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重なる願い



 触れ合った唇が、すぐに離れていく。

 一本一本絡められた指に、わずかに力が入る。

 瞳を開くと、頬を染めたジオスティルの戸惑った瞳と目があった。


 その表情を見た途端に余計に恥ずかしくなってしまって、シャルロッテは耳まで熱くなっているのを感じる。

 真っ赤に染まってしまった顔が恥ずかしくて、ジオスティルから視線を逸らした。


「……嫌では、なかっただろうか」

「は、はい……」

「こういったことは初めてで、上手く、できたかわからない。ただ、不思議だな。触れ合うだけでとても、幸せな気持ちになる」

「……わ、私も、です。……私も……はじめてで、何かおかしなところがあったら、おっしゃってください」

「……これは」

「これは……?」

「君が、可愛いという、感情が……。可愛い、シャルロッテ。君のいろんな表情が、見たい。もっと、触れたい。こんなふうに、感じるのだな。……とても、幸せだ」


 遠慮がちに微笑むジオスティルが、シャルロッテの頬を、唇を撫でる。

 顔にかかった髪を耳にかけて、薄い耳を指で挟むようにして触れる。

 くすぐったさに、眉根を寄せた。

 猫のように、顎があがる。首筋が伸びて、まるで甘えるかのように指の触れる耳の方向へと顔が傾いた。


「ん……」


 シャルロッテは目を伏せて、じっとうごかないように気をつける。

 妙に甘い声が漏れてしまいそうなのが気になる。耳はこそばゆく、首は、切ないような緊張が走る。


「君が、俺の元に来て。俺は、一人ではなくなった。十分に幸せだと思っていたのに……君が好きなのだと気づいたら、もっと、多くを求めてしまう。……もし君に受け入れてもらえなかったらと、今更ながら……不安になってしまうし、嫌われたらと、心配になってしまう」


 自分の感情を一つ一つ確認するように、ジオスティルはぽつぽつと続ける。


「人が、人と愛し合うことを、俺は理解できていなかった。人の営みとは、外れた場所にいるのだと、その円環の中には入れないのだと、諦めていたし、入ろうとも思わなかった。罪人だからと。……だが、今は、気づけてよかった。伝えられてよかった」


「ぁ……」


 言葉が、肌を撫でるようだった。純粋で、苦しいぐらいに強い思いが、シャルロッテの心を無理やりこじ開けていく。

 愛されたかった。寂しかった。必要としてもらいたかった。

 心の奥にしまい込んでいた、幼い頃の自分を強く抱きしめてもらっているようだった。

 大切そうに髪を撫でて、指を絡めて、そのひと房に唇が落ちる。


「あ、あの……ジオスティル様」


「うん」


「……そ、その」


 想いを伝えあった前と後では、全てが違うように思える。

 触れる指先の動きも、注がれる視線も、何もかもが気恥ずかしく、一緒にいると安心できたのに、今は緊張と羞恥と落ち着かなさと、それ以上の喜びと、そんなものでいっぱいになっている。


 透明度の高い湖のように美しいばかりだったジオスティルが、今はその湖に睡蓮が咲いたように艶を感じる。


「ジオスティル様、近く、て……恥ずかしい、です」


「あ……す、すまない……! つい、浮かれてしまって」


 羞恥心の限界を迎えて、体を震わせて小さくするシャルロッテから、ジオスティルは慌てて離れた。

 なんとも言えない沈黙が、部屋を支配する。

 もしかして、拒絶したと思われてしまっただろうかとふと不安になって、シャルロッテは赤く染まったままの顔をあげた。


 おずおずと手を伸ばして、ジオスティルの服の端を摘む。


「……あの……嫌、ではないんです。……ただ、恥ずかしいだけで」


「あ、あぁ。……シャルロッテ、その……何か嫌なことがあったら、言ってくれ。俺は君に、嫌われたくない」


「嫌なことなんて、ありません。ジオスティル様にしていただくことは……全部、好きだと……思います」


「……っ、シャルロッテ……」


「は、はい。あの、ごめんなさい……緊張、してしまって……おかしいですね。好きだと思うほどに、緊張してしまうみたいで」


 ジオスティルはシャルロッテの手を取って、包み込むようにもう片方の手も重ねる。


「……シャルロッテ。俺は、必ず君を守る。役割を果たして、ウルフロッドを君のために、穏やかな場所にしたい」


「はい、私もお手伝いしますね、ジオスティル様」


「あぁ。……ちゃんと、終わらせよう。全てを。君と二人で、静かに暮らせる場所を、俺はつくりたい」


「私も、あなたがその力を使わずに、笑って暮らせる場所をつくりたいです」


 手を握り合って、微笑み合う。

 特別な、約束だった。


 きっとその願いは叶うだろう。

 根拠はないけれど、そう思う。

 だってこれからは一人ではない。ずっと──二人なのだから。


 胸に広がる幸せに、シャルロッテはにっこり微笑んだ。

 ジオスティルは何か眩しいものを見るように、シャルロッテを見つめて、何かに祈るようにこつんと額を合わせた。



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