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人材募集



 ゲルドの家で一泊した翌日、シャルロッテは王都イムソアの中央地区にある人材斡旋所にやってきた。


 モネとゲルドは辺境に届けるための品の買い出しに回っている。

 ハンナが中心となって、必要なものを書き出している。


 今までは食料ばかりだったが、今回は食料以外のもの――たとえば布や、針や糸といった生活用品も含まれていた。

 モネは辺境での出来事をシャルロッテから聞きたがり、ゲルドに「あまり時間がねぇんだよ、嬢ちゃんには」と窘められていた。


「嬢ちゃんがいねぇと、坊ちゃんが心配するからな」


「お父さん、辺境伯様のことを坊ちゃんなんて呼んだら駄目よ」


 そんなことを言い合いながら買い出しに向かう二人は、とても仲のいい親子のように見える。

 けれど――人には様々な事情があるものだ。

 この数週間で、シャルロッテはそれをよく考えるようになった。

 今日、笑顔で生きている人だって、悩みを抱えている。

 悩んでいない人なんていないのだろうと。


 シャルロッテがジオスティルを思いだしているように、ジオスティルも思いだしてくれているだろうか。

 きちんと食べているだろうか。眠っているだろうか。無理は、していないだろうか。

 熱を出したりは――。


 などと考えて、シャルロッテは「早く帰りたい」と呟いた。

 帰りたいと思える場所が、長く過ごしたハーミルトン伯爵家ではなく、ウルフロッドということにシャルロッテは内心驚いていた。


 思い出すのは、ウルフロッドのことばかりだ。ハーミルトン家のことは、あまり頭に浮かばなくなっていた。


 人材斡旋所は、中央区の商業地区の中心にある。

 ゲルドたちの買い出しも商業地区の商店街だったので、途中まで送ってくれた。


 王都イムソアは、グリーンヒルドの街よりも何倍も大きく人も多い。

 華やかな服を着た人々が街を歩き、白壁を基調とした美しい街並みには整然と木々や花壇が並んでいて、街としてきちんと考えてつくられた街であることがよくわかる。


 人材斡旋所の看板が掲げられた建物の前には、掲示板が置かれている。

 掲示板には


『街道整備の人員募集!』

『兵士募集!』

『一緒に酒場で働きませんか?』


 などと書かれたフライヤーがたくさん張られていた。


 その前に、仕事を探している人たちが集まっている。

 斡旋所の中に入るためにも、まだ朝だというのに人々が列を作っていた。


 それぐらい、王都には人が溢れているのだろう。

 辺境に見知らぬ人たちを呼び込むことについて、シャルロッテはいまいち自信が持てないでいた。

 けれど、今よりもずっともっと人は必要だ。移住者が増えれば街は発展するだろう。

 街の警備や、魔物の討伐部隊や、それ以外にも。

 人手は、あればあるだけいい。


 行列に並びしばらくして、シャルロッテは人材斡旋所の中に入ることができた。

 担当者がやってきて、シャルロッテからフライヤーを受け取った。


「辺境での人材募集? 辺境って、十年以上前からおそろしいものが出るんでしょう? 神に見捨てられた地だって、皆言っているわよ」

 

 担当の女性が、訝しげにシャルロッテを睨めつけた。

 詐欺か何かだと思われているようだった。


「神に見捨てられた地ですか。すみません、私は王都に来たのははじめてで、よく知らなくて」

「化け物が出るんでしょう?」

「魔獣と呼ばれるおそろしいものを、辺境伯様が一人で退治してくれているのです。でも、それは例えば危険な動物と同じで……戦おうと思えば、私も戦えます」

「あなた、化け物と戦うの? そんなに細い腕で?」


 女性が目を丸くするので、シャルロッテは腕をまくって力こぶをつくってみせた。


「腕、細くないですよ」

「細いじゃない。……何かの冗談なのかと思ったけれど、真面目なのね」

「もちろん」

「まぁ、辺境に人が集まるとは思えないけれど、チラシは張っておいてあげるわ。中の掲示板と外の掲示板の分と、ここで預かる分。五枚もあれば十分よ」

「自分で配ってもいいんですか?」

「誰もそれを咎めたりはしないわ。あなた、可愛いから、人が集まるかもしれないわね」

「可愛くは……でも、ありがとうございます。あの、神に見捨てられた地というのは」


 その言葉が気になって、シャルロッテはもう一度尋ねる。


「神とは、神王ディヴィアス・イムソア様よ。神王陛下は辺境の異変を神罰だとおっしゃっているわ。あの地が穢れたのは神の怒りがくだったからだと。ディヴィアス様を崇めず、異教の神を信奉していたせいだとおっしゃっているのよ」

「……そんなことはありません。異教の神を信奉してなどいません」

「じゃあ、あなたはそうじゃないかもしれないけれど、他の人たちは違うのよ。神王陛下がそうおっしゃるのだからそうなのでしょう? 辺境なんて世界の果てにあるもの。行ったこともないし、行くつもりもないからよくしらないけれどね」


 女性は肩をすくめる。

 馬車で二週間もあれば行くことができる場所だとしても、多くの人々にとっての辺境とはそのような場所なのだろう。

 

(神王ディヴィアス様。ジオスティル様がうまれた二十三年前に、森を焼いた)


 森を焼き、森の民を殺し、ユグドラーシュを焼いた王だ。

 今でも生きている。人材斡旋所から出ると、そびえ立つ城が見えた。

 あの城に――ディヴィアスが生きているのだと思うと、奇妙なおそろしさで背筋がぞくりと粟立った。



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