かんちがい
結局シャルロッテとジオスティルが何度寝かを繰り返し、すっかり目覚めたのは昼過ぎのことだった。
「こんなに眠ったのは、はじめてだ」
悪戯を見つかったような子供のように笑いながらジオスティルが言う。
気づかないうちに握っていた手の大きく硬い感触を恥ずかしく思いながらも、シャルロッテは頷いた。
「私もです」
「君も、伯爵家では眠れない日々を過ごしていたのだろう?」
「はい。……あまり、ゆっくり休むことはできませんでした。でも、ジオスティル様の大変さに比べれば、なんてことはありません」
「君はそうやって、自分の苦労を棚に上げる癖がある。……君も十分、大変だった。これからは、俺が……」
ジオスティルはそこで言葉を句切り、目を伏せる。
それから、繋いでいた手を離して、シャルロッテの目尻を指で撫でる。
「……俺が、君を守る」
「ありがとうございます。私も……精一杯、頑張りますね」
言葉以上の意味を考えてはいけないと、分かっている。
けれど、勝手に心臓がどくりと跳ねる。
「ジオスティル様、そろそろ起きましょうか。お腹がすきませんか?」
「そうだな。……いこうか」
「こんなに寝坊したのははじめてだから、ロサーナさんたちに謝らないと……」
「皆、きっと何も言わない。君が日々、働いてくれているのは、皆よく知っている」
気恥ずかしさをごまかすように、シャルロッテはいそいそと起き上がった。
ジオスティルものっそりと体を起こして、目を擦って欠伸を噛み殺す。
冬眠から目覚めた大きな獣のような仕草だった。
眠る時間が長かったからだろうか、服も髪も乱れている。
さらさらの髪に寝癖がついているのが、ジオスティルも同じ人間なのだと感じられて、なんとなく不思議だ。
シャルロッテは、そういえばと自分の姿を確認した。
当然、髪は乱れていて、襟ぐりの大きく開いたワンピースは、肩から落ちそうになっている。
「あ、あぁ……っ」
「どうした、シャルロッテ」
「なんでもありません……い、いえ、なんでもなくはないです……お見苦しい姿をお見せしてしまって、申し訳ありません」
どことなくふわふわしていた頭が、しゃっきりと覚醒した。
慌てて服を整えて、髪も手櫛で整える。
「……あぁ。……その、すまない。あまり見ては、いけなかったな」
「い、いえ、その、そんなに見られているとは、思っていないのですけれど……」
「つい、気づくと君を見ている。視線が、勝手に。……君の姿を追いかけてしまう」
「えっ、あ……あの、……はい」
それは一体どういう意味なのだろう。
シャルロッテは赤く染まった頬を隠すようにして俯くと、「私、お部屋に戻って着替えをしてきますね……!」と、何かを誤魔化すように言ってわたわたと部屋を出た。
いそいそと部屋を出て、隣にある自分の部屋に入ろうとすると、掃除をしてくれているハンナとすれ違う。
「あ……ハンナさん、おはようございます。おはようではありませんね、もうお昼になってしまいました」
「ロッテちゃん。おはよう。起きたときはおはようでいいんだよ。ロッテちゃんがおはようと言えば、おはようと返すし、こんばんはと言えばこんばんはと返すさ」
ウルフロッド家に来てからのハンナは、街で見かけたときよりもしゃっきりと背筋が伸びている。
今も重そうな水の入ったバケツとモップを持って、侍女服を着て髪も整えている。
侍女頭の貫禄のようなものがある。
「ありがとうございます。私、寝坊してしまって……急いで支度して、働きますので」
「あたしらは、ロッテちゃんのために働きたいと思っているが、ロッテちゃんにあたらしらのために働いて欲しいなんて思っていないよ。だから、ゆっくり休みなさい」
「でも」
「……体、辛いだろう? 歩くのも大変なはずだよ。だから、気にしなくていい」
「い、いえ、そんなことはないですよ。私は、元気で」
「はじめての夜だったんだろう、皆には言わないから、安心していいよ」
「……えっ」
「ん? 違うのかい」
何かとても大変な勘違いをされていることに、シャルロッテは気づいた。
ハンナを引っ張って廊下の端に行くと、シャルロッテはぶんぶんと首を振った。
「あの、私、違うのです。……ただ、一緒にいただけで。それだけなんです」
この時間にジオスティルの部屋から寝起きの様子で出てきたのだ。
一晩共に過ごしたのは確かなのだから、ハンナが勘違いするのも無理はない。
けれど、違うのだ。
「……確かに坊ちゃんは、うまれてからずっと一人だった。でも、褥のことぐらいは知っている筈だけれど」
「そ、それは、その……違うのですよ、ハンナさん。ジオスティル様は私の恩人です。大切な人ですけれど……そういう、恋愛、みたいなことは」
「そう思ってるのはロッテちゃんだけだよ、きっと」
「そんなことは……いつか、辺境が落ち着いたら、ジオスティル様は相応しい女性を娶るのですから、出過ぎたことはしてはいけない、です」
そう考えているのは本当だ。
けれど、口に出すと、胸の奥に小さな氷の粒ができたような、寂しい気持ちが湧いてくる。
「それ、ジオスティル様に言ったのかい?」
「いえ、言っていませんけれど……」
「そうなんだね。……ロッテちゃん。遠慮するのもいいけれど、自分の気持ちに正直になるのも大切だよ」
「ええと、はい」
「まぁ、……余計なことだったね。ロッテちゃん、慌てずゆっくり支度をして、昼食を食べておいで。調理場にもう、準備してあるから」
「ありがとうございます」
シャルロッテはハンナに深々と頭をさげた。
ここで出会ったのがハンナでよかった。他の――たとえば、アスラムやイリオスという男性だったら、もっと恥ずかしい思いをしていたところだ。
シャルロッテはほっとしながら、部屋に入った。
ぱたんと扉を閉じると、無性に恥ずかしくなる。
扉に背をつけてもたれかかると、赤く染まった頬に両手をあてて冷やした。




