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怒れる悪魔



 何本もの落雷が走り、怯えた馬が暴れていななきとともに前足を高くあげて二本足で立つ。

 騎手を振り落として逃げていく馬たちに取り残された男たちは、怯えた表情で晴れた空を見上げる。


 落雷が落ちるような暗雲は立ち込めていない。

 晴れた空から唐突に落ちる落雷は、天変地異としか言いようがなかった。


「どういうことだ、これは!」


 部下たちや己自身を鼓舞するようにエゼルは叫んだ。

 馬車馬がゆっくりと止まる。ゲルドが「やっぱり来ちまったか。モネ、もう大丈夫だ」と声をかけたのだ。


 モネはすぐさま雷の主が味方だと判断して、馬の足を止めさせると、御者台から降りて蒼月と赤月の馬首を撫でた。


「俺は忠告したぜ、馬鹿が。嬢ちゃんには手を出すなと言った。……恐ろしいものを見ることになる」


「──シャルロッテに、何をした」


 ぬるい不穏な風が草原に吹き荒ぶ。

 荒れ狂うように強く、渦巻く風の中心に、金色の髪を靡かせた美しい男が立っている。

 

 空の中に、まるで人ではない別の何かのように浮かんでいる。

 大きく広がる黒い翼から、風とともに黒い羽が舞い散り、それは鋭利な矢となって逃げようとする男たちの体を貫いた。


「ジオスティル様……っ」


 辺境にいるはずのジオスティルが、なぜここに。

 シャルロッテの呼びかけに、空色の瞳がシャルロッテを射抜き、その瞳は驚愕と怒りに見開かれた。


 冷たい怒りをたたえたジオスティルの体に、激しい魔力の奔流が湧き起こる。

 それは魔力を持たないものたちでさえ感じることができるほどの、空気をびりびりと震えさせるようなおそろしいうねりだ。


「お前は、……悪魔か」


「好きなように呼ぶがいい。俺の大切なものを、傷つけた。……許さない」


 ジオスティルが悪魔だとしたら、今のエゼルは地上を這いずる虫のようなものだ。

 ジオスティルの怒りに呼応するように空中にいくつもの渦が現れる、渦から再び何本もの落雷が地上に落ちて、地面を走る。

 雷は意思を持つようにそれでも剣を持ち向かってこようとする男たちの足に絡まり、その皮膚を服ごと焼いて、あっさりと地面に沈めてしまう。


 それでも感情が収まらないのか、ジオスティルは軽く腕をあげた。

 その手には落雷を一つにまとめて形にしたような、大きな神殿の柱のような輝く槍が現れる。


 あんなもので貫かれたら、命を失うだろう。

 ここにいる全員の命を消し飛ばすほどの、質量と威力のある魔法だ。


 今までジオスティルは魔物相手にその力を振るってきた。

 洞窟では心を操られていたイリオス相手に力を使おうとしたが、ためらいがあったようだった。


 人は守るべきもの。そう、ジオスティルは考えていたのだろう。

 短い付き合いだが、近くで見ていたシャルロッテにはそれが痛いほどによくわかった。


 けれど今のジオスティルは、感情の箍が外れてしまったように、力を使うことに躊躇がない。


 ジオスティルの顔色は、シャルロッテを見た時に衝撃を受けたようにして変わっていた。

 ふと自分の姿を見下ろしたシャルロッテは、その理由をようやく理解することができた。


 暴漢に襲われた後のように、服が乱れているのだ。

 実際シャルロッテはエゼルに襲われかけた。だが、ゲルドが助けてくれたので、何も起こっていない。

 大丈夫だった──といっても、ジオスティルはその場にいなかったので、そんなことはわからないだろう。


(怒ってくれている。私のために。でも、いけない)


 自分のために、ジオスティルに罪をおかさせるわけにはいかない。


「ジオスティル様! もう、大丈夫ですから……! 私は無事です、大丈夫です……!」


 エゼルは先ほどまでの威勢をどこかに置いてきてしまったかのように、あまりの光景に腰を抜かして地面に座り込んでいる。

 ゲルドもモネも、言葉を失って動くことができない。


 ゲルドはジオスティルの力を知っていたが、実際に目にしたことはほぼない。

 それに今までのジオスティルは、誰かに対して怒るということはまずなかった。


 感情を母親の子宮の中に忘れてきてしまったかのように、淡々と自分の役割をこなしているような人物だったのだ。


 激しい憤りが作り上げた魔法は、人の命など簡単に刈り取ってしまう。

 まるで神と対面したような、金縛りに合うような恐怖の中で、シャルロッテだけが動くことができた。


 シャルロッテは、彼が悪魔ではないことをよく知っている。


「ジオスティル様! 私は大丈夫ですから、だからもう……!」


 馬車の荷台から降りて、空にいるジオスティルに駆け寄りながら手を伸ばす。

 エゼルや男たちを死の運命から守りたいわけじゃない。

 ジオスティルに、人を殺めさせたくない。

 ただその一心だった。



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