シャルロッテは看病をする
井戸から水を汲んで調理場に運ぶと、裏庭の奥に広がっている林から手頃な枯れ枝を拾い集めた。
スカートを広げて袋がわりにして、そこに枯れ枝を積んでいく。
林の行き止まりは、多分ぐるりと屋敷を囲む城壁があるのだろう。
けれど、奥に進めば進むほど、まるで深い森の中にいるように、木々は鬱蒼と茂っている。
枝を広げた広葉樹の太い幹の下には、落ち葉や枝が堆積して出来上がったフカフカの土がある。それから、背の高い草むら。苔の生えた枝。半分ほど腐り土にかえり始めている倒木。
シャルロッテの足音に気づいたのか、石の間に艶やかな赤色をしたトカゲがしゅるりと逃げていく。
湿った草の上には小さなカエルがいて、土の上には蟻が木の葉を巣へと運んでいっている。
長く、誰も入っていないような林である。
暖炉の燃料にするため、かまどで火を燃やすため、薪にするために木とは伐採されるものだ。
伐採して時折光を入れないと、森に空気が入らないのだと、シャルロッテが薪を買いにくと、薪売りの男が教えてくれたものである。
シャルロッテから特に尋ねたわけではないのだが、笑顔と明るい声を心がけて会話をしていると、街の人々はシャルロッテにいろいろなことを教えてくれた。
グリーンヒルドの街に知り合いが多いわけではなかったが、商人たちや子供たちが話しかけてくれる時だけは、シャルロッテも街の一員になれたような気がして嬉しかった。
本当は、ハーミルトンの家のものたちからは外で話すなと言われていた。
時折他の使用人から街での様子が報告されては、母や父に「街人と話すとは、それでも貴族の娘か」と、そういう時だけ貴族扱いをされて怒られていた。
シャルロッテに読み書きや、金の計算などを教えてくれたのも市場の者たちだった。
右も左もわからないシャルロッテに同情して、よくしてくれた人が、今思えばたくさんいた。
だから、いよいよ売られるという話が出る時まで、シャルロッテはあの家を離れようと思わなかったのだろう。
そう、今にして思う。
ウルフロッド家の林には、木々が伐採されている気配がない。
薪などは、買えば済むことなのでわざわざ敷地内の木々を切らないのかもしれないが、それにしても──。
そう思いながら、スカートにこんもりと枯れ枝を積んで歩く。
そして、裏庭の手前にはえている、濃い緑色をしたハート型の葉をみつけた。
「これは、ドクトミィル。煮出して飲むと、内臓の保護になるのよね」
こういった知識も、街の人々から得たものだ。
貴族と違い滅多に医者にかかることなどできない街の人々は、薬草の類にとても詳しい。
市場の薬草屋にも売っていたが、ハーミルトンの家族たちは雑草を飲むなんてとんでもないと思っていたので、シャルロッテはそうした知識を自分のため以外には使用したことがない。
ドクトミィルはどこにでも生えているから、シャルロッテは飲むことが時折あった。
どうしても胃が痛くて、眠れないような夜があったのだ。
胃が痛いのは空腹が原因だとは思うが、ドクトミィルの茶を飲むと痛みが静まった。
といっても、見られたら何を言われるかわからなかったので、本当に時々、こっそりと飲んでいたのだが。
「……貧血ということは、お食事をしていないのかもしれない」
貧血とは、血が足りないことだ。
体の血がたりなくなると、フラフラしたり、倒れてしまったりする。
シャルロッテもその症状に悩まされたことがあったので、知っている。
食事を取れないと、人の体からは血が減る。
シャルロッテに薬草について教えてくれた、薬草売りの女性が、「あんたは一体どこからきているんだい? 家で酷い目にあっているのかい?」と、心配しながら言っていた。
「空腹過ぎたら、お食事も喉を通らなくなってしまうものね。水よりも、白湯、白湯よりも薬草茶だわ」
シャルロッテはドクトミィルも摘むと調理場に戻った。
かまどに枯れ枝を入れて、火をつける。
調理場には器具だけは揃っているので、マッチもマッチ箱にたっぷり入っていた。
「辺境伯様は、お金に困っているわけではなさそうだけれど……」
マッチは高級品である。蝋燭もそうだ。
マッチも蝋燭も、使われた形跡のないものが棚に置いてあり、ほこりをかぶっている。
まるで、百年前に突然廃墟となった屋敷に迷い込んでしまったみたいだった。
くんできた水を小鍋で沸かして、洗ったドクトミィルの葉を煮出す。
お湯が薄い黄色に変わっていき、独特な香りがたちのぼった。
あまり、美味しいものではないし、むしろ少し苦い。けれど、体にいいものとは苦いのだとシャルロッテは思っている。
煮出した茶をカップにいれて、それから棚にあった布を汲んできた水を桶に入れて、濡らして絞った。
両方をトレイに乗せると、シャルロッテはジオスティルの元へと戻った。
(でも、あの光。あの小さな女の子。一体なんだったのかしら……)
廊下を歩きながら、シャルロッテは考える。
考えてもわからないのだから、仕方ないかと軽く首を振った。
水のありかを教えてくれたのだから、きっといい人だ。人かどうかはわからないけれど。
「辺境伯様、戻りましたよ。体調はどうですか? 起きられそうですか?」
シャルロッテはジオスティルの寝ているベッドの横のテーブルに、トレイを置いた。
それから、持ってきた布で、ジオスティルの顔をふく。
「辺境伯様──」
「君は……まだ、いたのか」
冷たい布で顔を拭かれたからだろうか、ジオスティルはぱちりと目を開いた。
「います。倒れている人を放っておけませんから。辺境伯様、胃に優しいお茶です。少し飲みましょう?」
シャルロッテはジオスティルの体を、頭を支えながらなんとか起こすと、その背中に転がっているクッションをこれでもかというぐらいに差し込んだ。
背もたれが出来上がると、ジオスティルはクッションに埋まりながらも起きていることができた。
「はい。飲んでください。飲んだら、何か食べないといけません」
「……あぁ」
疲れているのか、体が辛いからなのか、ジオスティルは素直に頷いた。
シャルロッテがカップのお茶を手にして口元に差し出すと、一口飲む。
それから眉を寄せて「苦い」と一言呟いた。
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