炎の祝福
洞窟入り口まで戻ると、せっかくだからとロサーナたちが作ってくれたお弁当を広げて食べた。
ウェルシュやぷにちゃんが喜んで、アマルダはおそるおそるといった感じで、魚のフライを口にしていた。
サラマンドも魚のフライを一口食べて、「食事をしたのは、森の民と共に静かに暮らしていてた時以来です」とにこにこ笑った。
イリオスも「なんだか十年ぶりぐらいに飯を食った気がする」と言って、弁当の大半を食べて、「生き返るなぁ」と嬉しそうにしていた。
ごっそり記憶が抜け落ちて、気づいたら時間が経っていた――という感じらしい。
「ともかく、ずっと眠っていた気がする」
と、困ったように言う。
イリオスの時間は長く失われていたようだが、あまり落ち込んでいる様子はなかった。
元々――物事を深く気にしない性格なのだろう。
炎の大精霊サラマンドと精霊アマルダ、そしてイリオスを連れてウルフロッド家に戻ると、シャルロッテたちの帰りを待ち構えていたニケとテレーズが駆け寄ってくる。
「ロッテ! お帰り!」
「ロッテ、お帰りなさい!」
「ただいま、二人とも。大丈夫だった?」
「うん。何もなかったよ」
「うん。なんでもなかった」
シャルロッテに纏わり付いて、それぞれ手を繋ぐ二人にシャルロッテは微笑んだ。
ややあって、館から大人たちも顔を出す。
イリオスの姿を見て、ロサーナたちが慌てたように中に戻ると、エオルゼン夫妻を連れてくる。
杖をついてやってきたウィリアムを見て、イリオスは目を丸くした。
「親父殿! 老けたな!」
「イリオス! お前……っ、どこをほっつき歩いておった! 心配をかけておきながら、はじめに言うことがそれか!」
「鬼の兵士長と呼ばれていたウィリアムが杖をつく老人になるとはなぁ。俺がいなくなったのだから、あなたが皆を守らなくてはいけないというのに。ジオスティル坊ちゃんと、アスラム坊ちゃんと、可愛いお嬢さんに竜を討伐させるとは、情けない」
「ぐぬぬ……!」
ウィリアムが顔を真っ赤にして怒っている。
涙目になりながらも、息子を叱ろうとしているハンナとウィリアムを、イリオスはその大柄な体で抱きしめた。
「心配をかけてすまなかった。どうやら俺は魔獣のようなものに成り果てていたらしいが、ジオスティルたちが救ってくれた。これからは俺がまた、皆を守ろう」
「息子に馬鹿にされて、寝てなどいられるか! 儂も兵士に戻るぞ、ハンナ。明日から鍛錬をはじめる!」
「あらあら。無理はしないでくださいね」
ロサーナとベルーナが顔を見合わせてくすくす笑い、シルヴェスタンとロベルトがジオスティルに話しかける。
「ジオスティル様、虹色水晶は」
「ご無事でなによりでした。採掘場は、どうでしたか?」
「虹色水晶は傷もなく残っている。最奥に、炎の竜がいたが――竜は炎の大精霊に戻った。この方が、炎の大精霊サラマンド」
「サラマンド様……」
「なんと神々しい姿だ……」
辺境伯家に戻ってから、サラマンドは姿を消していた。
ジオスティルに名前を呼ばれて、シャルロッテの後ろに浮かび上がるようにして姿を見せる。
アマルダがサラマンドの周りを飛び回り、赤い炎の粒子を残しては、輝いて消えていく。
『魔素におかされたこの地で生き延びた者たちに、祝福をあたえましょう』
サラマンドが両手を広げると、炎の蝶が空に何匹もぶわっと舞い上がった。
蝶はウルフロッドの屋敷の空を覆い尽くすように広がって、屋敷を六角形に覆うようにして炎の灯る柱に変わった。
『炎の守護です。これで魔獣たちはここには入り込めない。精霊王様に変わり、私が人を守りましょう』
『サラマンド様があなたたちを守ってくれるなんてすごいことよ? 感謝してね』
『アマルダ、私たちは救われたのですよ』
『そうですね、サラ様』
胸を張るアマルダを、サラマンドが窘めた。
何が起ったのかと不思議がっている皆に、シャルロッテは守護について説明をした。
すると皆は疑うことなく、サラマンドに向かい胸に手を当てて深く礼をした。
「大精霊様かぁ。そりゃすごい。大浴場をつくってるんだが、神殿もつくらなきゃな」
「僕は、虹色水晶を採掘にいきたいです。はやく、加工がしたい。最初にできたものは、シャルロッテちゃんにあげるね」
「私に?」
「もちろん。だって、虹色水晶が手に入るのは、シャルロッテちゃんのおかげだから」
「ロベルトさん、ありがとうございます」
「ロベルト! それは駄目だよ」
「ロベルト、それは駄目です」
にこにこしながらロベルトに言われて、シャルロッテはお礼を言った。
そこにすかさず、ベルーナとロサーナから待ったの声がかかる。
「加工品はきちんと販売しましょう、ね、ジオスティル様」
「ジオスティル様がそれを買い取って、ロッテちゃんにプレゼントしたらいいんだよ」
「……俺が?」
「あぁ。そりゃ、辺境伯家には多くのアクセサリーやらドレスやらがあるけどさ」
「自分で購入したものを贈るというのは、違う物ですよ」
「……そうだな。シャルロッテにはずっと、世話になっている。ロベルト、俺に売ってくれるか?」
「もちろんです」
「あ、あの、……ありがとうございます」
シャルロッテは照れた。
目の前で、贈り物の話をされるとは思っていなかった。
「そういうのは、本人のいないところで話し合うものじゃないのか、普通。ジオスティル、それじゃシャルロッテが喜ばないだろう」
「そういうものなのか……すまない、シャルロッテ」
アスラムが呆れたように嘆息して、ジオスティルは素直に謝った。
「い、いえ……」
シャルロッテは照れながら首を振る。
ジオスティルから贈り物を貰えるのだと思うと、どうにも落ち着かない気持ちになる。
『……ふふ。賑やかで、いいですね』
『あたしは疲れました、サラマンド様。私の……ウェンディーネ様とは、まだ会えませんし』
『私も疲れました、サラマンド様。すごく、眠いです』
『ええ。精霊たち、よく消滅せずに頑張ってくれました。少し、休みましょう』
サラマンドがウェルシュとアマルダを抱き寄せるようにする。
すると、三人は炎の球体のように姿を変えて、するりと消えてしまった。
『少し眠ります。必要なときは、また姿を現します』と、言い残して。




