器用なジオスティル
ゲルドが焼け焦げたエゼルの背中を踏みつけながら「面白ぇ姿だな、エゼル」と言って笑っている。
モネは馬たちを「頑張ったわね」と撫でて、ウェルシュはシャルロッテの服の中に入ってくると『怖かったわ、怖かったわよ!』と涙声で言って、隠れてしまった。
「ジオスティル様、どうして、ここに」
「ウェルシュの声が、アマルダに聞こえたそうだ。シャルロッテが大変、すぐに来て、助けてと」
「で、でも、ジオスティル様、辺境が……」
「サラマンドの守護があり、イリオスたちがいる。ほんの数週間俺が不在でも、問題はないだろう。……そう思えるようになるまで、時間がかかってしまった」
シャルロッテの乱れた服を、ジオスティルの長い指が整えていく。
先程酷いことを言ったのに、ジオスティルの言葉には気づかいが満ちている。
「アマルダの話を聞いて、すぐに辺境を出た。俺は……間に合わなかっただろうか。シャルロッテ、怖い思いを」
「大丈夫です。……何もされていません」
「不躾な問いかけだった。言わなくていい、シャルロッテ」
「本当に、大丈夫なんです。……私」
甘えてはいけない。頼ってはいけない。
自分を戒めているのに、語尾が弱々しく小さくなって、声が途切れる。
「シャルロッテ。俺は、君の傍に。アマルダから君の危機を知らされた時、俺は何よりも君を優先したいと思った。あれほど守らなくてはと思っていた辺境の地が、どうでもよくなってしまった。君が傷つけられて、どこかにいなくなってしまうことを考えるだけで、目の前が真っ暗になった」
腕を掴まれて、やや強引に抱きしめられる。
背中の羽も手のように、ジオスティルの腕と一緒にシャルロッテの体を周囲から隠すようにして包み込んだ。
「すまなかった。俺を責めていい。君の元に辿り着くのが、遅くなってしまった」
「ジオスティル様……私……っ、ごめんなさい! 関係ないなんて、言ってしまって」
「気にしなくていい」
「でも、ごめんなさい。酷いことを言いました。助けに来てくださって、嬉しかったのに。ごめんなさい……!」
今までずっと堪えていた涙が、堰を切ったようにあふれだした。
苦しかった。怖かった。
家族に見捨てられて。自分の価値など、道具として売られることぐらいしかないのだと。自分の命は石ころ程度の価値しかないのだと。思い知らされるようで、痛かった。
自分の問題だ。一人でなんとかしなければ。
誰かに頼りたくない。迷惑をかけたくない。そればかりを考えて、まるで真綿で首を絞められるように、息苦しかった。
「シャルロッテ。俺は気にしていない。それが君の本心でないことぐらいは、分かる。……これでも、君よりも長く生きている。今まで君に頼ってばかりだったが……俺を、頼って欲しい」
「……っ、はい、……怖かった、です。……もう、皆の元に、帰れないんじゃないかって思いました。あなたと、二度と会えないんじゃないかって」
あの場で穢されていたら、シャルロッテは二度と辺境の地に帰ることなどできなかっただろう。
恐怖で震える体は、ジオスティルに掴まっていないと四肢がばらばらになって、崩れてしまいそうだった。
「シャルロッテ……無事でよかった。もう話さなくていい」
「はい……」
ジオスティルの胸に顔を押し付けると、零れた涙で服が濡れた。
不健康で細身だった体が、今はとても逞しく感じられる。全ての怖いことから守られているようで――ひどく切りつけられたような心の傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「ゲルド、彼らはどういう人間なんだ?」
「そんなことも分からねぇで攻撃したのか、坊ちゃん。すげぇな」
「善良か悪人かぐらいの区別はつく。ウェルシュは混乱していて、アマルダも混乱していた。俺には精霊の声は聞こえない。アマルダの身振り手振りで、危機を察知して飛んできたんだ。だから、詳しいことはわからない」
「小さいのの身振り手振りでシャルロッテが危険だってわかったのか? それもまたすげぇな。場所までわかるってのはな」
「王都の方角にひたすら飛んだ。追われている荷馬車と、追う騎馬が見えた。見つけやすくて、助かった」
「てっきり、皆殺しにするのかと思ったぞ。嬢ちゃんが関わると、見境がなくなるだろう、お前は」
「あぁ。そうらしい。……どの言葉も本心だ。だが、シャルロッテが俺を止めたので、思いとどまった」
ゲルドは呆れたように肩を竦めて嘆息した。
モネはエゼルたちの傍にしゃがみ込んで、呼吸があるかどうかを確認して、立ち上がる。
「意識はないけど、生きてますね。でも、全治一か月以上ってところでしょうか。今のが、辺境伯様の不思議な力ですか……凄いですね」
「力を加減したから、死んではいないはずだ」
「このまま転がしとくか? それとも捕まえて衛兵に差し出すか? 衛兵に差し出したら面倒なことになりそうだな。王都の衛兵は、王家の管轄だ。急な落雷に全員うたれたとでも言うか? そもそもあんたの力は、王家に知られてるのか」
「……このまま、捨てていこう。十分に痛い目を見た。シャルロッテには二度と手を出さないはずだ。また来るようなら、次は――殺す」
低い声が、涼しい風が吹く草原を凍り付かせた。
エゼルの体がぴくりと動く。恐らく聞こえている。
「またあくどいことをするかもしれねぇぜ。いいのか?」
「彼らを取り締まるのは、俺の役割じゃない」
ジオスティルはそういうと、エゼルたちから視線をそらす。
モネがゲルドの腕に自分の腕を絡めて「派手にやらかしたから、もう王都にはいられないわね父さん。暴走荷馬車に乗ってたのが父さんだって皆見てたもの。私たちも辺境に行くしかなくなったわね!」と、弾む声で言った。




