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目覚めたジオスティル



 ジオスティルは薬草茶を一口飲んで、それから、いらないというように手でカップをよけるような仕草をした。


 シャルロッテはそれはいけないと、ぐいぐいとカップを口に押しつける。


「辺境伯様、これはお薬ですから、嫌がってはいけません。ドクトミィルの葉は、美味しくはないですが、胃に優しいのですよ。お薬を飲んだら何か食べましょう」

「少し休めば、動けるようになる」

「それはいけません。ただ眠っているだけでは治るものも治りません。ジオスティル様、お食事はいつ食べましたか」

「……忘れた」

「まぁ……!」


 シャルロッテは大きく目を見開いた。

 具合が悪くて食事をとることができないのだろうか。

 だが、あの調理場を見れば、食事をしていないことぐらいはわかる。ジオスティルは一体、何を食べて生きているのだろう。


「ともかく、まずはお茶です。ゆっくりでいいですから、全部飲んでください」

「わかった」


 こくりと、ジオスティルは頷いた。

 美しい男性なのに、幼い少年のような仕草だ。

 そしてきちんということを聞いてくれる。


 ジオスティルが素直でよかったと思いながら、シャルロッテは少し手に力が入るようになったジオスティルが、薬草茶を飲み終わるのをじっと待った。


 少しずつだが、ゆっくりカップを空にしたジオスティルからカップを受け取ると、シャルロッテは濡らした布でその顔や首や、手を拭いた。


「すこしすっきりしましたか? まだ、ふらふらしますか?」

「君のお陰で、だいぶ楽になった。……すまなかった。ゲルドは、帰ってしまったのでは?」


 先程よりも覇気のある声で、ジオスティルは尋ねる。

 草原に吹き抜ける爽やかな風を連想させる、涼やかな声だった。

 黒いローブと白い肌。ローブに落ちる月光を集めて束ねたような金の髪は、夜を思わせるものだが、その声音は朝の空気を感じさせる涼しげなものだ。


「ゲルドさんは、私を辺境まで送ってくださったのです。私は、元々辺境にとどまるつもりで、ここまで来ました。だから、気にしないで大丈夫です」

「君は何を言っているんだ。人が住むには危険な場所だ、ここは。だから、ゲルドと一緒に帰りなさい」


 咎めるような視線を向けられて、シャルロッテは苦笑した。

 辺境伯自ら自分の領地を『危険』というほどに、危険な何かがここにはあるのだろう。


 シャルロッテはそれが何か、今のところ理解していない。

 だが、危険であればあるほど、ハーミルトン家からもし追っ手がかけられているとしたら、見つかる危険は少なくなるだろう。

 娼館に売られて自由を失い、死ぬまで搾取され続ける人生を送るのならば、命を危険に晒すとしても辺境で自由に生きる方がずっといい。


 シャルロッテは、あの家から出てはじめて自由を味わっていた。

 誰にも、怒られない。誰もシャルロッテに命令しない。

 両手両足を縛る見えない鎖から逃れることができたように、呼吸を楽に行うことができる。


 だから、ジオスティルに何を言われても、帰る気はなかった。

 といっても、ゲルドはすでに行ってしまったので、帰る手段などないのだが。


「辺境伯様が元気になったら、私は辺境の街のミトレスに行きます。長居はしませんから、安心してください」

「ここから出て行けと、君に言っているわけではない。辺境は、本当に危険な場所で……」

「魔獣が出るのだと、ゲルドさんが言っていました」

「君は、魔獣を知らないのか?」

「はい。知りませんけれど……でも、家に戻るぐらいなら、魔獣に命を奪われた方がずっといいと考えています」

「命を捨てるようなことを、軽々しく言うものではない」


 ジオスティルは少し悲しそうに、それから困惑したように、そして怒ったように言った。


(この方も、いい人だわ。この国には、いい人がたくさんいる。よかった)


 シャルロッテは嬉しくなった。

 きっといい人がたくさんいるだろうと思って、家を出た。

 そして――出会う人々は、みんないい人だった。

 少なくとも、シャルロッテにとっては。


「ありがとうございます。私のことは気にしなくていいんです。辺境伯様のお体のほうが大切ですから。お話ができるほど回復したのなら、何か食べられますね。食べ物を、探してきます」


 あまり長く話すのはよくないだろう。また、ジオスティルが倒れてしまうかもしれない。

 本当に大丈夫だという気持ちを込めて、シャルロッテは明るく言った。

 それから部屋から出て行こうとすると、手首を大きな手に握られる。

 立ち止まり振り返ると、ジオスティルがシャルロッテの手首を握って、ベッドから立ち上がっていた。

 運んでいるときも、背が高いと思っていた。


 けれど、倒れている人は小さくみえるものなのだろう。

 意識をしっかり取り戻し立っているジオスティルは、シャルロッテよりも頭一個分ほど大きい。

 

 すらりと背が高く、長い金の髪は背中まで届いている。青い宝石のような瞳が、シャルロッテを見据えている。

 本当に全ての女性を魅了して血を吸うのだという、吸血鬼のような姿だ。


「辺境伯様、寝ていなくてはいけません。油断したら、また倒れてしまいますよ」

「俺は、ジオスティルだ。君の名前は?」

「私は、シャルロッテです」

「……シャルロッテ」


 ジオスティルはシャルロッテの名を、大切な何かを呼ぶように、ゆっくりと口にした。


お読みくださりありがとうございました!

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