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森の獣



 釣り糸を垂らすジオスティルの隣で、シャルロッテはぷにちゃんを抱いて釣り糸の先を見ていた。


 清廉な川は川底まで覗き込むことができ、魚影や、ごろごろ転がる丸い石、水苔の姿がはっきりと見える。


「あぁ、すまない。それでは疲れてしまうな」


 ジオスティルは一度竿を置くと、自分のローブを脱いで石の河原に敷いてくれる。


「ここに座って」

「大丈夫です、私、申し訳ないですから」

「気にするな。……少しぐらいは、頼れるところを見せたい」

「いつも、頼りにしていますよ」

「……俺は、君に」


 ジオスティルはそこで言葉を句切った。


「いや、なんでもない。そこに座っていてほしい。君に、俺の傍に」

「は、はい」


 はじめて会った日に倒れる姿を見たからだろうか、シャルロッテはジオスティルを心配しすぎてしまうところがある。

 あまり、大丈夫かと尋ねられるのも嫌なものかもしれない。

 今のジオスティルの傍にはたくさん人が増えたし、もうシャルロッテが世話を焼かなくても大丈夫なぐらいに元気になっている。


(体調を、気にかけすぎるのもよくないわよね。気をつけないと……)


 川面を見つめながら、シャルロッテは反省した。

 お言葉に甘えて、ローブの上に座る。

 ぷにちゃんを腕に抱いて、ぷにちゃんの上に顔をのっけた。クッションとしてちょうどいい収まり具合だった。


『ねぇ、それ、いつ釣れるの?』

『いつ魚がとれるの?』


 ウェルシュとアマルダがやってきて、シャルロッテの周りをくるくる飛び回りながら聞いてくる。


「そんなにすぐに釣れるものではありませんよ」

『そうなの?』

『こんなにたくさん、魚が見えるのに?』

「はい。じっと待っていると、魚がかかるのです」

『でもジオスティルは、魔法が使えるじゃない』

『そうだわ。魔法を使えば、お魚なんてぽんぽんとれちゃうわ』

「あ……確かにそうですね」

「シャルロッテ?」


 ジオスティルに尋ねられて、シャルロッテは困ったように笑った。

 釣りに誘ったのは、間違っていたかもしれない。

 魚が欲しいと言えば、ジオスティルなら簡単に魚をとることができただろう。


「二人が、ジオスティル様なら魔法で簡単に魚をとれるって言っていて。釣り、無理矢理させてしまったようになってしまって、ごめんなさい」

「どうして謝るんだ?」

「もっと、いい時間の使い方があったかもしれないって思って」

「君と二人で――静かな場所にいることができる。こうして、釣り糸を垂らして待っている時間は、とても貴重だと思うことができる。それに、楽しい」

「楽しい、ですか?」

「あぁ。もちろん、魚が大量に必要なら、魔法で取ることもできるが……それは釣れなかった時の、最後の手段だな」

「あ……っ、ジオスティル様、竿が動いていますよ……!」


 ぐいっと、竿がしなった。

 こんなにしなるものだろうかというぐらいに、激しいしなり方だった。

 魚が暴れるせいだろう、水面に水飛沫と波紋がひろがり、どれぐらい大きな魚がかかったのかは確認することができない。


『ジオスティル、頑張れ!』

『頑張れ、頑張れ!』

「ぴぐぐぐ!」

「ジオスティル様、手伝います……!」


 今にも竿が持っていかれそうになっている。

 ウェルシュとアマルダとぷにちゃんが興奮しながら応援する。

 魔法を使えば――なんて言っていた二人だったが、しなる竿に、跳ねる水に、興奮しているようだった。

 シャルロッテはジオスティルと一緒に竿を掴んだ。

 ひいて、ひいて、ひかれそうになり、またひいて。

 それを繰り返して、徐々に徐々に、魚が陸に近づいてくる。


「わぁ……!」

「うわ」

『きゃー! すごい!』

『きゃあ! 大きい!』


 ばしゃっと水を跳ねさせながら、釣り上げた魚は、そんな魚が川にいただろうかというぐらいに大きかった。

 シャルロッテが抱えて持ち上げられるかどうかも怪しいぐらいに大きい。

 ニケよりも大きいのではないかというぐらいに、巨大な魚だった。


「これは、キングマスだな」


 魚は河原の上でびちびちと跳ねている。

 シャルロッテは驚いてぺたんと座り込んだが、ジオスティルは落ち着いた様子で魚から釣り針を外した。


「お、おおきいですね……」

「あぁ。これも、辺境の特産品の一つで、この時期は卵が……しかし、キングマスは異変が起ってから消えてしまったはずだ。また、戻ってきたのか?」

『ふふん……それはサラマンド様のお陰よ。炎とは生命の源、聖火がともり、生命が戻ったのだわ』


 アマルダが得意気に言う。小さな頭についている小さな猫の耳がぴくぴくと動いた。


「ジオスティル様、あそこに、猪が……!」

「本当だ……猪だな……肉だ」

 

 川向こうに、こちらを見ている豚に似た獣の姿ある。

 何頭かの群れになっている。魚も、猪もどこから来たのかはわからない。

 アマルダの言うとおり、サラマンドの力で不意にどこからともなく生命が湧き出してきたようにも思える。


 ジオスティルの指先に、パリパリと雷が纏わり付いた。

 雷が宙を走り、猪に纏わり付いて、その体をぷすぷすと焦がしながら打ち倒した。

 どさりと、猪が草むらに倒れる。

 

「あ。……思わず、倒してしまった。肉だと、思って」

「お肉です、ジオスティル様……! お肉! 皆、よろこびます」

「それなら、いいが」


 飛び上がる勢いで喜ぶシャルロッテの姿に、ジオスティルは安堵したように微笑む。


「ひどいことをしたと思われるかと、心配した」

「どうしてですか?」

「動物が、可哀想だと」

「お魚もお肉も食べるのですから、狩りをして、動物が可哀想なんて思わないです」


 もしかしたら――普通の貴族女性ならそう思うのかもしれないと、シャルロッテはふと考えた。

 けれど、シャルロッテは長らく伯爵家で料理をしてきたのだ。

 肉とは、どういうものなのか。魚とはどういうものなのか、よく理解しているつもりだ。


「私たちだけじゃ運べないですね。皆を呼んできますか?」

「いや、大丈夫だ」


 ジオスティルは、猪とキングマスをふわりと宙に浮かせる。

 巨大な魚と猪をふわふわと浮かび上がらせながら館に戻ると、皆がすぐに気づいて駆け寄ってくれた。

 皆、驚き喜んでいたが、特にイリオスが「肉だ! 猪肉だ……!」と、少年のように嬉しそうにしていた。

 

 その日は、昨日に引き続きお祝いとなった。

 大きな魚を捌き、魚卵を取り出して、魚は切り身にしてムニエルに。

 猪の肉はそのまま焼いて。

 ニケやテレーズは、干してないお肉ははじめて食べたとにこにこ笑っていて、ロサーナやベルーナは腕をまくりながら「明日は狩りよ」「鳥もいるかもしれません。卵をとれるかもですよ」と、話し合っていた。


 二日酔いのアスラムにイリオスがまた酒を飲ませようとして酷く嫌がられて、青ざめたアスラムを見てシルヴェスタンやロベルトがげらげら笑う。

 

 そんな皆の様子を微笑ましそうに見ているジオティルは、今夜もきちんと眠ることができる。

 それがシャルロッテには――とても、嬉しかった。



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