噂話
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ミトレスの街からどんどん人が減っていって、全ての住人たちが顔見知りにならざるをえないほどの人数になった中で、ロサーナは異端だった。
ロサーナの夫は腕のいい虹色水晶の加工職人だった。
虹色水晶は金剛石と同じぐらいに硬く、加工によっては素晴らしい剣にもなれば、不可思議な光をたたえる美しいアクセサリーにもなる。
その加工は難しく、加工職人はごく少数である。
加工職人に弟子入りしても、その技術の習得までの難しさと厳しさに、途中で諦めてしまう者がとても多いからだ。
技術を身につけてしまえば――その後の生活は保障される。
辺境においては、実入りのいい仕事の一つだった。
虹色水晶の加工職人の夫に嫁いだロサーナは裕福だった。
ロサーナ自身も服飾職人として働いていたし、職人の夫はロサーナの服の縫製の見事さに惚れて求婚してきたぐらい、ロサーナの作る服はミトレスにおいて人気があった。
とはいえ、夫もロサーナも、あまり金に執着がなかった。
好きな仕事を好きなようにできることが幸せで、皆が自分たちのつくったものを喜んで買ってくれるのが生きがいだった。
もしかしたら――そんなロサーナたちの裕福さを、周りの者はあまり快く思っていなかったのかもしれない。
辺境に異変が起り、夫が帰らぬ人となり、義母が亡くなり。
幼いニケを抱えたロサーナは孤立した。
誰もロサーナに話しかけず、ニケが熱を出して助けを求めても、素知らぬ顔をされた。
その頃にはまだ、ミトレスには今よりは人が多くいた。
異変が起る前に、ロサーナと親しくしていた者も。仕事で取引があった者も。
けれどその誰もが見知らぬ他人のようにロサーナを扱い、会話さえも拒絶した。
当然、当時のロサーナは打ちひしがれた。
熱でうなされるニケを抱えて、「大丈夫よ、ニケ」と励ましながらも、絶望で心が染まり、泣きながら帰らない夫の名を呼んだ。
ニケが「ごめんなさい、おかあさん」と言うのが不憫で、もしニケに何かあったら、自分もニケや夫の後を追おうとさえ考えた。
そんなとき、ロサーナに手を差し伸べてくれた唯一の人が、同じく夫を亡くしたベルーナだった。
ベルーナは大きな農家の娘で、同じく農家の夫と結婚をしていた。
けれど夫は病死し、女主人として農地を切り盛りしていたたくましい女性である。
ニケと同じ年回りの娘、テレーズもいる。
異変が起る前は、そこまで関わりを持つような間柄ではなかった。
存在を知っている程度の関係で、言葉を交わしたこともない。
食べ物も不足していく中で、ベルーナは家の中に薬草を隠し持っていた。
街長の方針で、家にある保存食などはほとんど奪われてしまったというのに。
ベルーナは「街長とその卑しい犬どもは、他人の家の中をあさって食い物や金目のものを根こそぎ持って行きやがる。これじゃ泥棒と同じさ」と、憎々し気に言っていた。
「天井裏に隠しといたんだ。ニケに、使っておやり。内緒だよ」
そう言ってベルーナが薬草をくれたお陰で、ニケの熱はさがり、命を取り留めたといっても過言ではない。
それからロサーナとベルーナは、一定の距離を保ちながらもそれなりに親しい関係を続けていた。
ロサーナは、アスラムの父には何度か「体を差し出せば優遇してやる」というようなことを言われていたが、拒絶し続けていた。
ベルーナは笑いながら「あのクソエロボケ親父め、あたしにはそんなことは言いやしないよ。自分より弱そうな女が好きなのさ、あいつは。まったく情けないね」と言っていた。
そんなベルーナが、ウルフロッド家に来てくれたのだ。
それはもちろん、心強い。
他の女性たちは――アスラムの父に貢ぎ物のようにして穢されたことを苦に、街から逃げ出して行方知れずになった者も多い。
シャルロッテの申し出により、ウルフロッド家に共に来なかった者は、おそらくは家族とともに内陸へと逃げたのだろう。
どちらにしろ、ロサーナには街の者たちを憎むつもりはなかった。
皆、哀れだと思う。
どうにもならない中で、何かを誰かのせいにしながら、過ごすことしかできなかった。
シャルロッテという希望が現れるまでは。
「ねぇ、ロサーナ。ロッテちゃんはさぁ、ジオスティル様の恋人なんだろ?」
畑の傍にある川で芋を洗いながら、ベルーナが尋ねる。
この川は元々なかったものだ。
今朝、ニケとテレーズがぷにちゃんとウェルシュを抱えて庭に行き、「川を作ろう」「川を作って!」と、お願いしてできたものである。
川のはじまりは湧き水の池になっている。
地面から唐突に湧き水が出るわけがないのだが、精霊と魔獣の不思議な力で、湧き水の池をあっという間につくってしまった。
そこにシルヴェスタンやイリオスやウィリアムが現れて、土を掘り石をおいて、川を作った。
あっという間の出来事で、ロサーナは目を丸くしながらそれを見ていて、ベルーナは腹を抱えて「すごいねぇ」と笑っていた。
「恋人ではないみたいですよ。家族のようではありますけれど」
「恋人じゃあないのかい」
ロサーナも芋を洗うのを手伝いながらこたえる。
ニケとテレーズは洗った芋をカゴに入れる係だ。
「恋人じゃないの?」
「仲良しなのに」
「こら。子供たちは口を挟むんじゃないよ」
「ベルーナさんのけち」
「母さんのケチ」
ニケとテレーズが頬を膨らませる。
ぷにちゃんの上にいるウェルシュが何か言ったようだが、その言葉はシャルロッテにしか聞き取れないものだ。
「でも、今日は二人で部屋にいるんだろ? この時間まで出てこない」
「そうですね」
「つまり、そういうことじゃないのかい?」
「それは、そうかも……!」
ロサーナは色めき立った。
確かにそうかもしれない。
それは――なんというか、とても、喜ばしいことだ。
「あぁ、でも、ベルーナ。下世話なことは言わないようにしてくださいね。シャルロッテ様はとても奥ゆかしい方なのですから。伯爵家のご令嬢なのですよ」
「どうりで、品があると思ったよ! もちろん、若い恋人たちをからかったりはしないさ」
「私も、極力なにもなかったように振る舞いますから」
「あんたの方が、ずっと心配だよ。顔に、嬉しいって書いてある」
「……そ、そうですか? 余裕ができたら、婚礼着を縫ってさしあげないと……! あぁ、どんなデザインにしようかしら、お二人ともお美しいから、何でも似合ってしまいますね……!」
「落ち着きなって」
頬を染めて喜びを抑えきれないロサーナの様子に、ベルーナが苦笑した。
いつになく嬉しそうな母の姿を見て、ニケが楽しそうに笑う。
やけに楽しそうじゃないかと近づいてくるロベルトやシルヴェスタンを、ベルーナが追い払う。
ウルフロッドの庭には明るい日差しが降り注ぎ、川面が輝いている。
婚礼着をつくって、シルヴェスタンには教会を建てて貰って。
――精一杯の感謝を込めて、華やかな式を執り行ってさしあげたい。
ロサーナは内心の喜びを顔に出さないようにしなくてはと気をつけながらも、頬を綻ばせる。
こんなに楽しい気持ちになったのは久々だった。




