ハーミルトン家の過去
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母は、様子のおかしな女だった。
いつもここではないどこかにいる者と会話をしているような雰囲気があり、そんな母に父は崇拝に近い思いを抱いているようだった。
嵐を言い当て、長冬を言い当て、豪雪を言い当てた。
母が長雨になるといえばその通りになったし、雨が降らない日が続けば、母の祈りが雨雲を呼んだ。
皆は母を崇拝していたし、実際優しい人だったとは思う。
けれど私は、そんな母がおそろしかった。
あれは魔性のものではないのか。一体なんなのか。
父は母のことを「神の森から来たんだよ」と言っていたが、母の出自については私はよく知らなかった。
どこかの貴族の女性というわけでもない。
他に家族がいる様子もない。
母について疑惑を感じているのは私だけのようだった。ハーミルトン家の屋敷の中で、私は孤立していた。
やがて私は貴族学園でディーグリスと出会った。
私の孤独を理解してくれたディーグリスに私は心底惚れた。
私は伯爵家で、ディーグリスは侯爵家の娘。身分差を考えると結婚は難しいように思えたが、ディーグリスは求婚に応じてくれた。
しかし私たちの結婚は、祝福されなかった。
母が「その女は破滅を呼ぶ」と、ディーグリスのことを悪く言ったのだ。
当然、喧嘩になった。
「あなたは、私がディーグリスと結婚するのが気にいらないだけだろう! いつもそうだ、なんでもかんでも知っているというような顔をして! 挙げ句の果てに私の結婚相手にまで口を出そうというのか!」
「落ち着きなさい。私は事実を伝えています。あなたの結婚相手は破滅を呼ぶ。これは真実です」
「どう破滅するというのだ」
「破滅なのか、再生なのか。それは判断が難しいことですが、ディーグリスという女性はハーミルトン家を破滅させます。それは間違いありません」
「うるさい!」
私と母の不仲に心を痛めたせいか、それとも単純にただの病気だったのか、ディーグリスと結婚をしてすぐに父は亡くなった。
母はディーグリスを嫌い、会話を交わそうともしなかった。
使用人たちは母を慕い、ディーグリスを蔑ろにした。
私はそれが哀れで、できる限りディーグリスの思う通りにしてやろうと、なんでも彼女のいうことを聞いた。
ドレスを買い、宝石を買い。母を日当たりの悪い部屋に押し込めて、ディーグリスにできるだけ会わせないようにした。
「王国に破滅が訪れます。皆、破滅に備えるのです。やがて魚がとれなくなり、森からは動物たちがいなくなり、野菜も育たなくなります。食料を備蓄し、家を補修し、備えるのです。その日は近いようで遠い。けれども、近い」
ディーグリスと結婚してからしばらくして、母はそんなことをいうようになった。
使用人たちは破滅はディーグリスのせいだと思い込み、さらにディーグリスを冷遇するようになった。
古くからハーミルトン家に仕えてくれている家令も「若奥様は金を使いすぎなのでは」と苦言を呈するようになっていった。
仕方ないのだ。ディーグリスは裕福な侯爵家から嫁いできたのだから。
金を使わず我慢しろなどとはとても言えない。
私はその言葉で皆の不安が煽られることを危惧して、母を屋根裏に閉じ込めた。
使用人たちには、母に従ったものはクビにすると伝えた。
母は「残念です。せめて孫に会いたかった。希望の、光に」と言い残して、この世を去った。
そしてシャルロッテが産まれた。
シャルロッテはあまりにも、その色合いが母マルーテに似ていた。
まるで亡くなった母が再び赤子となって生まれてきたようだった。
ディーグリスは母を嫌っていたので、同じように赤子のシャルロッテを嫌い、触れようともしなかった。
私もシャルロッテの世話は使用人に任せた。
あの子は私の子ではない。私を恨んだ母が、ディーグリスの腹から私に復讐をしようとして出てきたのだ。
シャルロッテには母のように未来を言い当てたり、ここにいない誰かと会話するようなことはできなかった。
雨乞いもできなければ、嵐を言い当てることもできない。
母と同じ色をした役立たずだ。
だから売り払おうとしたのに、王都から人買いが来る前にハーミルトン家を逃げ出した。
そのせいで娘のアルシアが、人買い屋に連れていかれそうになってしまった。
先払いしてもらった金を返せと言われても、返せる訳がない。
ハーミルトン家にはもう金がないのだ。もうじき、侯爵家からルベルトが婿入りに来る。ある程度の支度金を持ってくるだろうし、ルベルトは王太子の側近をしている。
今は金がないが、そうすればきっと全てうまくいくはずだ。
母も、シャルロッテも、私の邪魔ばかりする。
だが──王太子は森の民を探しているらしい。
王都ではじめてそれを聞いた。ハーミルトン家は辺境に近い。王国の外れにある。そのせいで話が耳に入ってこなかったのだろう。
ようやく運が向いてきたのかもしれない。
きっと、いい金になる。場合によっては、王家に恩を売ることができる。
アルシアは可憐に育った。王太子にお目通りが叶えば、王妃になる道も開けるかもしれない。




