ジオスティルとの再会
もう大丈夫だと両手を広げるシャルロッテを、ジオスティルは一瞥した。
視線だけで、そこを退けと言われているのが分かり、シャルロッテはぶんぶん首を振った。
自分を襲った男たちを守ろうとしている姿にも見える。
だが、シャルロッテにはもちろんそんな気持ちはない。ただ、嫌なのだ。
エゼルとの関係は、シャルロッテの生家と、シャルロッテの個人的なものにしか過ぎない。
ハ―ミルトン伯爵家が借財を抱えていることも、アルシアが婿取りをするために、体裁を保つために金が必要なことも、シャルロッテが両親に嫌われており、道具としか思われていないことも。
そんな事情を抱えたまま、ジオスティルの元に逃げ込んだ。
ジオスティルの方がよほど自分なんかよりも大変なのに、傍に置いてくれた。
それだけでシャルロッテには、十分すぎるほどに十分だった。
これ以上――迷惑をかけたくない。
自分のせいで、ジオスティルが罪を抱えるのは嫌だ。
シャルロッテはナイフで男の頬を切った。鋭いナイフはあっさり男の頬の肉を切り、血を流させた。
驚くほどに手ごたえがなかった。突き出したナイフはもしかしたら男の目を抉っていたかもしれない、口に刺さっていたかもしれない、鼻をそいでいたかもしれない。
それを想像するだけで、どうしようもなく体が震えそうになる。
こんな連中――と、ゲルドのように思えばいい。わかっている。でも、人は人だ。
人を傷つけるのは、陸に打ち上げられてぱくぱく口を開いている魚のように、苦しい。
「シャルロッテ、退け。ろくでもない連中なのだろう。君を、傷つけた。……骨も残らないぐらいに、消し炭にして殺す。俺は君のように優しくなれない。ここで殺しておかないと、この連中はまた君を傷つける」
感情の籠らない冷たい声だった。
いや、感情は籠っているのだろう。底冷えするような怒りが、平坦な声の底に、風穴の奥の真っ暗な洞窟のように広がっている。
「ジオスティル様、これは私の問題です。あなたには――関係ありません」
心にもないことを、シャルロッテは言っていた。
こんなことを言うつもりはなかった。助けに来てくれて嬉しい、顔を見ることができて、声を聞くことができて嬉しい。
それだけでよかったはずなのに。
ジオスティルに思いとどまって欲しい一心で、彼の心を抉るようなことを言ってしまった。
――最低だ。
分かっている。がくがくと膝が震えそうになる。感謝ではなく、拒絶をしてしまった。
それでも、と、シャルロッテはジオスティルから視線をそらさずに、空を見つめた。
ジオスティルの手の上に浮かぶ朽ちた神殿の柱のような、人の体よりもずっと大きな雷の槍が、バチバチと光を弾けさせている。
「君がどう思おうが、俺は君を守る。これは、約束だ。それに俺が、そうしたい。そうしたいのだと、気づいた」
ふと、冷たい瞳が和らいだ。硬い口調は変わらないが、空色の瞳が細められる。大丈夫だと言われている気がした。
ジオスティルの片手がシャルロッテにのばされる。
シャルロッテは一歩前に踏み出した。
「た、助けてくれ! 嬢ちゃん、悪かった……! 知らなかったんだ、あんたが悪魔の花嫁だったなんて、知らなかったんだ!」
「ジオスティル様は悪魔なんかじゃありません。人の命を売り買いするあなたたちのほうが、よほど悪魔です」
一歩前に踏み出すと、そのまま足が前へ前へと進んでいく。
心無いことを言ってしまった罪悪感と、エゼルに襲われた時の恐怖の記憶と、ジオスティルの顔を見ることができた安堵と、人に魔法が向けられた時のその圧倒的な力に対する、原始的なおそろしさと。
様々な感情が胸に溢れて、頭が殴られた時のようにじんじんと痺れた。
「シャルロッテ、この国には殺してもいい人間が多くいる。それを俺は、今、学んだ」
「ジオスティル様……」
シャルロッテが離れると、エゼルが地面を這いずるようにして逃げようとする。
翼に貫かれて倒れている男たちも同様に、情けない姿を晒しながら転がるようにして逃げていく。
雷の槍が彼らに向かい振り下ろされる。
ゴオン! という大鐘を鳴らしたような爆音と共に、雷槍は大地に大穴を開けた。
白い光の中へと閉じ込められるように断末魔の声をあげながらエゼルたちの姿は掻き消えていく。
大地を舐める光が収まると、パチパチと残る雷撃の茨の中に、エゼルと男たちは折り重なるようにして倒れていた。
体が痺れているのだろう、びくびくと手や足が不随意に動いている。
服も髪も焦げて、ちりちりになっていた。
「――殺していない。大丈夫だ」
ジオスティルは黒い翼をばさりと羽ばたかせて、シャルロッテの元へと降りてくる。
それから心配そうに、大きな手のひらでシャルロッテの顔をぺたぺたと触った。
「シャルロッテ、怪我は? 痛いところは? 何をされた? この男たちは、一体誰だ」
矢継ぎ早に尋ねられて、シャルロッテは顔や髪に触れられながら、目をぱちぱちさせる。
毒気が抜けたように、怜悧な悪魔は消え去ってしまった。
そこにいるのはいつもの、優しいジオスティルだった。




