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最悪の再会



 シャルロッテはフライヤーを、人材斡旋所の近くで配ることにした。


 人材斡旋所に集まる人々が興味を持ってフライヤーを見てくれるが、皆反応は同じようなものだった。


「辺境に行く? お嬢さん、わざわざ流刑地に招待してるのか?」

「冗談は寝てから言えよ。あそこは化け物が住んでるんだろ?」

「仕事がなくても王都にいた方がまだマシってもんだ。少なくとも化け物に食われて死なねぇしな」


 文句を言いながらも、シャルロッテの作ったフライヤーを幾人かの人々が持って行ってくれる。

 中には「辺境ってのは異教徒たちが集まってるんだろ?」「辺境伯は異教の神の落し子って言うじゃねぇか」「そのうち王国の討伐軍が討伐に向かうんじゃないか」などと、気になることを言っている者たちもいた。


 国王ディヴィアスはユグドラーシュの森を燃やしてからは――おそらく辺境を訪れていない。

 ディヴィアスがウルフロッドについての悪評を広げているのだろうか。


 そうはいっても、ウルフロッドも王国の一部。


(王国を守るのが王の務めではないのかしら……)


 ジオスティルの今までの生活について考えると、辺境伯といえども王家と連絡を取り合うなどということはしていないだろう。

 辺境に住む人々は今の暮らしで精一杯で、王都で流れている悪評などはきっと知らない。


 たとえ王都から軍勢がせめてきたとしても、軍隊とまともに戦う力など持たない。


(……でも、ジオスティル様なら)


 魔物の軍勢を一網打尽にできるほどの力を持つジオスティルが一人いれば――それは、十分に王都の軍勢への脅威となり得るのではないだろうか。

 嫌な想像をしてしまい、シャルロッテはぶんぶんと首を振った。

 ジオスティルは優しい人だ。人を守ることはあっても、人を傷つけることなどしない。


「――シャルロッテ?」


 不意に名前を呼ばれて、シャルロッテは顔をあげた。

 シャルロッテの正面に立つ二人の姿に、手からフライヤーがこぼれおちて風に舞い上がり飛んでいく。


「あ……」


 まさかこんなところで会うとは思わなかった。

 背筋に冷や汗が流れ落ち、かたかたと手が震える。まるで、在りし日に戻ってしまったかのように。


「お父様、お母様……」


 そこにいたのはシャルロッテの母ディーグリスと、父であるハーミルトン伯爵だった。

 お忍びなのだろう、人目から逃れるように二人とも帽子をかぶり、長いコートを着ている。

 感情の読めない開いた瞳孔が、まるで幽鬼のようにシャルロッテを睨めつけている。


「家から逃げてどこに行ったかと思えば、王都に逃げ込んでいたのか!」

「シャルロッテ、なんて親不孝な子なの、あなたは。せっかく役に立つ時がきたというのに、あなたのせいで私たちは大変な思いをしているのよ……!」


 足が石畳にへばりついてしまったように動けないシャルロッテの傍までハーミルトン伯爵はやってくると、シャルロッテの腕を掴んだ。


「シャルロッテ……私たちのためだ。大人しくしていなさい」

「お父様……離してください、嫌です……!」


 ハーミルトン伯爵家から逃れたときから、シャルロッテは自分は自由だと思い込んでいた。

 家との繋がりは、ハサミで糸を切るようにぷつりと切れてしまったのだと。

 けれど、そんなことはなかった。

 両親は存在していて、シャルロッテは彼らの娘である。

 

 けれど――今までずっと我慢してきた。

 あの家にいさせてもらった。食べさせてもらった。育ててもらった。産んでもらった。


 様々な恩がしがらみとなって、シャルロッテを雁字搦めにしていたのだ。

 今は違う。今のシャルロッテにはウルフロッドの地がある。ジオスティルがいて、ロサーナたちがいて、皆がいる。

 無理に笑顔を作って物わかりのいい、いい子になって。顔色をうかがっている必要などない。


「私はもうあなたたちの娘ではありません! 離して!」


 シャルロッテははじめて、口答えというものをした。

 理不尽なことにもずっと耐えてきたのだ。眠れないほどに仕事を与えられた夜にも。

 寝具もない床に転がって眠った寒い日々にも。

 冷たい水で手が切れても、腫れても。雨の日も風の日も。毎日――言われたとおりに、ハーミルトン伯爵家の使用人として生きてきた。


 使用人には給金があるが、シャルロッテにはそれがない。

 だから――使用人ではない。家の、奴隷だった。


「黙れ! お前は私たちの娘だ。来い!」

「来なさい、シャルロッテ。もう二度と逃げるなど許さないわ」


 男性とは、これほど力があるものなのだろうか。

 怒りに満ちた女性とは、こんなにも力があるものなのだろうか。

 

 両腕を左右から掴まれると、身動きを取ることさえ困難だった。


「一体何をしているんだ?」

「お嬢さんが嫌がっているじゃねぇか」


 見かねた街の人々が、声をかけてくれる。

 ハーミルトン伯爵は冷たい瞳で彼らを睨み付けた。


「これは私の娘だ。結婚が嫌だと言って勝手に逃げ出したのだ。家のことに口を出さないでくれ」

「私たちは貴族よ。気安く話しかけるのではないわ!」


 ディーグリスの剣幕に、街の人々は気圧されたようだった。

 顔を見合わせて、一歩後ろにさがっていく。


「助けて……! この人たちは私を売ろうとしている……!」

「黙れ! 嘘つき娘め! 面倒をかけさせるな!」

「どうしてそんな酷いことを実の親に言えるの!? 酷いわ、シャルロッテ……!」


 皆に聞こえる様な大声で、ハーミルトン伯爵はシャルロッテを叱咤した。

 ディーグリスも、涙を浮かべる演技までしてみせた。

 シャルロッテは街のどこかに引きずられるようにして連れていかれる。

 

 暗い路地の奥に。ここは、怖い場所だ。とても嫌な場所だ。


(私は、売られる……)


 そんなことは――考えなくてもわかりきったことだった。




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