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炎の竜と騎士



 視界がいっぱいに赤で埋め尽くされる。


 逃げる間もなかった。ただ、赤い。熱い。肌が、痛いぐらいに熱い。


 咄嗟に閉じた瞼を開くと、ジオスティルがシャルロッテたちの目の前で守るように両手を広げていた。


「ジオスティル様!」


 水の膜のようなものが、シャルロッテたちを包み込んでいる。

 水の膜の表面を炎が舐り、鍋の中で水が沸騰するように、ごぼごぼと泡立たせた。

 

 広間全体が灼熱の炎に包まれているようだ。

 溶岩の中に土足で立ち入ったように。水の膜の中にいても肌が熱いのだ。

 それを正面で受けているジオスティルは──。


 シャルロッテは、怯えるぷにちゃんと、小さなウェルシュとアマルダを、肩から羽織ったマントの中に隠すように入れる。

 

 ジオスティルの腕の部分の服が炎に炙られたようにして焼き切れて、白い皮膚がのぞいた。

 皮膚は赤く腫れ上がり、とても見ていられないぐらいの大きな火傷となった。


 駆け寄りたくても、駆け寄ることもできない。


「ジオスティル、一度下がろう!」


 このままでは炎の海に飲まれてしまう。

 そう判断したアスラムが声をかける。

 だが、ジオスティルは軽く首を振る。

 蒸発しかけていた水の膜が、一気に厚みを増したように見えた。

 沸騰した湯の中に生まれる大きな気泡のように膨らみ、炎を押し返していく。


 それと同時に、焼け爛れた皮膚も修復されてもとの綺麗な状態に戻った。


『あれは、大精霊サラマンド様なの! お願い、助けて!』

『サラマンド様は炎の大精霊様よ! 魔素のせいで、竜になってしまったのよ!』


 シャルロッテの腕を、アマルダとウェルシュがペチペチと叩いた。


「あれが、大精霊様……」

「あの竜が?」


 アスラムに尋ねられて、シャルロッテは頷いた。

 辺境伯家に来たものたちには、現状の辺境の事情については話をしている。

 本来ならば自然を守るはずだった大精霊たちが竜に姿を変えてしまったこと。

 そのせいで、辺境から内陸に向けて、緩やかに滅びが広まっていっていることを。


「でも、どうやって助けたら……」

『竜を、弱らせて欲しいの。そうしたら、私が、サラマンド様を助けるから! このままじゃそばにも近寄れないのよ。だから、ずっと隠れていたの』

「ジオスティル様、アマルダが竜を弱らせて欲しいと言っています……!」

「弱らせる……器用なことが、できるかどうかはわからない。ともかく、倒せばいいのだな」


 水の膜が膨れあがり、まるで生き物のように炎を飲み込んだ。

 洞窟の行き止まりのような場所だ。

 当然ながら、風の通り抜ける道はない。どこかに風穴があるかもしれないが、ここには見当たらない。

 その空間に、炎が消えると白い靄のような水蒸気が漂った。


 水蒸気が、シャルロッテたちの髪をしっとりと湿らせる。


「炎……水、氷……?」


 ジオスティルの指先が踊るようにして動いた。

 蒸し暑い空間が一気に冷え込む。

 虹色水晶の露出した美しい岩肌から、鋭い氷の槍が無数にはえて、手のひらを広げたようにして伸びた。

 氷の槍の鋒が、炎の竜が動けないように、檻のようにしてその体を閉じ込める。


 炎の竜は首を動かし、凶悪な爪で地面を引っ掻いて暴れた。

 尻尾が地面に叩きつけられると、山脈全体が揺れ動くようだ。

 

 氷の槍の檻は折れず、溶けず、砕けたりもしない。

 暴れる竜の体が、風船のように膨らむ。牙の生える口の中へと、炎が生まれる。


「二度はない」


 竜の頭部を、水の膜が包み込んだ。

 放たれた炎が水の膜で阻害されて、白い煙となって消えていく。

 ジオスティルの手のなかに、光り輝く槍が現れる。

 その槍がふわりと浮かびあがり、竜の硬そうな鱗ごと、胴体を貫いた。


 炎の竜が、ぐらりと傾いて、ずしんと音を立てて地面に縫い止められるようにして倒れる。


『サラマンド様!』


 アマルダがシャルロッテの体から離れて、倒れる竜の元へと飛んでいく。

 シャルロッテがジオスティルに駆け寄ろうとすると、片手で静止された。

 アマルダも、サラマンドのそばへと近づく前に、ひらりと翼を動かしてシャルロッテの元へと戻ってくる。


 いつの間にか、サラマンドの隣には黒い服を着た騎士が立っていた。

 赤褐色の萌えるような髪に、金色の瞳。大柄な体の、精悍な顔立ちの青年である。

 金の瞳は正気を失ったようにして暗い。

 どこか、異常な様子だった。瞳孔が開いていて、視線が合わないのだ。


「……お前は」

「どうして……!」


 ジオスティルとアスラムが戸惑った表情を浮かべる。

 二人の知り合いなのだろう。

 騎士は何も言わずに一気に間合いを詰めると、ジオスティルに切り掛かってくる。

 それをジオスティルは魔力で輝く剣を練り上げて、真正面から受けた。


 だが、剣は弾き飛ばされて、ジオスティルは剣圧に弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。

 体を打った拍子に、口の中が切れる。口の中に鉄錆の味が広がって、咳き込むと血液が散った。


「去れ。この場から、立ち去れ。人間たちよ。大人しく、滅びの道を辿れ」


 瞳の焦点が合わないままに、男は明瞭な口調で言った。


「イリオス、お前は、こんなところで何をしてるんだ」


 咳き込み会話のできないジオスティルの代わりに、アスラムが叫ぶ。

 イリオスとは、ウィリアムたちの息子であり、最も強かったという騎士の名前だ。

 そのイリオスはなぜか、シャルロッテに向かい手を伸ばした。


「森の民の娘。お前はこちら側の人間だ。私と一緒にくるがいい。ユグドラーシュが待っている」


 言われた意味が理解できずに、シャルロッテは一歩後退ると、首を振った。




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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読んでます! うすうす、名前出た人で生きてる人がいたらいいと思ったけど、敵役(ライバル)なのかな? 過去に何があったのかな〜
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