表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/130

食料のない家



 ジオスティルはシャルロッテの腕を掴んだまま、逡巡するようにしばらく黙り込んでいた。

 それから、薄い唇を開く。


「食料は、探しても多分、ない」

「え……え、まってください、待って、辺境伯様……!」

「ジオスティルでいい」

「で、では、ジオスティル様。ええと、その、ジオスティル様は何を食べて生きているのですか? 最後に食事をしたのはいつなのです……!」


 シャルロッテは慌てて言った。

 シャルロッテでさえ、一日一回は乾燥したパンや干し肉を与えられて生きていたのだ。

 それなのに、食料が何もないとは。

 水ものまず、食事もしないで生きている人など、シャルロッテは知らない。

 それは人ではない、何かだ。


「俺は、魔獣ではない。人間だ」

「魔獣とは、ご飯を食べずに生きられるものなのですか? 魔獣とは思っていませんけれど、本当に吸血鬼なのかなって思いました」

「吸血鬼とはなんだろうか」

「それはまた今度説明します。そんなことより、お屋敷に食料がない理由を教えてください」


 シャルロッテの訝しげな視線に気付いたのか、自分は人間だと主張するジオスティルに、シャルロッテは尋ねる。


「それは……あるには、ある。木の実、などが。……しかし、あまり食べるとなくなってしまうから、たまにしか食べない。それに、食欲もない。寝ている時間が長いせいで、あまり腹も空かない」

「ジオスティル様……街の市場などにお買い物には行かないのですか? お金があるのだから、届けて貰えばいいではないですか」

「辺境では常に食料は、不足している。俺が、街の者たちの分の食料を、奪うわけにはいかない。届けさせるなどという、危険なことも頼めない」

「……色々事情があるのですね、わかりました」


 ジオスティルの言っていることが、シャルロッテにはあまりよくわからなかった。

 グリーンヒルドでは、市場に行けば食べ物が手に入った。

 といってもそれは、シャルロッテの食べる分ではなくて、ハーミルトン家の者たちや、シャルロッテ以外の使用人たちの食べる分だったのだが。

 ハーミルトン伯爵家では、使用人が次々とやめていった。

 ひどい扱いを受けているシャルロッテや、傲慢な伯爵家の者たち、それに感化されるようにシャルロッテを嘲笑い、仕事を押し付ける使用人たちに耐えかねて──心ある者たちから、姿を消していった。


 あとに残ったのは、心ない者たちばかりだった。

 使用人の分の食事を、シャルロッテの分を残さずに全て平らげて「お前は後片付けでもしておけ」「古くなったパンと、野菜クズがあったでしょう? 捨てるのは勿体無いのだから、食べておいてちょうだい」などと言って、せせら笑うのだ。


 それでも、食事がない──ということはなかった。

 ジオスティルが我慢しなくてはいけないほどに、街の人々は飢えているのだろうか。

 

(ここまでくる時に見た辺境の土地は、とても広いから……野菜だってたくさん、育てられそうなのに。水だって、たくさんあるし、森もあるから、食料は豊富な気がするのに)


 詳しいことはわからない。

 けれど今は食事が先だと、シャルロッテは意志の強い輝く瞳でジオスティルを見上げて、安心させるように微笑んだ。


「わかりました、ジオスティル様。私、家を出る時にパンと干し肉を持ってきているんです。ご飯がなかったら食べようって思っていて……でも、ゲルドさんが美味しいご飯をたくさん食べさせてくれたから、両方まだ食べずに、余っているんですよ」

「それは、君の分だ」

「私はたくさん食べて元気いっぱいですから、大丈夫です。ジオスティル様、干し肉は硬いですし、パンもカチカチになっていますから、少し煮て柔らかくしてきますね。ジオスティル様が食べられるように」

「……シャルロッテ。俺は大丈夫だ。君はここから、自分の家に帰らなくてはいけない。どんな事情があっても、ここにいるよりはずっと、まともだ」

「それは……そんなことはないです、多分」


 ジオスティルは事情を知らないから、そんなことが言えるのだと、シャルロッテは一瞬思った。

 けれどすぐにその気持ちを打ち消した。

 シャルロッテはジオスティルに何も話していないのだから、そう思われるのは当たり前だろう。

 どうやら魔獣というのは危険な存在で、辺境の地に住むことが難しいぐらいにはたくさんいるのだと、理解できた。


「シャルロッテ……俺は今、君を傷つけるようなことを、言っただろうか」

「いいえ! そんなことはありません。ジオスティル様、もう少し横になって待っていてくださいね。すぐにできますから」


 シャルロッテはずっと、ジオスティルに腕を掴まれていることに気づいた。

 その手を優しく取って外して、そっと背中を押して、ベッドに案内する。

 

(ジオスティル様は、優しくていい方。領民たちのために食事を我慢して、私の表情で、私の気持ちにすぐに気づいてくれた)


 病人を放っておけないと、シャルロッテは思っていた。

 けれどシャルロッテの気持ちは、病人という記号のついた誰かではなく──ジオスティルを放っておけない、というものに変わり始めていた。




 

お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ