが満たしていく。
それと同時に気恥ずかしいものを感じて、シャルロッテはうつむいた。
けれど――うつむくということは、あなたを嫌いですと宣言しているような気がして、勢いよく顔をあげるとジオスティルを見上げてにっこり微笑んだ。
「……っ」
今度はジオスティルが困ったように目を伏せて、頬を染める。
「だからそういうのは、俺たちのいないところでやれ」
「アスラム怒ってる」
「アスラム、怒りっぽい男はモテないって、母さんが言ってたよ」
アスラムに藁をとってもらったニケとテレーズが、アスラムの服をひっぱりながら言う。
アスラムは首を振りながら「何故俺に構うんだ、ガキどもめ」と言い、「ガキって言った!」「姫だよ!」と叩かれた。
「――ところで、天馬の話だが」
ジオスティルはアスラムたちの様子を微笑ましそうに眺めた後、モネの馬に視線を向ける。
「あ! 天馬じゃなくなってしまって残念っていう話ですか? もちろん、馬は馬のままで可愛いし格好良いし最高なのですけれど、翼がはえて飛ぶことができたらもっと最高だなと思いまして」
「童話なんかじゃ、竜に乗る騎士が出てくる。竜に乗れば竜騎士というが、天馬に乗れば天馬騎士か」
イリオスも話に加わってくる。
天馬騎士――とは、天馬に乗る騎士。
エルフェンスに乗って夜の見張りに何度も行ったことのあるシャルロッテは、空から見る地上の、その視界の広さを覚えている。
天馬に乗って戦うことなどできるのだろうかと疑問に思うが、空から強襲されて空に逃げられたら、地上にいる人々は手も足もでないだろう。
「イリオスさんは、天馬に乗りたいの?」
「いや、どうかな。のるなら竜がいいな」
モネに尋ねられて、イリオスは首を振った。
「馬、竜、天馬……」
「エルフェンスもとても可愛いと思いますよ……! 私は好きです!」
「ありがとう、シャルロッテ。いや、特に気にしているわけではないんだ。ただ、エルフェンスは俺が魔力でつくった動物だが、馬を天馬にしたままにするのはやったことがないと思ってな。竜も、サラマンドが竜であったときの姿を見ている。作れなくは、ないだろうが」
『生き物を作るなんて、まるで精霊王様みたい』
『そうだわ。そうよ。精霊王様みたい』
『ジオスティルはサラマンド様に勝てるぐらいに強いのだもの』
『精霊王様も美しい姿をしていたわ』
『ジオスティルみたいに』
いつのまにか、シャルロッテの肩にウェルシュとアマルダが乗っている。
二人の精霊が好きなように左右の耳元で話すので、シャルロッテは口をはさめずに困ったように笑った。
おしゃべりな女の子たちを肩に乗せているようだった。
精霊王様も――人の姿をしているのだろうか。ジオスティルのように美しい姿を。
「ジオスティル様、私の馬を天馬にしてくれるのですか!?」
「……試してみても、いいかとは思うが」
「やった! では、蒼月と赤月をお願いします。一頭は私が乗ります。もう一頭は、ロッテちゃんに」
「私ですか?」
「ええ、もちろん! 空を飛ぶのだから乗り手は軽い女性のほうがいいだろうし。蒼月も赤月も、ロッテちゃんが好きみたいだもの」
「嬉しいです。ありがとうございます」
シャルロッテは、二頭の馬の顔を撫でる。黒々とした目が光っている。親愛の感情を向けるように鼻頭をすりつけられた。その濡れた感触に、シャルロッテは微笑んだ。
「では、こちらに」
蒼月と赤月が、馬舎から外に出されて広々とした庭へと連れていかれる。
ウルフロッドの人々は、今はシルヴェスタンの大浴場の作りの手伝いを中心に行っている。
まだ小さい、ガゼボのような神殿ではサラマンドが眠りについている。
眠りについたサラマンドは、丸い炎のような姿になっているので、ガゼボは大きなランタンのように見える。
「では」
ジオスティルは馬たちに手を翳した。
途端にその体が輝いて、一瞬のうちに美しい翼がはえる。
蒼月と赤月はなんだか自慢げに、背中からはえた翼をばさりとはばたかせた。
「きゃー! 格好良いわ、二人とも! もともとの二人も素敵だけど、天馬になった姿も素敵! ジオスティル様、元に戻ったりはしませんか? 急に元に戻って空から落ちたりはしませんか?」
モネが二頭の首に抱きついて、ぐいぐい自分の体を押し付ける。
ニケとテレーズも二頭に抱きついて「お馬さん」「羽がはえたねぇ」と口々に馬たちを褒めた。
「元には戻らない。大丈夫だ。俺が死ねば、魔法がとけるだろうが」
「縁起でもないことを言うなよ、坊ちゃん」
「そうだぞ、ジオスティル。シャルロッテが泣くだろう」
「大丈夫ですよ、ジオスティル様。私があなたを守ります。モネさんから天馬をいただけるのですから、もっと強くなりますね、私」
王都で人を傷つけた時、そのあまりにも生々しい感覚にシャルロッテは恐怖を覚えた。
剣は人を傷つけるもの。ナイフは人の肌を切り裂くものだと。
けれど、今は違う。
この大切な場所を護るために、できることをしたい。
誰も傷つけずにすむように、誰かを守るためにふるう力なら、それは尊いものだと思うのだ。
「じゃあ、シャルロッテ。蒼月を、あなたの天馬に。大事にしてね。もちろん、あなたのことだから大切にしてくれるとは思うけれど」
「モネさん……知り合ったばかりなのに、どうしてそんなに信じてくれるのですか?」
「当り前じゃないそんなの。馬はしゃべれないでしょう? でも、目を見れば気持ちがわかる。人も馬も同じだわ。目を見れば、優しい人なのかそうじゃないかなんてすぐにわかるのよ」
「ありがとうございます、モネさん」
「ええ」
同い年の同性の友人というのはこんな感じなのだろうか。
なんだか少し、くすぐったいような気持ちになった。




