シャリオ・ウェストリア
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ウェストリア王家は、ウェストリア王国を治める神王の家系である。
かつて不毛の地であったウェストリアへ彷徨う人々を連れて神祖が降り立った。
神祖は土地に蔓延っていた魔性のものたちを追い出して、ウェストリア王国を建国した。
神とは、国王ウェストリアのことだ。
玉座に座るものが神となる。人々は王を崇める。それが神殿の教えである。他にもさまざまあるが、この国の主な教義を簡単に言えば、王を崇めよ──ということになる。
ウェストリア王国の北の外れにある、辺境ウルフロッド。
その地には魔性のものたちを崇めるまつろわぬ民が住んでいる。
まつろわぬ民は森の奥にある世界樹を崇めている。王を崇めなくてはいけないこの地で、彼らだけは王ではなく大きな一本の木を崇めているのだという。
そして彼らは別名『森の民』と呼ばれている。
世界樹に巣くう精霊と呼ばれる人ならざる者を従えて、ウェストリア王家から土地を奪うために、魔獣という恐ろしい化け物を操り、ウェストリアの民に危害を加えるのである。
それは、ウェストリアの民には秘された事実だった。
森の民や魔獣の存在を知っているのは、王家と辺境ウルフロッドを治める辺境伯だけである。
長らくその秘密は守られてきた。だが秘密というものはいつかは守られなくなものだ。
どこから噂が漏れ出したのか、この国には森の民という精霊の声を聞き、未来を予言できるものがいるのだと民の間で囁かれ出した。
森の民は世界樹を崇めているだけの、王家に従わない者たちである。
それだけなら害にはならなかったが、未来視というのは強力な力だ。人々の心を掴んで森の民こそが神だと言われかねない危険な力だ。
シャリオの父アステリオスは、今から二十数年前に、未来視などという噂をばら撒き人心を乱したとして、森の民たちの討伐と、世界樹の破壊を決めた。
シャリオはその時はまだ物心がつくかつかないかの年齢で、何が起こっているのかもよくわかっていなかった。
アステリオス率いる討伐隊が王都に帰還した時も、シャリオは母の腕に抱かれて窓から堂々と城への道を歩く騎馬たちを見つめていた。
母の腕は震えていた。「罪なき人々を殺めるとは、恐ろしいことが起こります、きっと起こります」と、シャリオに聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟き続けていた。
シャリオの母はそれからすぐに、病に倒れた。
病だったのか、それとも別の何かだったのか、今となってはわからない。
ウルフロッドから父が帰ってきてから、母はひどく父に怯えるようになったのだ。
精神の不調をきたしたのだと、城のものたちが噂をしているのを聞いた。母のそばには滅多に近づかせてもらえなかったが、人の目を盗んで母の寝室に足を運ぶと、母はシャリオを撫でて言う。
「あなたの進む道は、苦しいものになるかもしれない。覚えていてシャリオ、人は神にはなれないのよ」
王は神である。シャリオは神になるべく育てられている。
母の言っている言葉が、理解できなかった。
「善良で、公平な瞳で世界を見なさい、シャリオ。何が正しくて何が間違っているのか、まっさらな心で、あなたの心で判断をしなさい」
母の残した最後の言葉は、今でもシャリオの頭の中にこびりついている。
母は何に怯えていたのだろうか。何に、苦しんでいたのだろうか。
森の民は悪だ。世界樹から魔獣が現れる。ならば世界樹を破壊した父は人々のために善行を成したのだ。
そう言い聞かせてみても、違和感が拭えなかった。
ウルフロッドの地には、魔獣が溢れたのだという。
森の民たちが最後の力を振り絞り、ウルフロッドを呪われた地に変えた。
だから、近づいてはいけない。魔獣たちは辺境からは出てこれない。
賢きものは、あの地には近づかない。
どのみち、王国のはずれ。トカゲの尻尾を切るように、見捨ててしまっても王国には何ら影響はないのだ。
辺境伯があの地に残り、魔獣と戦っているという噂は聞くが、辺境伯から連絡をもらったことはない。
救援の要請もなければ、状況の報告もない。
気になってはいたが、母が亡くなり父も体調を崩した。
表立って政務を行うのはシャリオの役割となり、まだ王太子でありながらシャリオは玉座に座り忙しい日々を送っていた。
あえて、自分から辺境伯に連絡を取ろうとは思わなかった。生きているのか、死んでいるのかさえわからない。
名は、ジオスティルというらしい。王都と辺境は離れていて、情報はそれぐらいしか入ってこなかった。
だが──。
先日、王都近郊に、何本もの雷が落ちた。
その日は晴れていて、雷雲も出ていなかった。
それなのに、大地を揺るがすような雷が何本も落ちている姿を人々は見た。
そして、異変が起こり始めたのである。




