炎の大精霊サラマンド
炎の竜の前でアマルダが両手を広げる。
『サラマンド様、目を覚まして!』
アマルダの体が炎に変わり、赤く燃える炎は竜を包み込んだ。
螺旋状に竜に纏わり付く炎はおそろしいものではなく、無事に冬を越せるようにと冬のはじまりに焚かれる聖火のようだ。
ぐったりと弱り、倒れて動かない竜が、炎にまかれて砂粒のように消えていく。
シャルロッテは、眩しさに目を細めた。
赤い光がはじけたあと、そこに立っていたのは――古めかしい神官のような衣服を着た、美しい女性だった。
夕焼けのような赤い髪に、橙色の瞳。
やや浅黒い肌に纏う衣服は布地が少なく、大胆に肌を晒している。
といっても下品さはなく、芸術品のような美しさがそこにはある。
普通の人間ではないと一見してわかるのは、彼女の体が大きいからだろう。
大柄な女性――というわけではない。
ただ単純に、大きいのだ。その足下は地上から浮いていて、その背丈は上背のあるジオスティルよりも頭一つ分以上は大きい。
シャルロッテの体を倍にしたぐらいの大きさである。
その女性はシャルロッテたちをゆっくりと見渡して、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
肩には、先程炎に姿を変えてしまったアマルダを乗せている。
アマルダは甘えるように、ぴったりと女性の頬にくっついていた。
『助けてくれて、ありがとう。シャルロッテ、ウェルシュ。それから――』
「ジオスティル様と、アスラムさんです。ここにいるのは、イリオス様。あなたは、サラマンド様ですか?」
『ええ。私の声が聞こえるのね、シャルロッテ。森の民の生き残り』
「生き残り……」
サラマンドの言葉には、僅かな悲しみが滲んでいた。
それ以上詳しいことは何も言わずに、サラマンドは手にしている先端に炎の燃える聖火台のような杖で、イリオスを示した。
『まずは、その子を助けましょう。夢から、目覚めるように』
杖の先端の炎が、大きく膨らむ。
『浄化の炎よ』
ぶわっと、イリオスの体から火柱がたちのぼる。
それはアマルダの作り上げた炎とよく似ている。
その炎は、イリオスの雷によって焼けただれた肌を撫でて、優しく包み込んだ。
「何が起きてるんだ?」
「炎の大精霊サラマンド様が、イリオス様を助けてくださるようです」
「イリオスの傷を治したら、また襲いかかってくるんじゃないのか」
『そうではありません。イリオスは、ユグドラーシュから溢れる魔素を浴びて、その心が魔獣へと変じてしまったのです』
サラマンドにはシャルロッテたちの声が聞こえていて、サラマンドの声はシャルロッテにしか聞こえない。
どうやらシャルロッテに精霊たちの声がきこえるのは『森の民』だからなのだという。
つまり、シャルロッテの祖母も森の民だったのだろう。
「……ああ゛っ、痛ぇ!」
地面に倒れているイリオスが、吠えるような声をあげた。
その声音は、先程までの無機質なものではない。体を大きく広げて、大の字に寝そべっている。
体の傷はそのまま残り、黒く、ところどころ赤く、焼けただれたままだった。
「どうなってんだ、こりゃ。痛ぇな! なんで俺は死にかけてんだ?」
「イリオス。……お前は、イリオスか?」
「イリオス、まともに戻ったのか?」
覗き込むジオスティルとアスラムの顔を見上げて、イリオスは奇妙なものを見るように眉を寄せる。
「あー……まさか、ウルフロッドのお坊ちゃんと、ミトレスのお坊ちゃんか? なんででっかくなってるんだ」
「一先ず、傷をなおそう」
「おぉ、そっちの可愛いお嬢さんは誰だ!? ジオスティルの恋人か? それともアスラムの? 少し見ない間に恋人までできて……子供の成長は早いなぁ」
シャルロッテはイリオスの気さくな物言いに、面食らっていた。
皆を導く兵士長。皆に慕われる兵士長とは、もう少し堅苦しく、生真面目な人かと思っていたからだ。
勿論、話し方だけで人を判断することはできない。
それにしてもずいぶんと、軽薄な印象がある。
ジオスティルの魔法が、イリオスの傷を癒していく。
ウェルシュがアマルダの元へと飛んでいって『アマルダ、無事だったのね』『ウェルシュも!』と、くるくると踊るように飛んだ。
傷の癒えたイリオスはややよろめきながらも立ち上がり、額に手を置いて軽く首を振った。
「あぁ、頭が痛ぇな。気づいたら体は焦げてるし、痛ぇし。ここはどこなんだ」
「イリオス、何も覚えていないのか?」
「覚えてない。気づいたら倒れてたって感じだ。……何があったかな。確か、森に入ったんだ。魔獣を倒すために。それなのにどうして、虹色水晶の洞窟にいるのか」
「お前はシャルロッテを攫おうとしたんだぞ、イリオス」
アスラムが呆れたように言った。
イリオスはじっとシャルロッテの顔を見ると、慌てたように頭をさげる。
「俺がお嬢さんを!? すまない、俺は別に、女好きとかじゃねぇんだ。本当だ。独身だが、辺境に異変が起って、それどころじゃなかったっていうかだな」
「イリオス、落ち着け」
ジオスティルが、イリオスの肩を軽く叩く。
『イリオスは、ユグドラーシュからあふれた魔素におかされていたのです。私が竜に姿を変えてしまったように。私たちは、ユグドラーシュの使者でした。魔素に染まった精霊王様を守るための存在です』
「魔素に染まった精霊王様を、守るための使者。イリオス様は魔素によって、操られていたようです」
サラマンドの言葉を聞いて、シャルロッテは簡単に説明をした。
イリオスは胸に手を当てて「何にも思い出せねぇな。記憶にあるのは――折れた大木の姿だけだ」と呟いた。




