はじめての釣り
ジオスティルと共に遅い昼食をとったシャルロッテは、少しの居心地の悪さを感じていた。
ハンナもそうだが、ロサーナやベルーナもいつも優しいのだが、今日は妙に優しいのだ。
(でも、何も言われないし。私から否定して回るのも、変だし)
エンドウ豆のスープと、チーズニョッキを食べながら、シャルロッテは悩んでいた。
妙な勘違いをされていることに、ジオスティルは気づいているだろうか。
『どうしたの、ロッテ。元気がないじゃない。たっぷり寝たんだからもっと、元気よく起きてくると思ったのに』
『馬鹿ね、ウェルシュ』
『なっ! 馬鹿ですって!?』
『人間は恋をするのよ。ロッテは恋をしているのよ』
『えっ、そうなの? 恋ってなに?』
ウェルシュとアマルダが、二人してぷにちゃんの上にのって、言いたいことを言っている。
二人ともラズベリージャムをつけたパンの欠片を手にしてもぐもぐ食べている。
二人とも小さいので、パンの欠片が大きなパンに見える。
口や手がジャムでべとべとになっているのに、気にしていないようだった。
『恋って何、ロッテ』
『馬鹿ね、ウェルシュ』
『また馬鹿にしたわね!』
『ジオスティルの前で、そんな話ができるわけないじゃない』
アマルダがお姉さんぶりながら、肩をすくめる。
ウェルシュは頬を膨らませた。
「――たぶん、だが。賑やかなのだろうな。俺には、声が聞こえないのでわからないが」
ジオスティルが二人に視線を送りながら言った。
食事は、シャルロッテが食堂に運んだ。
調理場の片隅で皆で食事をするのも楽しかったが、綺麗に整えられた食堂で食事をするのも、特別なお祝いのようで嬉しい。
綺麗な所作で食事をしているジオスティルのスプーンを持つ指先や、口元を視線が勝手に追いかけていることに気づいて、シャルロッテは一度目を伏せた。
(恋……? 私が、ジオスティル様に? それは、いけないことだわ)
周囲の勘違いによって、シャルロッテも自身の感情を勘違いして認識しそうになってしまう。
出過ぎてはいけない。いきすぎた感情は、邪魔になる。
「シャルロッテ?」
「あ……は、はい。ええと、その。二人とも久々に再会したので、楽しそうです」
「そうか。よかった」
「はい……」
誤魔化してしまった罪悪感が、胸を過ぎった。
けれど――とても言えない。
「そういえば、先程ハンナに、シャルロッテがここに来てよかったと言われた」
「そ、そうなのですね」
「あぁ。俺も、ずっとそう思っている。ありがとう、シャルロッテ」
「こちらこそ。ジオスティル様、顔色がだいぶよくなりました。よかったです」
「君の前で倒れるような、情けない姿をもう見せたくない。それなら、嬉しい」
「もう、目眩はないのですか? 吐き気は?」
「大丈夫だ。君の、お陰で」
「私の?」
「あぁ。全て、君の。……ありがとう、シャルロッテ」
ここに来てから、幾度感謝をされただろう。
じわりと涙が滲みそうになって、シャルロッテはぎこちない笑顔を浮かべた。
泣き顔は、できるのならば見せたくない。
「ジオスティル様、午後から、林に行きませんか?」
「林に?」
「はい。釣りをしてみませんか? 夕食のお魚をとりに」
「あぁ。釣りか。楽しそうだな」
ウェルシュたちが『一緒に行く』『釣りって何?』と口々に言っている。
シャルロッテはジオスティルとぷにちゃんとウェルシュたちを釣れて、釣り竿とバケツを持って林の中へと向かった。
サクサクと落ち葉を踏みながら、林の奥へ奥へと進んでいく。
「やっぱり、ウルフロッド家の敷地はとても広いですね。林だとばかり思っていましたが、森みたいです」
「この場所を、こんなに穏やかな気持ちで歩いたのははじめてだな」
「ジオスティル様は、林にある木から、果物をとって食べたりしていたのですよね?」
「あぁ。本当に、必要なときだけ。倒れているか、魔獣が街を襲っていないか、見回りをしている時間の方が長かった」
「もう、心配ないですから、ゆっくり釣りができますね」
林の奥にある川に辿り着く。川はウルフロッド家の敷地を貫くようにして流れている。
川のはじまりは、雪深い虹色水晶の採掘地のある山脈である。
川は海に繋がっている。ウルフロッドの地を東にずっと進んでいくと、海があるのだ。
川には橋がかかっていて、その橋の横には丸太でできた階段がある。
階段を降りて河原まで辿り着くと、ジオスティルは釣り糸の先に餌をつけて川に垂らした。
餌は、ロサーナが集めた川虫である。
あまり気持ちのいい形はしていなくて、ウェルシュたちはきゃあきゃあ言いながら逃げ回っていた。
シャルロッテは虫を苦手だとは思わないが、ジオスティルはどうだろうかと少し心配していた。
けれど、あまり気にしていないようだった。
川虫を器用に釣り針につけるので、虫が苦手ではないらしい。
川のせせらぎの音を聞きながら、竿がしなるのを待つ。
ただただ静かに時間が過ぎるのを待っていると、退屈になったのかウェルシュとアマルダが、林の中をくるくると飛び始めた。




