ウルフロッドへの帰郷
逃げていた馬たちの内の何頭かが戻ってくる。
モネが嬉しそうに馬たちに駆け寄り「戦利品として貰っていきましょう! ロッテちゃんに酷いことをした慰謝料よ」と、その手綱をひいた。
「そんなに馬を奪ってどうするんだ」
「辺境に連れて行くのよ。馬たちだって、こんな連中に飼われているよりは、私が世話をしてあげたほうが幸せよ」
やれやれと、ゲルドが首を振る。
「そういうわけだ、坊ちゃん。俺たちも辺境に住むことになった。困ったことにな」
「心強いが、いいのか、ゲルド」
「あぁ。王都にはいられなくなった。……墓守はもうやめろってことだろうな、きっと。まぁ、荷運びの仕事じゃろくに傍にはいてやれなかったが」
「母さんも喜んでるわよ。母さんは自由な父さんが好きだったもの」
「そうだといいがな。。……だがまぁ、辺境で魔獣と戦うのも悪くない。お前ももう立派にでかくなった。お前がでかくなるまでは死ねねぇと思っていたが、そう思う必要もなくなったな」
「嫌なこと言わないで、父さん。自由に生きるために辺境に行くのよ、私たちは」
モネは馬に好かれる性分なのだろう。
馬首を撫でて手綱を引くと、モネに馬たちが従った。二頭だった馬が、十頭に増える。
「この数の馬を連れて移動するのか。難儀だな」
「それなら――」
シャルロッテを片手に抱いたまま、ジオスティルは馬たちを指で示した。
馬たちの背に翼がはえる。
翼のはえた馬たちには黄金の鎖が繋がっていて、その先頭にはエルフェンスがいる。
エルフェンスが飛び上がると、翼がはえた馬たちも一緒に空へと飛び上がった。
怯えてもいないし、暴れる様子もない。
むしろ、空を飛べることが誇らしいような顔をしている。
「これで、ひいていける」
「わ! すごい! 辺境伯様、私の蒼月と赤月には翼がはえないのですか」
「可能だが、いいのか」
「はい! 是非!」
蒼月と赤月にも翼がはえて、荷台はシャボンのような泡に包まれた。
「きゃー! 格好いい! 二人とも格好いいわ! 蒼月、赤月、天馬になったのね!」
モネが喜びの悲鳴をあげて、蒼月と赤月の首に抱きついた。
ゲルドは戸惑った顔で「空を飛んで行くのか」と呟いて、モネに「あら、怖いの、父さん?」とからかわれている。
ジオスティルはシャルロッテを抱き上げると、黒い翼を羽ばたかせて飛び上がった。
ゲルドやモネが、天馬になった馬たちと共にそれを追いかける。
黒い悪魔は花嫁を連れ、天馬とともに辺境に戻っていく。
その姿をエゼルは草原に倒れたまま見上げていた。
まるで神のようだと思いながら。
王都からの荷物と馬たちと、新しい移住者であるゲルドとモネを辺境の皆は喜んで受け入れた。
「ロッテちゃん、無事でよかった!」
「ロッテ、無事でよかったよ」
ウルフロッドにつくなり、皆がシャルロッテに駆け寄ってくる。
「突然ジオスティルが血相を変えて、ロッテを助けに行くって言ったときは何事かと思ったがな」
「この馬たちは一体」
「立派な馬だな。これは、騎兵用のエルド馬だ。荷運び用の馬とは違う」
イリオスやアスラム、ウィリアムが天馬となって舞い降りてきた馬たちを眺めながら言う。
「蒼月も赤月も、エルド馬よりも早く立派です! でも、この馬たちもとっても素晴らしいのは認めますけれど!」
すかさず威勢よくモネが声を張り上げる。
驚いた男たちは謝り、ゲルドも苦笑しながらぐいっとモネの頭に手を置いてさげさせた。
「すまねぇな。俺の娘だ。血の気がおおくてな」
「あんたの娘か。似てねぇな」
「本当に似てないな……」
「モネです、よろしくお願いします! 独身です!」
「やめろ、モネ」
ごつんと、ゲルドがモネを殴った。
何があったのかと話しかけてくる皆にシャルロッテは事情を説明しようと口を開いたところで、ジオスティルに「シャルロッテは疲れている。少し休ませてやりたい」と言葉を遮られる。
皆は顔を見合わせると、労るような表情を浮かべて頷いた。
ウルフロッドの者たちの優しさや気づかいに、瞳が潤む。
――帰って来れてよかった。
もう、この場所に戻れないかとさえ思ったのだ。
ジオスティルの部屋のソファに、シャルロッテはおろされる。
ややあってノックの音が響き、ハンナが「心を落ち着けるミントティーですよ」と言って、ミントティーとラズベリーパイを持ってきてくれる。
「シャルロッテ。気持ちが落ち着くまでは、部屋にいていい。俺の部屋で、悪いが。君を一人にしたくない。君と、離れたくない」
二人きりになると、ジオスティルはシャルロッテの隣に座って、膝の上に置いてある手に優しく自分の手を重ねた。




